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1回わずか150円 豪州の「地域密着型」英語教室

バイリンガルの作り方~移民社会・豪州より~ 更新日: 公開日:
初級クラス。アイバン・スネドン先生(右奥)のもとで、「家庭でのルール」のテーマで学んでいた=シドニー北西部ペナントヒルズの聖公会聖マークス教会、小暮哲夫撮影

キリスト教会で学ぶ英語

“Do you do any exercises?” (運動はしていますか)
先生がゆっくりと尋ねる。
“Yes I do. No I don’t.”(はい、いいえ)。生徒たちが答える。
「それでは、Not really と言ったらどうですか?No, I don’t よりも少し柔らかい答えになりますよ」

シドニー北西部のペナントヒルズにある聖公会聖マークス教会。ここでは、毎週月曜日に大人向けの英語教室を開講している。

この日のテーマは「運動と健康」。ヤスコ・ガーリ先生が用意したプリントにはまず、tennis、swimming 、Tai Chi(太極拳)などのスポーツの種類から、muscles(筋肉)、blood circulation(血流)、flexibility(柔軟性)まで、健康に関連してよく使われる単語を紹介している。

これは4つあるレベルのなかで一番下の初心者クラスだ。13人いた生徒はみな中国出身。全く英語を話せない状態で豪州にやってきた人たちが大半だ。生徒たちの間に助手役のスタッフ2人も座って、ときには中国語で理解を助けている。

初心者クラスで教えるヤスコ・ガーリ先生(右)と生徒たち。助手のスタッフ(左から4人目)が、ときどき中国語で生徒に説明して支援する=シドニー北西部ペナントヒルズの聖公会聖マークス教会、小暮哲夫撮影

託児スペースで安心

その上の初級クラスをのぞく。テーマは「家庭でのルール」。アイバン・スネドン先生が優しく生徒たち質問する。

先生 “What makes a family sad?” (家族を悲しくなるのはどんなときですか)
生徒 Someone is sick in the family” (家族の誰かが病気になったとき)
生徒 An accident” (事故にあったとき)
先生 “What makes a family worried? (心配になるのは)
生徒 “Child’s first day at school”(子どもが初めて学校に通う日)

10人いる生徒はこちらも、アジア系の顔が多い。ゆっくりとしたやりとりだが、初心者クラスに比べて、自ら英語で発言できる様子がわかる。

中国・天津出身の周薔婆さん(70)は、豪州の大学で学んだ娘に呼び寄せられて10年前に移住した。この教室に通って3年になる。「中国ではロシア語を学んだので、英語はほとんど話せなかった。スピーキングとリスニングが上達していると思います」。時折、中国語が交じりながらだが、こう話した。

周さんは、通い始めたころ、まだ就学前だった小さな孫2人も連れてきていた。教会には託児施設があり、生徒たちが英語を学ぶ間、無料で小さな子どもの面倒を見てくれる。

教会にある託児施設。小さな子や孫を連れてきた生徒たちが無料で預かってもらえる=シドニー北西部ペナントヒルズの聖公会聖マークス教会、小暮哲夫撮影

「社会的な孤立」防ぐ意味

この教会が、英語教室を設けたのは、2012年。礼拝にやってくる人たちを見て、この地域で移民が増えている状況がわかったからだという。

開講するのは、毎週月曜日の午前9時半~12時だが、休憩を兼ねた10時半から11時のティータイムも大切な時間だ。お茶とお菓子を手に、先生や生徒同士が親しくなる。ロレイン・スネドン先生は「英語教室には、移民が社会的に孤立してしまう、と問題に対応する意味もある。なかでも、ティータイムは生徒たちがネットワークを作る時間になっている」。移民の家族では、子どもたちは学校に通い、現役世代は職場に行く。でも、子や孫たちの面倒を見る保護者たちは家から出られない、という状況が珍しくない。

英語を教えるなかで、豪社会の理解を助ける内容も盛り込む。たとえば、美しいビーチが多く海水浴がとても身近な豪州だけに、ビーチでの安全確保やライフセーバーの役割などの話をとりあげる。代表的な休日であるオーストラリアデー(1月26日、英国船が豪大陸に上陸した日を記念する)やアンザックデー(4月25日、第一次大戦で戦った豪州やニュージーランドの兵を追悼する)などのいわれを教えるときもある。

先生や助手の人たちはみな、ボランティアだ。毎年、指導法の研修の機会を設けているという。生徒たちの受講料は1回、わずか2豪ドル(約150円)。キリスト教徒でなくても、いつからでも参加できる。

中級クラスで学ぶ生徒たち。ドメスティックバイオレンスがこの日のテーマ。高齢者の虐待を扱った新聞記事も教材として配られていた=シドニー北西部ペナントヒルズの聖公会聖マークス教会、小暮哲夫撮影

DVをテーマに実践的な授業も

ティータイムの後に、上の二つのクラスを見せてもらう。この日は、ドメスティックバイオレンス(DV)をテーマにそれぞれのレベルで学んでいた。

「”neglect”とはどんなことですか。ignore (無視)することですね。たとえば、子どもに十分な食料を与えなかったり、暖かい衣服を着せなかったりとか」
「”abuse” とはcruel(残酷)な振る舞いですね」。
中級クラスでロレイン先生が説明している。

