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ADHDに対する無知に立ち向かう ~「褒められること」の意義を探る~

美ら島の国境なき科学者たち
沖縄科学技術大学院大学(OIST)でADHDの研究に取り組むゲイル・トリップ教授と島袋静香さん

注意欠如多動症(ADHD)という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。私にとっても耳慣れた言葉ではありましたが、障害は単なる発達の段階であるか、または子ども自身がコントロールできるものだと考えていました。そして、疾患名の「注意」という言葉は、単に子どもが周りからの注目を求めようとする行動を表しているものだと思っていました。

しかし、私はそれがひどい間違いだったことに気づきました。

ADHDは治ることのない複雑な疾患で、子どもにおいて稀ではない精神疾患です。 ADHDを持つ子どもは多動であり、自身の衝動性をコントロールすることに困難を抱えています。ADHDはさまざまな要因に由来しますが、障害を引き起こす原因が何なのかについては明確になっておらず、ADHDについての研究はより一般的になりつつある一方で、多くの疑問に対する答えはまだ解明されていません。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)の発達神経生物学ユニットを率いるゲイル・トリップ教授は、これらの質問に答えを出すべく、「OISTこども研究所」でADHDの研究をしています。彼女の研究の重要な課題は、ADHDを持つ子どもに対する報酬(ご褒美、ポイント、褒められることなど)の効果を明らかにすることです。

OIST発達神経生物学ユニットを率いるゲイル・トリップ教授

私は子どもの頃、ほとんどの子どもがそうであるように、ビデオゲームが大好きでした。任天堂DSに、軽く数時間は夢中になっていたあの頃が本当に懐かしいです。でも、なぜ子どもたちはビデオゲームがこんなにも好きなのでしょうか?

ビデオゲームは報酬を得られるように設計されています。 自分の能力に対して正の報酬(ご褒美、ポイント、褒められることなど)を得ることに病みつきになってしまいます。何故ならば、それは子どもの気分を良くさせますし、加えて、それはとても楽しいことだからです。正の報酬は、家庭や学校では褒めることとして使われます。トリップ教授はADHDを持つ子どもの両親から、子どもはゲームには集中することができても、それ以外に対しては何にも集中できないという訴えをよく聞くと言います。

トリップ教授は、「ADHDを持つ子どもは実際のご褒美に非常に反応しますが、遅れて与えられる報酬にはもっと敏感なのです」と言います。

トリップ教授は、母国であるニュージーランドで教育を受け研究のキャリアを積んでいましたが、もともとは、ADHDの研究をしていたわけではありませんでした。臨床心理学者として働いていたワイカト病院で、ADHDの初期の研究をしていたジョン・ウェリー博士に出会いました。ウェリー博士がトリップ教授にADHDを紹介したことが、トリップ教授がADHDについての研究を、生涯取り組むべき仕事と考えるきっかけとなりました。

トリップ教授は、彼女がADHDに関する研究をしていると話した時、多くの人々が、私が以前ADHDに対して持っていたような見方をしていることに気がついたと振り返ります。

「私がまだ勉強中であった頃、ADHDは存在しないし、発達とともに良くなっていくものだと言われていました。 それは、彼らは単なるいたずらっ子であり、良いしつけをされれば問題は起こらないはずだということを意味していました。でもそれらのことは真実ではありません。もし私たちが食事療法や、親に育児スキルを教えることでADHDを治したりすることができれば簡単ですが、そうではありません」

たとえ認識が変わったとしても、それは障害をめぐる否定的な固定観念が消えてなくなったということではありません。

「特に母親は、子どもの困難のせいで非難されてきたと思います」と、トリップ教授は言います。 「私たちは皆、おそらく簡単な説明が欲しいと思いますが、問題を複雑にしているのは、すべての障害と同じように、ADHDを診断するテストがないということです」

島袋静香博士は、ADHDを持つ子どもの子育てに難しさを抱えている母親を支援するプログラム開発の研究に取り組んでいます。トリップ教授と同じく、島袋さんも最初からADHDを研究してきたわけではありませんでした。社会学を学んだ後、家族療法に移り、トリップ教授の研究ユニットに入って9年目を迎えました。 島袋さんの情熱は、トリップ教授同様、ADHDの真実を知らない人々に繋がり、支援の輪を広げることにあります。

トリップ教授とともにOISTこども研究所で研究を行う島袋静香博士。2010年からプロジェクトに参加している。

OISTこども研究所においては、通常、子どもに適した環境で3日間の検査が行われます。トリップ教授と研究ユニットのスタッフは、そこで子どもの行動を観察したり、先生や両親からアンケートを集めます。それらすべての情報をまとめて、その子の症状がADHDの臨床基準を満たすものであるか判断し、報告書にまとめます。

学級と家庭で見られる行動が大きく異なる場合、親と教師のアンケートの回答に違いが出てきます。教室では、教師は子どものニーズを常に満たすことはできません。教師は、他の子どもたちに不公平さを感じさせないために、ADHDを持つ子どもに「特別扱い」をすることを躊躇します。ただ実際には、ADHDを持つ子どもに他のADHDを持たない子どもと同等の報酬の効果を与えるためには、「特別な」報酬を与えるが必要があるのです。

ペアレントトレーニング研究の計画を確認している島袋さんとトリップ教授

「ペアレンティングの研究を始めた理由の1つは、沖縄を含めて日本には心理社会的支援による治療に限界があるからです」と島袋さんは言います。 「目標は、母親にスキルを教え、子どものニーズに応じてそれらのスキルを使うこと、そして子どもが大人になった時、自身でそれらのスキルを使うことができるようになることです」

ADHDを持つ子どもたちに対しては、多くのニーズを満たす必要があります。先程話したビデオゲームの話を思い出してください。継続的に決まった報酬を得ることで、自己コントロールを学んでいきます。それは、子どもが良い行いをした結果として、好ましい報酬が得られるからです。褒められたことに対する行動は、次の行動へ反映されることになります。

島袋さんは、第一回目のペアレントトレーニングのセッションの前にはいつも緊張すると言いますが、その緊張はセッションを始めるとすぐにほぐれます。子どもたちが苦しむ姿を見たくないという理由が一つの仕事のモチベーションになっているといいます。島袋さん自身、若い頃を振り返ると、今一緒に取り組んでいる子どもたちと同じような難しさや挑戦があったといいます。

OISTこども研究所の廊下にある黒板には、順番待ちの子どもたちが自由に落書きができる。

ADHDの子どもたちは、お行儀が悪いわけではありませんし、または意図的にそうしているわけではありません。ただ単にADHDを持っている、ということなのです。ADHDへの認識は急速に変化しており、子どもの価値を下げることはありません。

注:OSITこども研究所は、研究を兼ねたADHDの検査を行なっておりますが、それ以上の臨床治療などは行なっておりません。

OISTこども研究所の前に立つ島袋静香博士とゲイル・トリップ教授。 研究所の壁はフレンドリーな雰囲気を醸し出すカラフルな配色。
こども研究所には、子どもが待ち時間に遊べるおもちゃで溢れている。

(エリカ オバーフェルト OISTメディアセクション)