中国は約3年前、一人っ子政策を緩和し、2人目の出産を認めたが、政府当局は出生率の上昇にはつながっていないことを渋々ながら認めはじめた。もうこれ以上、子どもはいらないと親たちが思っているからだ。
ボンヤリとではあるが、人口統計学上の危機が立ちはだかる。経済成長を危うくし、共産党および習近平の指導体制を弱体化しかねない。そのことに頭を悩ます当局の担当者たちは、なんとかベビーブームを起こそうと苦闘している。
ほんの数年前まで、共産党は、2人以上の子どもを産んだカップルのほとんどに罰則を科し、何億もの中国人女性たちに人工中絶や不妊手術を強制してきた。だから、今回の動きは仰天モノの政策転換である。
女性たちに今度は産めよ増やせよと、中国は極端から極端へと向かうのではないか。新たなキャンペーンは、そうした懸念を招いている。いくつかの省ではすでに、人工中絶を厳しく規制したり、離婚を難しくしたりする措置をとっている。
「率直に言ってしまえば、出産は一家族の問題であるだけではなく、国家の問題でもあるのだ」。共産党の公式機関紙・人民日報がこのほど、社説でこう論じたが、すぐにオンラインで批判が広がり、論争が起きた。
中国中部の陝西省政府は7月、中央政府に対して、すべての産児制限措置を廃止し、子どもをほしいだけ産めるよう要請した。
子どもを産めるのは2人までとする現行の産児制限策を廃止する案は、今春、北京で開かれた全国人民代表大会(訳注=国会に相当する)に持ち出された。国家衛生健康委員会が発表した声明によると、この案は他の施策とともに検討中とされる。
中国政府にはもっと出産を奨励する以外に選択肢はほとんどないというのが、専門家たちの見方だ。その数14億人超。世界一の人口大国中国では、高齢化が急速に進行している。寿命が延び、高齢人口が膨れ上がっているが、それを支える生産年齢人口が減ってきている。すでに、いくつかの省では年金の支払いが困難になっているとの報告もある。
しかしながら、二人っ子政策を廃止しても、その効果があるかどうかは不透明だ。多くの国でみられるように、中国でも高等教育を受けた都市部の女性たちは仕事を優先し、出産を後回しにしている。若いカップルは、住宅費や教育費など経済的な問題も抱えている。
また、かつての「一人っ子」政策は男女比を狂わせた。選択的な人工中絶は違法だったが、胎児が女の子と判明した場合、人工的に流産させてしまう親もいた。男の子を持ちたいという伝統的な考え方が背景にある。こうしたことなどから、今日では、結婚し子どもをもうけられるための女性の絶対数が少ないのだ。
20歳から39歳の年齢層にある女性は約2億200万人いるが、10年後には3900万人以上減り、1億6300万人に減少するとみられる。これは人口統計学者で、中国の人口統制の影響についての著書があるホー・ヤーフーの指摘だ。
「出産奨励策をとらない限り、中国の人口は今後、急速に減っていく」とホーは言う。 中国東北部の遼寧省は出生率が最も低い省の一つだが、同省の担当当局は7月、若いカップルに向けた新たな優遇策を提案した。減税、住宅費や教育費の補助、出産・育児休暇の延長などだ。診療所や保育園などにも予算をつぎ込むとしている。
南東部の江西省の省政府は、女性の人工中絶を規制する厳しい指針を採用した。規制自体は目新しくないが、妊娠14週を過ぎた女性が人工中絶を望む場合、3人以上の医療担当者から同意の署名をもらう必要があることなど、一段と厳格な条件をつけている。
男の子を希望するあまりに、女の子の胎児を流産させてしまうのを禁止するための措置だという。公式な統計上の出生率を上げたいという狙いもあることを、当局者は認めた。 他にも二つの省が、離婚の条件を厳しくした。新たな子孫を残す可能性を消さないためでもある。
こうした女性の身体にまで干渉する政府のおせっかいな施策に対して、人びとの間に以前からあった不満が再燃している。
