まず、PSFCの概要から。
PSFCは1973年に生まれた生協だ。出資金100ドルと会費25ドルを納めれば誰でもメンバーになれる。メンバーになることで、PSFCの消費者だけでなく、オーナー、労働者の役割も担う。オーナーとして経営に参加できるが、4週間に1度、2時間45分、無償で働かなければならない。専従スタッフも77名いるが、PSFCの仕事の75%は一般のメンバーの無償労働に支えられている。
現在のメンバー数は1万7000人を超えており、1週間の延べ買い物客数は1万7000〜1万8000人。メンバーは平均1週間に1回はここで買い物をしている計算になる。近隣住民が大半なので、フロアのそこかしこで顔見知り同士が、「あら〜久しぶり。元気だった?」とハグハグしているのは日常的な光景だ。
PSFCのゼネラルマネージャーで創立メンバーの一人でもあるジョー・ホルツ(69)は、PSFC誕生の背景をこう語る。
「当時ヘルシーフードをもっと食べたいと思っていたが、とても高かった。その頃、西海岸を中心に、安くて体にいい食品を手に入れようと次々フードコープが誕生していた。そこで、安くて体にいい食品を手に入れるためだけでなく、みんなで働けるコミュニティのような組織を作りたいと思ってフードコープを立ち上げた」
ベトナム反戦、公民権、女性やゲイの権利、環境問題。さまざまなムーブメントが起こっていた時代だった。こうした活動の担い手たちがフードコープの担い手にもなっていった。ジョーはカレッジを中退、当時デイケアセンターのアシスタントティーチャーやタクシーの運転手をして働いていた。「なんで大学をやめたかって?ほかにもっと大切なことがあるんじゃないかと思ったからだよ」
ヘルシーフードといえば今ならオーガニックフードを思い浮かべるかもしれない。だが、当時の「イートウェル」の意味は今とはだいぶ違っていた。「肉中心の食生活じゃなくて、もっと野菜や果物、ナッツやシード、穀物や豆を食べよう。体に入れる農薬の量を減らそう。それが“よりよく食べる”ということだった」
ニューヨークでオーガニックフードを手に入れられるようになったのは遅く、80年代中頃から。カリフォルニアより15年ほど遅れをとっていたという。PSFCは近隣農家との関係を構築しながら、徐々にオーガニックな農産物の販売量を増やしていった。
子供にいい食べ物を
この小さなフードコープがなぜこれほど多くの人たちを惹きつけるのか。PSFCに買い物客として、また労働者として訪れていたメンバーに、その魅力を聞いてみた。
買ったものを大量にカートに積み込んでいたノーラン(36歳、フリーフォトグラファー、メンバー歴10年)は2歳になる子供のお父さん。子供が生まれてからは特に、「息子にいいものを食べさせてやりたい」と思うようになり、PSFCの重要性が増したという。
モーガン(38、メンバー歴2年)は2年前に家族でフランスからニューヨークにやってきた。家族は夫と2人の子供。「パリではどこのスーパーでもオーガニックの野菜などが簡単に手に入るけど、アメリカでは難しい。ニューヨークに来る前にインターネットでPSFCを見つけて、この近所に越してきた」と話す。
良い品が安い
安さはもちろん、メンバーを惹きつける重要な要素。「ほかの小売店と比べて何でも2ドルくらい安い感じ」と話すのは、娘と買い物に来ていたイサベル(47、メンバー歴12年)。
近所に住むマヤ(40歳、メンバー歴15年)の家族は夫と4人の子供。育ち盛りが4人もいると食品の買い出しもハンパない量と金額になる。週に1度のまとめ買いはなんと400ドルになるという。「それでも、ほかで買うより毎回100〜150ドルくらい節約できていると思う」
入り口でメンバーのIDをチェックしていたガブレー(47、ビーガンシェフ、メンバー歴10年)はエチオピア出身。以前は高級スーパー、ホールフーズで買い物をしていたが、「PSFCのメンバーになってからはホールフーズには行かなくなった。ここはほかより20〜30%は安いと思う」
地下のフードプロセッシングセクションではチーズをカットしたり、オリーブやナッツ、ドライフルーツなどを小分けして重さを計り、ラベルを貼る作業が行われている。ステファニー(36、非営利団体勤務、メンバー歴3ヶ月)の実家はペンシルベニア州で5代続く農家。「だから食べ物に興味がある。ここで買うようになってから1週間の食費が100ドルから50ドルに。半分になった!」と満足げだ。
PSFCの販売価格の決め方は非常に明快で、仕入れ値に一律21%をプラスするだけ。仕入れ価格が高いものは販売価格も高くなる。それでもオーガニックで同程度のクオリティの野菜を比べたら、平均して20〜30%は安く買えるだろう。特に食べ盛りの子供のいる家庭にとってはこの差は大きい。
産地も育て方も、事細かに共有
食に関する情報の共有という点でもPSFCは様々な取り組みをしている。
マリナ(52、ティーチングアーティスト、メンバー歴12年)は、地元で採れた野菜が手に入る点や、環境に配慮している点が気に入っている。「地産地消なら遠くから輸送しなくていいから、二酸化炭素削減にもつながるしね」
一般のスーパーでも最近は野菜や果物にオーガニックの表示が見られるようになったが、PSFCの野菜や果物の棚にはそれ以外にも、「ミニマリー・トリーテッド」や「IPM(Integrated Pest Management)」、「500マイル以内で生産」などの表示が見られる。メンバーはこうした詳しい表示を手掛かりに食品を選ぶことができる。
