「カライドサイクル」をご存知でしょうか。不思議なリング状の構造で、内側と外側が連続的に流れるように回転させることができるものです。見かけも十分美しいこの構造に注目しているのが、数学者やエンジニアです。カライドサイクルは、日常生活でも予期しない使用方法があると考えられています。
ドイツ出身のヨハネス(ハネス)シュンケ博士の研究は、芸術と科学の交差点にあります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究員であるハネスは、数学、力学、材料ユニットでカライドサイクルを研究しています。 ハネスは共同研究者らと共に、従来は6ピースでできていたカライドサイクルに新しいバリエーションを加え、これらの不思議なオブジェクトの新しい使用用途を開拓しました。
ハネスはまた、「カライドサイクルは見て楽しむこともできるし、触って楽しむこともできます。回転の様子を簡単に確認し、感じることができるため、子どもたちに科学的な質問に興味を持ってもらうことができます」と、子どもたちに数学や科学に興味を持ってもらうことにもカライドサイクルを使っています。今回は、ハネスとカライドサイクルつについてご紹介したいと思います。
美しい輪
「カライドサイクル」という名前は、美しいという意味の接頭辞「カライド」と、「サイクル」、つまり輪を意味する言葉に由来しています。
最初のカライドサイクルが発明されたのは、およそ100年前のことです。発明者の一人は、彫刻家から数学者になったポール・シャッツです。この時発明された古典的なカライドサイクルは、ヒンジ(支点)を介して接続されて輪を形成する6個の四面体で構成されていました。隣接するすべてのヒンジは、互いに90度の角度を形成します。回転すると、6ピースの形状がスムーズに動き、リングをシームレスに内側と外側に回転させます。
しかし、カライドサイクルとして成立するのは6つのピースだけなのだろうか、とハネスは考えました。そこで、6つではなく7つのピースを使用するとどうなるかを探ろうとしました。さらに、もっと増やして 8つ、9つ、10…
実験の末、数学者のハネスが驚いたのは、7つ以上のヒンジがあるのに、カライドサイクルが一定の方法でしか回転しなかったことです。これは、数学的には驚くべきことでした。さらに、ヒンジの総数が3で割り切れるカライドサイクル(たとえば6または9)には、3回対称性と呼ばれる特性があり、オブジェクトを120度回転しても同じように見えるのです。
ハネスは、これらのより複雑なカライドサイクルを、メビウスの帯に因んで「メビウス・カライドサイクル」と名付けました。メビウスの帯はご存知の方も多いと思うのですが、細長い紙片を1回ねじって両端をつなぎ合わせることで簡単に作成できる図形で、表裏の区別がつかない連続面となります。
メビウスの帯の一方の端から始めて、その真ん中に沿って指でなぞると、一方の側から反対側に移動することはありません。つまり、紙片は両面に見えるかもしれませんが、表面とエッジが1つしかないということです。対して、最も単純なメビウス・カライドサイクルは、これと同じ基本形状となりますが、180度ではなく540度と3回ねじれています。そしてメビウス・カライドサイクルも1つのエッジと1つの表面しかないと言えるような形状となっています。
ハネスは自分のウエブサイトを作り、そこでメビウス・カライドサイクルを、インタラクティブに誰でも楽しめるようにしました。サイトを訪れた人がヒンジの数と長さ、アニメーションの表示と速度、そして各ピースの配色さえもカスタマイズできるようにしています。
「実際、メビウス・カライドサイクルの形状は、ヒンジ間の距離と角度が同じである限り、どんなものでもかまいません」とハネスは言います。この汎用性は、メビウス・カライドサイクルが非常に創造的であることを意味します。
研究室からお茶の間へ、さらには教育の場へ
例えば、キッチンは、メビウスカライドサイクルに触発されたデバイスに出会う可能性のある場所でしょう。すでに、古典的な6ヒンジのカライドサイクルの動きを用いて作られたキッチン用ミキサーが、カライドサイクルの発明者の一人である、前出のポール・シャッツによって制作され市販されています。
ハネスと彼の同僚たちは、カライドサイクルを研究室の外に持ち出すことにも積極的です。昨年は、沖縄県立博物館と沖縄市のイベントに参加し、そこで学童向けのデモンストレーションを行いました。カライドサイクルは、基本的な機械原理を子どもたちにとってもわかりやすく、インタラクティブな方法で説明するための貴重なツールであるとハネスは言います。
さらに、ハネスたちは、オーストリアのリンツで開催された物理学者、数学者、エンジニア、アーティスト、ミュージシャンなどがアイデアを交換するためのイベントであるブリッジズコンファレンスに参加し、連続して回転するモーター駆動の9ヒンジのメビウスカライドサイクルを展示しました。現在、ユニットの研究室に収容されているそのメビウス・カライドサイクルは、動くと反射して輝く光沢のある黒、赤、白の顔をして、まるで自動で自分自身を折り畳んでいる生き物のように見えます。
カライドサイクルのカスタマイズの可能性は無限です。 「カライドサイクルのパネルに漫画を書くことも考えています」ハネスは笑います。 「カライドサイクルが回転するにつれて、物語を読むことができるでしょう」
カライドサイクルは遊び心がありエレガントでありながら教育的でもあります。奇抜さと実用性を組み合わせたこののこのユニークなカライドサイクルは、あらゆる年齢の人々に科学を伝えるための特別なツールになるでしょう。
(OIST広報メディアセクション アナ・アーロンソン)