「女は自分の卵巣さえ自由にできないというのか」。江西省政府が7月に人工中絶の新たな指針を明らかにした後、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」のユーザーが書き込んだ不平である。
1979年に導入された「一人っ子」政策は、人口の伸びを抑え、当時始まったばかりの経済成長を後押しする狙いがあった。共産党は、この計画出産を労働者たちに順守させるための巨大な官僚機構を築き上げ、時には暴力を使うことも辞さなかった。しかし、特に地方農村部では農作業を手伝う男の子がほしいこともあり、激しい抵抗が起きた。
政府は1984年、第1子が女の子だった農村の夫婦には2人目の出産を認めた。また、少数民族に対しても、その他の例外措置をとった。2013年には、人口の高齢化の進行を認識し、夫婦ともに一人っ子の場合、第2子を産めるようにした。その2年後、誰にでも第2子の出産を認めることにし、16年1月1日をもって、この政策が施行された。
2人目の子どもを産みたいと願っていた思いが発散され、その年の出生率は上昇した。ところが翌17年になると、出生率は再び下がってしまった。
ある政府当局の最新調査は、中国の労働力人口は2020年から35年までの間に1億人減少し、35年から50年までにさらに1億人減ると推計している。そして、「経済および社会の発展」に影響がでると警告する。
経済的な要請から、独自の対策を講じる民間企業も登場している。
オンライン旅行会社では「PriceLine(プライスライン)」に次いで世界2位の「Ctrip(シートリップ)」社は、妊娠した女性にはオフィスへの往復にタクシーを使うのを認めたり、子どもが学齢期に達した時にボーナスを出したりするなどの支援手当を支給するとしている。同社は7月、管理職たちの卵子凍結のための費用補助を始めたと発表。中国の企業としては初の試みだという。
Ctrip社の社長ジェーン・スンは、それは同社の社会的な責任からだけでなく、経済的な問題への対応でもあると話している。人口減少は経済の成長を妨げるとみるからだ。
「私たちの前の世代は、子どもを1人しか持てなかったから、一人っ子がふつうだという意識にとらわれている」。彼女は、上海にある同社本部で、インタビュー取材に答えた。
「ことの緊急性を認識すべきだ。上からも、下からも、健全な出生率を回復するために家族を励ます必要がある」
国家衛生健康委員会は、取材に対して文書で回答を寄せ、「二人っ子」政策は機能していると述べた。出産数は2016年が1790万人近かったが、17年は1720万人へと少し減ったとしながらも、子どもが2人いる家庭は13年の36%から現在の51%に増えているとも指摘した。
しかし、同委員会は、カップルが2人目の子を持つことに多くの障害があることも認めた。そうした問題に対処するため、政府は税制や教育の分野で政策を打ち出そうとしているのだという。
人口統計学の専門家たちは、人びとの生殖行動を変化させるのは難しいと警告する。
優遇策やサービスでは、人びとを説得するには十分ではない。
北京で会計士をしているスン・チョンユエ(27)は初めての子がおなかにいるが、すでに第2子を持つつもりはないと言っている。その理由として、職場内差別や教育費の問題、大家族にのしかかる社会的なストレスなどを挙げた。
中国では、祖父母が孫の世話をするのは珍しくない。そのかわり、自分たちには年老いた親たちの面倒をみることが期待されている。だが、一人っ子が多数派を占めるスン・チョンユエの世代の場合、その負担は一身にかかってくる。
「お年寄りは子育てを手伝えるかもしれないけれど、健康を害したら、できなくなる」とスンは言う。
「子育てはストレスが多い」と彼女。「おカネもかかるし、手間もかかる」と言い添えた。(抄訳)
(Steven Lee Myers、Olivia Mitchell Ryan)©2018 The New York Times
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