「ミニマリー・トリーテッド」や「IPM」は、オーガニックの認証は取得していないが、農薬などの使用は可能な限り抑えて栽培された農産物であることを意味する。オーガニックの認証を取得するには多くの手間と時間、費用がかかり、小規模農家には負担が大きすぎる。だが、「ミニマリー・トリーテッド」や「IPM」の表示のある農産物を販売すれば、小規模農家をサポートしつつ、メンバーにはオーガニックより安く、しかもクオリティの高い農産物を提供することができるというメリットがある。
食肉も同様で、牛肉や鶏肉のパッケージには「牧草と水とミネラルだけで飼育」、「抗生物質やホルモン剤無視用」などといった情報が記載されている。
チェリオはアメリカで人気が高いシリアルだが、最近PSFCはこの販売を停止した。以前チェリオが置かれていた棚にはお知らせの紙が貼ってあり、「チェリオから発がん性が高いと言われるグリフォサートが高濃度で検出されたため」とその理由が記されていた。
地域のコミュニティハブ
コミュニティとしての魅力を挙げる人も多い。買い物を終えて大きなカートを押して帰宅途中だったジーン(40、大学で書き方指導、メンバー歴10年)の家族は妻と2人の娘。「コープでは10年間ずっと同じ仕事を担当しているから自然に仲間ができた。妊娠しているときに母が亡くなって大変だっただけど、一緒に働いている仲間が助けてくれた」と話す。
誰でも使える店内放送も、ユニークでアットホームな雰囲気づくりに貢献している。
ステファニー(前出)はこのシステムがお気に入りだ。「だれかが『ハニーが見当たらないけど、どこにあるの?』と店内放送すると、知っているだれかが受話器を取って『X Xにあるよ〜』と答えていたり、子供が迷子になってしまったお母さんが焦った様子で、『ボビー、どこにいるの?』なんて呼びかけていたり。こんなのほかで見たことない」
日本人メンバー、みち子(65、メンバー歴12年)はPSFCで新顔を見かけると必ず話しかける。「どんな料理を作っているのが聞いて、仕事が終わったら材料をここで調達して帰り、忘れないうちにさっそく家で作ってみるんです。おかげで料理のレパートリーがとても増えました」
魅力あるコミュニティにはたいてい楽しいイベントがつきもの。PSFCのメンバーは1万7000人もいるので、様々な専門技術や知識をもつ人材が豊富だ。2階の会議室では、各分野のプロたちが講師となってヨガ教室、料理教室、パソコン教室などなど、様々なクラスが開かれている。講師はボランティア。
ニューヨークにはアーティストが多く、メンバーの中には映画を製作している人たちも多い。だが、競争が激しいニューヨークではなかなか上映の機会がない。そこで、こうした人たちに作品上映の機会を与えるための上映会も定期的に実施されている。どちらも無料で楽しめる。
ゼネラルマネージャーのジョーは、PSFCが成功している理由について次の4点を挙げている。
*例外を設けない公正な価格設定
*食品に関する正しい情報の開示
*メンバーが仕事を平等に分け合って働く体制
*誰でもメンバーになれることを明確にしている
これらの方針によって、メンバーひとりひとりとPSFCがポジティブにつながれる。「だからこそ、メンバーがPSFCを考えるとき、“They”ではなく”We”という一人称で考えてくれるんだと思う」とジョーはいう。前出のみち子は野菜の補充を担当しているが、「いつもよく売れるようにと考えて仕事をしています」と話す。このような意識を持つ人が多いことが、PSFCをただのスーパーマーケットではない”コミュニティ“にしているのだろう。
消費者目線で商品を選んでくれる魅力
私が感じるPSFCの魅力を、ふたつ付け加えたい。
一つは、PSFCが私に代わって、私の価値観に合った商品選びをしてくれていること。
かつて一般のスーパーで買い物をしていたときは、野菜や果物に何の表示もないのが当たり前だった。だが、PSFCのメンバーになって以来、どこで生産されたのか、農薬がどの程度使用されているのかなどが全くわからない食品を口に入れることに抵抗を感じるようになった。PSFCの売り場には、PSFCのメンバーが消費者の目で厳選した商品が並んでいる。その安心感が大きい。
工場生産される食品には必ず原料が記載されているが、何が危険で何がそうでないのか、勉強しなければわからない。良い食品を選ぶのは実は手間がかかることなのだ。私は可能な限り、新鮮で安全、自分の消費行動によって小規模農家がサポートでき、持続可能な農業や環境に配慮した方法で生産されたものを買いたいと思っているが、それをひとつひとつ自分で選ぶのは大変だ。そんな私に代わってPSFCが商品選びをしてくれる。それが私にはいちばんありがたい。
隔週で発行されるメンバー向けの新聞や、食に関するドキュメンタリーフィルムの上映、店内の注意書きなどを通じて、常に食に関する情報を共有してくれる。そこで得た知識は、ほかの小売店で買い物をする際にも生かすことができる。
二つ目は、同じ価値観を持つ人たちとつながれるということ。
自宅からは遠いので、私はたまにしか買い物に行けないし、4週間に1度の仕事が終わるとさっさと買い物をすませて帰るので、PSFCに親しい人はあまりいない。それでも、食の安全性や農業、環境などに関して同じ価値観を共有する人たちと繋がっていられることに、安心感のようなものを感じる。これも、ほかのスーパーにはない、PSFCのコミュニティとしての魅力だろう。