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「科学」を「ダンス」で表現してみた 研究者たちのチャレンジ

美ら島の国境なき科学者たち
「Dance Your Ph.D.」のためにキャンパス近くの海辺で踊るOIST学生の服部優菜(左)と筆者のニコレッタ・ラニース(右)(提供:OIST)

OIST学生でお茶の水女子大学出身の服部優菜と、OISTサイエンス・コミュニケーション・フェローでアメリカ西海岸出身の私、ニコレッタ・ラニースは、国こそ違えど幼少時代からバレエスタジオに通いつめ、踊ることに多くの時間を費やしてきたという共通点があります。やがてそれぞれが科学に惹かれ、縁あって沖縄の地で出会い、ダンスを通じて意気投合しました。現在、優菜は流体力学を研究し、私はOISTの最新の研究について日々記事を執筆しています。二人が夢中になってやまないダンスと科学。この、二つを携えて、「 Dance Your Ph.D. 」というコンテストに応募することにしました。

アメリカで始まり、今年で11回目となる「 Dance Your Ph.D. 」コンテストは、博士号を持つ研究者や博士課程にいる学生が、言葉を使わずに自分の研究を語ることに挑むものです。もともとはあるパーティーで、単に集まった研究者たちを踊らせるために企画したところ、科学者本来の負けん気も手伝って、今日まで続く人気コンテストへと発展しました。コンテストの仕掛け人であるジョン・ボアノン博士は、分子生物学者でサイエンス・コミュニケーターとして活躍している人物で、同博士がネットに投稿したダンス動画が、今日に至る動きへとつながっているのです。

小規模だった「Dance Your Ph.D.」ですが、今ではアメリカ科学振興協会及び科学誌Science の後ろだてを得て、世界中から参加者を集めています。 ボアノン博士は毎年、自らコンテストの主事をしていて、ダンスが科学の難しい概念をわかりやすくしてくれると信じ、彼自身の研究についてもプロのダンサーと協働しています。

「科学者と芸術家は同じ穴のムジナです。僕が始めたコンテストは、彼らが一緒に何かに取り組めるための「口実」を作ったということだと思っています」とボアノン博士は私宛のメールで語っています。

「Dance Your Ph.D.」の創設者、ジョン・ボアノン博士(中)と筆者のニコレッタ(左)(提供:OIST)

私自身も、科学とダンスを融合させる口実を常に探しています。大学で神経科学とダンスのどちらを専攻すべきか悩みましたが、結果として両方をとることを選び、閉じ込め症候群という、意識はあっても体が麻痺して動くことも話すこともできない珍しい病気について、ダンスの振り付けという視点から学士論文をまとめ、大学を最優秀の成績で卒業しました。

そんなわけで、個人的にも、ダンスは言葉では表せない方法で情報を伝えることができると思っています。ダンスは視覚的にもダイナミックで、比喩に命を吹き込み、見ている人に体の内側から共感を呼び起こします。「Dance Your Ph.D.」によって、ダンスが時として小難しい科学の世界への風穴を開けるとともに、科学者にとってはひらめきの源となりうると考えています。

実際、優菜もこう言っています。「『Dance Your Ph.D.』に応募したことは私の研究に役立ちました。自分の研究内容をいま一度違った視点から考え、物理的に何が起こっているのかをわかりやすく説明する必要があったからです」。研究時は実験や専門的な数式に埋もれていることが多かったため、「Dance Your Ph.D.」参加のために、研究内容を踊りのステップと短いビデオの説明文を通じて伝えるというのは、彼女に新たな視点を与えるものでした。

「『Dance Your Ph.D.』については以前から聞いたことがあって、私の研究だったら動きを視覚化して表現するのは楽しいだろうな、と漠然と考えてはいました」と優菜。彼女の物理学の専門知識と、私の科学コミュニケーションにおける経験、そして私たち二人のダンスに対する熱意を武器に、今がチャンスとばかりにコンテストへの参加を決めたのです。

ピナキ・チャクラボルティ教授率いるOIST流体力学ユニットで、優菜は乱流を研究しています。乱流は、宇宙や日常生活で普遍的に見られる、回転を含む混沌とした気体や液体の動きのことです。しけた海や、空を覆う乱雲に大きな乱流を目にすることができます。通常、水道の蛇口から出てくる水のように、液体が直線的で規則正しく流れることは、実はごくまれなのです。

