これまで長い間、米国のエコノミストたちは、人口構成の変化による緩慢なダメージを被ってきた場所として日本や欧州諸国を話題にしてきた。そこでは、労働力人口が大量に引退する時期に入り、引き継ぐ次世代人口は縮んでいく――。それは経済にとって大きな足かせになるのだ。
ところが今や、米国はそれを他の国々の問題とばかり言ってはいられなくなってきた。米国経済にとっても最も深刻な課題は、実は人口動態に関する問題だろう。その影響について、米国人たちはようやく理解し始めたところだ。
主にハイテク投資家や起業家が資金を提供しているワシントンのシンクタンク「Economic Innovation Group(EIG=経済革新グループ)」の新たな報告書は、すでに米国の一部が日本並みの人口減少に直面していることを示す新しい豊富な詳細データを載せている。それは全米郡部の41%を占める地域で、その人口は合わせて3800万人を数える。
全米レベルの経済成長率について、主流派の経済予測筋は20世紀後半が一般的に年3%増だったのが今後は2%程度になるとみているが、その主な要因に労働力人口の伸びの鈍化を挙げている。単純な算術問題として、働き手の数の拡大が鈍れば、ほぼ確実に経済出力の成長度合いも鈍る。
ただし、人口構成の変化はどこでも同じように起きるわけではない。非常に大人数のベビーブーム世代が引退する年齢を迎え、労働力人口層から抜け出てしまうことによる影響は不可避だが、これとは別に、その影響がより深刻なものになるのか、軽減されるのかは現役世代の意向に左右される。
多くの若い働き手は、小規模の都市や地方部を離れて沿岸地域のにぎやかな都会に移り住む。移民は労働力の増強になるが、彼らの移住先も同じように大規模な沿岸都市に偏る。
「デイトン(訳注=オハイオ州西部の都市)の人口は1953年がピークで、この地域の成長は1990年以降、停滞している」と市長のナン・ホエリーは言う。彼女は「起きるべくして起きていることなんだ、と多くの人は言う。でも私はこのコメントが嫌いだ」と述べ、政策決定が沿岸の都市への投資を奨励してきた結果だと主張する。
ある報告書によると、総体的には全米郡部の80%(計1億4900万人)で、2007~17年までの間に25歳から54歳の年齢層の住民が減少した。この報告書は、経済調査会社「Moody's Analytics(ムーディーズ・アナリティックス)」のアダム・オジメクとEIGのケナン・フィクリ、ジョン・レティエリが書いた。
報告書の作成者たちはこの傾向が今後も続くとみており、2037年までには、全体的な人口は増えるものの、全米郡部の3分の2で働き手の主力になる成人人口が減少すると予測している(この予測は、不法移民も計算に入れた)。
米国の家族に、より多くの子どもを産むよう促す奨励策は、将来の労働力人口を増やすことで長期的な役には立つだろう。そのためには、苦闘している都市であっても、若いファミリーが望む施設、とりわけ良い学校を確保する努力が求められる。
それぞれ地域の人口は常に変動しており、エコノミストたちは従来、このことをおおむね健全なプロセスであるとみてきた。働き手たちは最も生産効率のいい場所へと向かい、そうすることで経済全体を適応させ成長させることができるのだ。
だが、地域経済を研究する人たちがますます懸念するようになっている問題がある。人口構成の変化の波が引き起こすいくつかの要因が、取り残された地域の痛みを一段と深刻化させ、悪循環にはまることへの懸念だ。
「ある地域で、ひとたび負の連鎖が始まると、それが自己増殖していく可能性があるのだ」とティモシー・バーティクは指摘する。独立系の雇用研究機関「W.E. Upjohn Institute for Employment Research(W.E.アップジョン雇用問題研究所)」の上級エコノミストだ。
労働力人口の供給源が縮小していくと、雇用主は供給を求めて他の場所を探すようになる。そうすると、地元自治体はインフラや教育に使う十分な税収の確保が難しくなり、地元に残っていた若者たちがさらなる機会を求めて他の場所へと移るのを後押ししてしまうことになる。
歯止めがきかなければ、こうした人口構成の変化の流れは今後数十年間、米国経済全体の成長を減退させるだけではすまない可能性がある。取り残された都市を回復不能にさせてしまい、長期的にみて、米国の巨大なベルト地帯の経済的潜在力をそぐことにもなりかねないのだ。
EIG報告書の作成者たちは可能性のある解決策を提案している。悪循環を断ち切るための移民政策だ。人口減少に直面している地域を移住先とすることを条件に、熟練技術者たちに移民ビザを発給できるようにする提言である。人口減少地域で労働力人口を増やし、税収基盤や住宅需要を拡大し、投資すべきビジネス上の理由を提供するのが、この構想だ。
「投資家や企業、起業家たちが立地の決断についての見方をどう変え始めるのか、そこに本当の価値がある」とEIG社長のレティエリは言う。「彼らは、そこに人材を確保する新しいパイプラインがあることに気付くだろう」
レティエリによると、米国の多くの地域で移民に対する敵意があることを前提とすれば、それぞれの地域は経済発展戦略の一環として移民にビザの利用を可能にさせるかどうか選ぶことができるべきだ。そのためには、コミュニティーがより多くの移民を望んでおり、移民各自もそこへの移住を選択するという双方による「二重のオプトイン(opt―in=事前の意思確認)」方式をとる必要がある。
移民政策を人口減少の阻止に使うことをどう考えるかはさておき、米国経済の将来について関心を持つ誰もが取り組まなければならない基本的な問題がある。人口動態はすべての経済的要因の中で恐らく最も強力なものだが、米国の大多数は目下のところ間違った方向を向いている。(抄訳)
(Neil Irwin)©2019 The New York Times
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