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減塩と健康の関係 解明に受刑者を使う!?

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
減塩と健康との関係を解明するため、著名な研究者たちのグループは受刑者の自主的な参加による臨床実験を提案している(Anthony Russo/©2018 The New York Times)

ダイエットや栄養についての研究をしようとするなら、何年間にもわたって同じ食事プランに従ってくれる人を無作為に数千人規模で集めなくてはならない。
しかし、リアルな世界においては、それは不可能に近い。だから、人は何を食べるのが最適かという問題に関して、まだ多くの疑問が明らかになっていない。この分野で最大の謎とされる問題の一つが、塩分摂取量と健康の関係である。
それが今、いわゆる、この「塩戦争(salt war)」に科学的な決着をつける手段が著名な研究者たちから提案されている。食事のコントロールが可能な刑務所で服役している受刑者を対象に、塩分摂取の大規模な臨床実験を行ってはどうかという提案だ。米医学誌「ハイパーテンション(Hypertension=高血圧症)」で、このアイデアを発表した研究者たちは、実験実現を楽観している。
だが、科学者が受刑者を研究用に使うという提案は、物議も醸している。これまでに、いくつかの残酷な事例があるからだ。1940年代には、受刑者たちを意図的にマラリアに感染させた。50年代には肝炎に感染させた。その10年後、受刑者たちの睾丸(こうがん)に放射線をあびせた。

「刑務所は、本質的に強制的な環境にある」。倫理学者で、ニューヨークのアルバート・アインシュタイン医科大学の疫学および公衆衛生学の教授ルース・マックリンはこう指摘したうえで、「インフォームド・コンセント(告知に基づく同意)を得ることは不可能ではない」と言っている。
今回計画されている研究は、塩分摂取量をめぐって、その利点と危険性についての長年にわたる見解の不一致に決着をつけようというもの。
アメリカ人は塩分を取りすぎており、それが健康を害しているとする説が一方にある。健康維持のためとして、アメリカ心臓協会(AHA)1日当たりのナトリウムの推奨摂取可能総量を2300mg(訳注=食塩相当量は約6g。「ナトリウム量×2.54÷1000」で計算する)と規定。ただし、高血圧症の人については、1日のナトリウム摂取量を1500mg(食塩で約4g)、あるいはティースプーンに半分以下におさえるのが理想的だとしている。

血圧が高いほど心臓発作や脳卒中のリスクが高まる。塩分摂取量が少なければ血圧を低く抑えられるので、低塩食は心血管疾病を減らし、死亡率を減じるはずというのだ。
ところが他方に、こうした説に対して「証明してみせてくれ」と主張し、科学的に同意できないとする研究者がいる。低塩型の食事をしている人の中には心臓発作や脳卒中による多くの死亡例があるとの研究結果を示し、塩分摂取量が少ないことで、むしろ健康を害する可能性があることを懸念している。
減塩に強い抵抗感を抱く人たちは、塩は人間の生命維持に必要だとの論を展開する。平均的な塩分摂取量は、アメリカなど多くの国々で過去何十年間も変わっていない。アメリカの場合、平均すると1日当たりのナトリウム摂取量は約3200mg(食塩相当量8g余り)だ。
ミシシッピ大学医学部の内科学および生理学の教授で、AHAの元会長ダニエル・W・ジョーンズは、塩分摂取をめぐって研究者の間で激しい論争が起きていることを心配していた。そこで彼は、それぞれの立場の研究者たちを招き、どうすれば見解の相違を解消できるかを探った。低塩食の方が健康にいいというのが彼の立場だが、「双方間のバランスのとれた見解が必要だと思った」と言う。
ジョーンズは、意見の違いを埋めるための徹底的な討議に同意した研究者6人を招いた(その後、デューク大学の臨床試験の専門医師エリック・ピーターソンと同大所属でアメリカ食品医薬品局の元長官ロバート・カリフにも参加してもらった。最終報告書に重みを添えるためである)

ジョーンズとカリフォルニア大学デービス校の栄養学研究者デビッド・マッカロン――彼は低塩食が健康に及ぼす危険性を懸念する立場――が討議を主導した。そして、食事内容を制御できる人たちを対象にした無作為の臨床試験を提案。いくつかの選択肢についてさまざまな角度から検討した。
兵士はどうか? 若すぎる。 介護施設の入居者はどうか? その多くがすでに低塩食を処方されている。そこで、最適な選択肢として浮上したのが刑務所に収容されている人たちだった。
受刑者を臨床試験の対象にすると仮定しよう、とジョーンズは言った。その場合、研究は受刑者や一般の人びとのためになるのか?
受刑者にとって利点がないとすれば、その研究は倫理に反する。
閉じ込められた状況下になければ、人は取りたいだけ塩分を摂取できるが、受刑者はそうはいかない。刑務所で出される食事を取るしかない。理想的な塩分摂取量が定まっていないのなら、それを突きとめる研究は受刑者のためにもなると専門家たちは結論づけた。 ジョージタウン大学の行政および法律学の教授マーク・モルエ・ハワードにも助言を求めた。彼は、近くの重警備刑務所でも教鞭(きょうべん)をとっている。
「倫理上の問題が少しある」。ニューヨーク・タイムズのインタビューに、ハワードはそう答え、「受刑者の健康を害しないことと、あくまでも自主的な(臨床実験への)参加であることが肝心だ」と語った。そして、「刑務所当局の十分な協力を得て、慎重の上にも慎重を期して対処すれば、実験は可能だと思う」とも述べた。

ハワードによると、受刑者の多くは、罪を犯した過去を乗り越え、社会の役に立ちたいと願っている。「悔い改めたいのだ」と彼は言い添えた。
刑務所の管理当局者は、臨床実験の提案を前向きに検討するとの意向をジョーンズに伝えた。ジョーンズは、受刑者の権利擁護の活動もしている非営利組織「アメリカ自由人権協会(ACLU)」とも連絡をとりたいと言っている。
計画だと、この臨床実験はまず55歳以上の受刑者に参加してもらっての試験的なプロジェクトから始める。その後、1万人から2万人規模の参加者による実験を約5年間続ける。アメリカ国立衛生研究所(NIH)に資金提供を要請する。
ただ、ジョーンズは、現時点では、まだあくまでも提案の段階だとしている。(抄訳)

(Gina Kolata)©2018 The New York Times ニューヨーク・タイムズ

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