そう、乱流はどこにも、ごく小さいものの中にも存在します。やかんの中で沸騰するお湯、またはコーヒーカップの中で旋回するクリームを見たことがありませんか?優菜が研究しているのは、薄い石鹸膜の中を旋回する乱流です。石鹸を少し混ぜた水を、2枚の垂直な板の間に上から行き渡らせ、薄膜を作ります。その薄膜が重力によって地面に向かって流れ、下のバケツにたまります。そしてポンプで吸い上げられ、再び薄膜を作りながら下に流れるという装置を使って実験しています。

二次元の乱流を観察するため石鹸膜を用いて実験する優菜。(提供:OIST 撮影:Ascenda)

優菜は、この薄い石鹸膜で渦巻く乱流のエネルギーを測定しています。一見すると乱流は混沌としているように見えますが、この混沌の中に秩序を見つけることで、いつの日か乱流の動きを予測できるようになることを目指しています。こうした研究は、気象や気候に関する研究、航空機や工業用ミキサー、パイプラインなど、乱流と関わるあらゆる場面で幅広く応用できます。

高速度カメラで捉えた、薄い石鹸膜における乱流 。(提供:OIST 撮影:Ascenda)

優菜の研究対象である回転する渦をダンスの振り付けにとり入れるために、私は、砕ける波、流れる気流、そして有名な木星の大赤斑から惑星の表面に広がる紫色の嵐などの写真からインスピレーションを得ました。結果として生まれたダンスでは、腕の動き、らせん状の回転、そして回転ジャンプなどによってこれらを表現しています。

コンテスト応募のために、私たちはOISTキャンパスが建つ丘のふもとにある恩納村の谷茶ビーチでダンスの様子を撮影しました。砂の上や海の中を動きまわり、波と遠くの水平線を背景にして、自然の海と空の乱流と共に踊りました。

「Dance Your Ph.D.」のためにキャンパス近くの海辺で踊る服部優菜(左)と筆者のニコレッタ・ラニース(右)手や腕の動きで渦を表している。(提供:OIST)

優菜の研究を説明する踊りの構成上、もう一つ重要な要素がありました。それは、より多くのダンサーを交えての場面です。

乱流を専門とする一部の科学者たちは、渦を観察することによって乱流を研究しています。なぜなら乱流は、さまざまな速度で回転する大小様々な大きさの渦から成るからです。 3次元空間では、これらの渦は垂直方向に伸びるのですが、伸びると渦は速く回転します。それはまるで、ダンサーが腕を体に寄せて素早いターンをしているようにも見えます。

ただし、高さのない2次元空間では、渦は伸びることができず、乱流はまったく異なる動きをします。2次元の乱流でも3次元の乱流でも、大きな渦は小さな渦に分解されます。しかし、2次元の乱流では、小さな渦が合体して大きな渦を作ることもあります。海面や大気中の乱流は、このように振る舞います。優菜の実験している石鹸膜でも同様です。

2次元と3次元の両方で渦がどのように振る舞うかを踊りで表現するために、私たちはOISTの仲間に協力を依頼しました。みんなのアンサンブルでは、異なる速度で異なる回転をする渦を表現しました。みんなで力を合わせた結果、優菜の博士論文の研究テーマを、パワーポイントのプレゼンテーションでは説明不可能な方法で説明し、そのすべてをビデオにおさめました。

「Dance Your Ph.D.」に協力してくれたOISTの仲間たち。(提供:OIST)

その動画はこちらです。

ダンスで表現された乱流の研究

コンテストに投稿されたビデオは、科学者とダンサーからなる審査員によって技術的、芸術的、および独創性の観点から審査されることとなります。毎年、まずはファイナリストが数チーム選出され、その中から最優秀賞が決定します。発表は2月16日。最優秀賞には賞金1,000ドルが授与されるとともに、この分野に関心のある科学者たちから一目置かれる存在となります。さらに、物理学、化学、生物学、社会科学など、分野ごとの優秀賞、もしくは名誉あるピープルズ・チョイス・アワード(一般投票によって決定する賞)も発表されます。

ただ、優菜と私にとっては、結果がどのようなものだったとしても、このようなテーマで一緒に踊れたことに満足しています。

「博士課程のあいだに 、これからも芸術と科学を組み合わせ、色々な人と共同で何かをしていくことを続けていきたいと思います。ダンスは私にとって仕事と息抜きのバランスをとるために不可欠なだけでなく、研究にも役立つのです」。優菜が科学者としてキャリアを築いていく中で、今回のコンテストへの参加が彼女の研究になんらかの影響を果たしていることを見届けるのが、今後の私の楽しみでもあります。

ダンスへの情熱とそれぞれの専門性を活かしてコンテストに臨んだOIST博士課程学生の服部優菜(左)と筆者のニコレッタ・ラニース(右)(提供:OIST)

(ニコレッタ・ラニース OISTメディアセクション)