内容はぐっと難しくなっている。さらに、“reproductive violence” という聞き慣れない言葉も出てきた。

先生「たとえば、パートナーに望まない妊娠を強制されるような状況ですね」
生徒「『男の子だけが欲しい』とかいうようなことですね」

DVをテーマに設けたのは、移民たちの家庭でも、問題になることがあるからだという。

上級クラスでは、米国の「TEDトーク」のネット動画を視聴していた。「パートナーとの健全な関係のあり方」をテーマに女性の専門家が話している内容だ(約12分間)。さらには、DVや子どもへの虐待の内容を説明して相談先を紹介した政府や関係団体のウェブページも教材として使っている。

最後には、パトリシア・ワン先生が持ってきた記事をもとに、時事英語にも挑戦した。

先生「きょうはテレサ・メイさんのニュースについて話したいと思います。彼女に何が起きましたか?」
生徒「(英国の首相を)辞任しましたね」「ブレグジット関連でしたよね」

より高度で実践的だ。

上級クラスで配られていた時事英語の教材。英首相の辞任のニュースを扱った内容だ=シドニー北西部ペナントヒルズの聖公会聖マークス教会、小暮哲夫撮影

上級クラスで学ぶバク・スジョンさん(46)は、韓国に夫を置いて、留学した7年生(日本の中1に相当)の息子(12)とともに今年1月にやってきた。息子は現在、この連載でも紹介した、中高校に入る前に英語を鍛える英語集中校(IEC)で学ぶ。息子が高校を卒業するまでは豪州にいるつもりだという。バクさんは火~木曜日にはシドニー市内のほかの教会の英語教室に通う熱心さだ。

「韓国人は、私のように英語の読み書きはできても、話す、聞くが苦手な人は多い。ここは、先生が本当によく準備をしてきていて、英語で討論をすることもある。韓国語でだって討論は難しいのだから、かなり大変です。でも、英語の上達にとても助けになっています」

全くの初心者から英語にある程度、心得がある人たちにも対応する。そんな充実した内容が地域の教会で提供されていた。

NGOの英語教育プログラム

非政府団体(NGO)が開いている英語教室もある。

3Bridgesは高齢者や障害者、乳幼児向けの福祉サービスなどを提供するシドニーのNGOだ。サービスの一つが、地域の人々の交流を促す「コミュニティサービス」。そのプログラムとして、英語教室を開講している。

シドニー市内に4つある拠点のうち、南部ペンズハーストで開講している教室を訪ねた。週1回、木曜日の昼間に、「初級」「中級」「上級」の3つのレベルでそれぞれ1時間半、学ぶことができる。

教室の一つでは、ホワイドボードにはこんな説明が書かれている。

”should :advise –present”(~すべきだ:助言、現在形)
”should have +pp :criticism ,regret in the past” (~すべきだったのに:過去の出来事への批判、残念な思い)

「現在形なら、相手に対するアドバイスに、過去分詞を使えば、相手の過去の振る舞いを批判することで使えますね」とリン・ジョーンズ先生。生徒たちが例文を読み上げる。

ここでは「上級」の教室だが、使っているテキストは「中級」のものだ。生徒たち10人には、中高年の姿が目立つ。中国系が多く、中国、香港だけでなく、シンガポールやマレーシア出身の人たちもいる。教室には日本人が通っていたときもあったという。

ジョーンズ先生は出身地の香港では英語教育の学位を得た。ここで教えて12年になる。「私は中国語を話せるけれど、ここで英語しか話しません。作文などの宿題を出すときもありますよ」

NGO「3Bridges」の英語教室で学ぶ馬軍さん(前列左から2人目)ら生徒たちと(後列左から)リン・ジョーンズ先生と世話役のフェリシティ・スネドンさん=シドニー南部ペンズハースト、小暮哲夫撮影

「移住して37年」でも受講OK

教室にいた馬軍さん(57)は北京出身。13年に高校生だった娘(21)の教育のために、家族でやってきた。「ここに来たときは、英語は知っていた英語は、『ハロー』だけだった」。中国人向けの観光ガイドとして働きながら、14年からこの教室に通い、「リスニングとスピーキングが上達しました、読み書きはダメけれど」。

生徒は必ずしも、移住して間もない人ばかりではない。テレサ さん(69)はシンガポールから1982年に移住した。でも、洋裁関連の仕事で「ずっと、あまり英語を話す必要はなかった。だから、今になって英語が学びたくなってやってきました」。

ここでも、受講料は1回2豪ドルだ。「生徒たちはいつで歓迎していますし、毎回来るように強制もしません。自分のペースで休み、また、教室に戻ってくる人もいます」と世話役のフェリシティ・スネドンさんは言う。

やはり、移民たちが社会的な孤立を防ぐ、という意味が重視されている。「外国からやってきて知り合いもいなくて、買い物にも外食も不安。そんな中で同じように英語を学ぶ人々とかかわり、親しくなることで、生活に自信を持ち、助け合うこともできる」。スネドンさんによると、英語教室に参加したのをきっかけに、この団体が提供するほかの福祉サービスの利用につながったり、あるいは福祉サービスのボランティアとしての活動に興味を持ったり、とさらに活動が広がることもある。

豪州では、ほかにも、地域の公立図書館が英語教室を開くことも珍しくない。多くが、永住者でも一時滞在者でも「誰でも、いつでも」が普通のようだ。敷居を下げて、政府の英語プログラムで学ぶ条件から外れる人たちの受け皿の役割も果たしている。