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「開国か、鎖国か」 どうする日本の電力網 専門家に聞く

World Now 更新日: 公開日:
昨年12月の訪日でロシア大統領のプーチンは電力輸出に意欲を示した

自然エネルギー財団理事長(元スウェーデン・エネルギー庁長官)トーマス・コーベリエル(56)

電力網が連系されると、多様な発電所間の競争が起こります。コスト高の発電所が選別されて短期間にコストが下がり、電力利用者は大きな利益を得られます。時差があれば電力需要のピークがずれるため、各国がそれぞれ自前で多くの発電所を抱える必要もなくなります。自然エネルギーをより容易に、安価に活用することが可能になります。国境が電力融通の経済的利益を制約するという考え方が、もはや世界各地で受け入れられなくなっているのです。

他国との電力融通は相互依存関係です。価格低下が続く風力や太陽光などの自然エネの発電量は天候で変動します。発電が多いときは余剰分を輸出し、少ないときは輸入するのです。自然エネを輸入する国は安い電力を享受できます。一方的な輸入依存はリスクですが、相互依存は関係を安定させ、さらなる協力を進めます。

石油や天然ガス、石炭やウランによる発電が最も割安だった20世紀、エネルギーに乏しい日本は輸入に依存してきました。しかし、自然エネの技術と産業の発展で、日本は国産のエネルギーを活用できるようになりました。日本における太陽光と風力の可能性は膨大です。日本はエネルギーに恵まれ、燃料を輸入に依存せず、他国との電力輸出入も期待できる、全く新しい状況に入っています。

電力網が有効利用される前提条件は、電力市場がきちんと機能することです。中立的な送電事業者が需要と供給の調整に専念し、多様な発電事業者が安い電力を競い合い、一番安い事業者が送電できる市場です。電力供給を効率的にして、すべての電力利用者の利益につなげる改革が重要です。それが国内電力網の有効活用と隣国との国際連系にもつながります。

京都大学教授(エネルギー制度比較)長山浩章(52

海外から日本への電力輸入は技術的には可能で、例えばサハリンから首都圏に高圧直流の送電線で送ることなどが選択肢になるでしょう。ロシアの安い電力を使えたり、需要のピーク時期が異なる韓国と九州で季節調整できたりする利点があります。

ただ、電力融通は政治・経済的な統合が進み、相互の信頼感が高いことが前提です。ロシアへの依存は危険という声が強く、韓国とも感情的になりがちで、現時点ではかなり課題があります。少子高齢化で電力需要が先細る中、コストを誰がどう負担するのか、輸入した電力をどう制御するかも重要です。

国際連系が進む欧米と、国内ですら電力融通が進まない日本では、そもそもの考え方が異なります。国ごとに電源構成が違う欧州では電力を融通するメリットが大きく、ノルウェーの水力、フランスの原子力などが域内で有効に活用されています。また、英国では、原発や再生エネなどの稼働状況に応じた四つのシナリオをつくるなど、非常に柔軟で戦略的です。ドイツではベースロード電源という考え方はなく、太陽光と風力を最優先に導入して、残った電力需要をどうまかなうか、という発想に立っています。

日本は全く逆です。各電力会社が同じ様な電源構成で、原発をベースロード電源として優先し、制御が大変な太陽光や風力はほどほどにして、電力会社間の送電線もコストがかかるのでなるべくつくらない。2030年度の電源構成も一つに決めてしまい、シナリオ的な考え方がないのも大きな問題です。電力市場など欧米のやり方を部分的に取り入れようとして、全体的な整合性がとれなくなっています。

笹川平和財団会長(元国際エネルギー機関(IEA)事務局長) 田中伸男

欧州の電力会社が競争力を強めたのは、大きな市場ができて自由に競争したためです。日本では、地域独占が認められた電力会社が電力を隣から買って競争になるより、自社で電源をつくって安定供給する方がいいという考え方でした。そのため会社間の連携が悪くて、再生エネを互いに供給しあって導入することすらうまくいかない。政府は国内だけで考えず、グローバル、リージョナルにエネルギー政策を考えるべきです。

アジアや世界の電力市場とつながれば、それぞれが強いところで戦えばいい。原子力で国民の信頼を失った東京電力が原子力発電を手放して送電会社として生き残る、あるいは九州電力が中国や韓国の経済圏に送電する、というような電力市場改革や制度改正ができれば、日本がロシアや韓国、中国と電力網を連結する構想に乗る素地は十分にできると考えています。

ロシアと電力網をつないだら送電を止められる、韓国や中国も信用できない、という議論があります。日本のようにエネルギーを輸入せざるを得ない国は、エネルギー源をできるだけ多様化することが安定供給と安全保障の唯一の道です。

一国だけに頼るのではなく、電力網を南側も北側もつなぎ、パイプラインやLNGの形でもエネルギーを調達できるようにしておけば、一カ所で止められても困らないはずです。船での輸送は事故、中東からの調達は紛争で止まるかもしれません。それぞれにリスクがあるので、数多くの選択肢を持つことが安全保障の要諦と考えます。

ドイツでは、ロシアとの間にパイプラインができて経済関係が強まった後、東西統合が実現しました。日本もロシアとエネルギー協力が進み、経済が統合されていけば、いずれ北方領土問題解決の道が出てくると考えてもいいと思います。