■小5で始めた「パンダうさぎ」ビジネス
故郷は、長崎の五島列島は福江島。大工の家で、4人きょうだいの末っ子として育てられた松下は、小学5年のとき、自分が事情があって養子になったと知る。
「ボクは、お金で家に迷惑をかけたくない」。そう決意した小5の少年が目を付けたのは、うさぎだった。
島にいるのは白いうさぎばかりだから、白と黒の「パンダうさぎ」を売ろう。新聞配達などでためた金を握りしめて船で長崎市にわたり、パンダうさぎを2羽、6千円で仕入れた。
繁殖させ、1羽3千円で売ると大繁盛。だが、商売をまねされ、パンダうさぎの価値は暴落し、鶏への商売変更に追い込まれる。この苦い経験が、いま、ブランド価値を守る闘いに力を入れている「原点」だ。
「日本で一番大きな会社で修業したい」と、高校を卒業してトヨタグループのデンソーへ。船で島を出るとき、両親や友達が港で見送ってくれた。船から投げたテープが切れる。松下は誓った。「ぜったい島に、そして、松下家に恩返しをする」
働いてためた資金を元手に、23歳で中古車販売の会社を起こす。美容と健康に商機ありとみるや、天然水の宅配事業を始め、さらに足を温める器具を開発。紀州産の檜(ひのき)を使い、中に入ったヒーターで家庭で気軽に岩盤浴が楽しめると売り出す。1台18万円。けっして安くはないが、電器店などが販売に協力し1万台を超えるヒット、経営の柱に成長した。
ところが、2007年末、足温器で不具合の相談が続出。約2カ月後、松下は改良した新品との交換を決断する。電話への対応、購入先への訪問と謝罪……。当時、100人ほどいた社員たちはヘトヘト。それでも、ほとんど辞めなかった。
当時、行動をともにした川嶋光貴(47)は言う。「社長は『お客様のため』という正義を貫きましたが、日頃から『社員は家族、仲間』とも言っていたので、自分の決断に苦しんでいました」
■「マドンナに決めている」
逆境をはね返したのは新商品だった。09年、顔を引き締める美容ローラー「ReFa」を発売すると、世界的なヒットに。これが米グラミー賞の関係者の目にとまる。松下は、10年の授賞式でセレブたちにReFaを配るチャンスを得た。
世界屈指の音楽の祭典は、前年に死去したマイケル・ジャクソン追悼の意味合いが強かった。いっしょに製品を配った現MTG常務の中島敬三(48)は、その夜、音楽に詳しくない松下がビバリーヒルズの丘でつぶやいた言葉を、今も覚えている。
「マイケルが死に、知っているアーティストはマドンナだけになった。いつか彼女と仕事をしたいなあ」
しばらくして、ある化粧品の試作品ができあがった。広告会社が、世界に向けたPRキャラクターの候補リストを出してきた。松下は見向きもしなかった。「私はマドンナに決めている」
無理、無理、ぜったい無理、の大合唱。世界の名だたる企業がダメなのに、名古屋の無名会社なんか、ぜーったい無理。業界通らは口をそろえたが、松下はあきらめなかった。
松下は中島とともにマドンナに関する文献を集め、読みこんだ。彼女は子どもの食事にこだわり、日本人女性シェフを住み込ませていると書いてあった。
「食事に専属シェフがいるなら、顔を触れる専属エステティシャンがいるはずだ」。つてをたどり、専属の担当者の存在を知る。11年夏、渋る担当者に名古屋の会社に来てもらい、試作品を顔につけてもらった。担当者の顔色が変わった。「これ、すこし下さる?」
約5カ月後、松下たちはニューヨークに呼ばれた。初めて相対したマドンナに、松下は言われた。
「私は、世界の女性は男性より活躍できると思って活動している。キャラクターだけなら、しない」
こうして共同開発が決まったのが、スキンケアのブランド「MDNA SKIN」だった。
ロナウドのときも同じだった。商品を開発していたとき、松下は、ロナウドに決めていた。ぜったい無理の大合唱をものともせず、ロナウドの縁戚や母をたどり、共同開発にこぎ着けた。
■椿とアントニオ猪木
いくら会社が大きくなろうと、松下は30年前、島を出るときに誓った「二つの恩返し」を忘れなかった。
まず、島への恩返し。福江島にある五島市の商工会は、島おこしを椿(つばき)の酵母に懸け、おいしいパンやワインをつくり始めていた。
約4年前、松下が島にやってきて、商工会会長の立石光徳(72)らにプレゼンをした。応援します、島に恩返しをしたい、と松下。立石は目を疑った。松下は泣いていたのだ。「この人は信じられる、任せようと思いました」
18年11月、MTGは「五島の椿」という会社を島につくった。MTGは上場企業だ。連結子会社であるからには結果を出さないと、株主から批判されかねない。これも松下の本気度の表れだ。
そして、松下家への恩返し。10年前のある日、松下が常務の中島と一緒に、お客との会食で名古屋の飲食店に入る。偶然、プロレスのアントニオ猪木がいた。
松下はいつも、中島に話していた。「父が猪木さんの大ファン。一度でいいから父に会ってもらいたい」。そわそわしていた松下は、30分ほどして席を立ち、猪木のところへ。うまくいくはずがない。だが、猪木だけでなく、不審者だと思って羽交い締めにしたスタッフたちが、松下の身の上話に引き込まれ、涙を流す人もいた。数カ月後、猪木は松下の父のところへ飛んでくれた、ノーギャラで。
中島は言う。「自分のためじゃないから、あきらめないんです。マドンナさんのときは、美しくなりたいすべての女性のため。猪木さんのときは、お父さんのため、でした」
松下、剛(つよし)、グループ。頭文字を取ってMTG。安易に付けたような社名だが、「グループ」には、できるだけ多くの人と仲間になりたいという気持ちが込められている。幼なじみの言を借りると、「松下は寂しがり屋さん」。
松下自身は、こう力をこめる。「私は社員、お客様、株主様、そして世の中を光らせたい」 貴兄のあきらめない心があれば、きっと。中小企業の応援団長として、私も楽しみにしています。(文中敬称略)
■Profile
- 1970 長崎県の五島列島、福江島に生まれる
- 1989 高校卒業、愛知県のデンソーに入社
- 1994 中古車販売の会社を起こす。「よか車ば探しますばい!」と九州弁丸出し戦略で成功する
- 1996 「エムティージーブレイズ」(現MTG)を設立
- 2008 開発した足温器の不具合報告が相次ぎ、リコールで新品交換
- 2009 美容ローラー「ReFa」を発売。現在までの累計出荷数は1千万個を超えている
- 2010 米グラミー賞のギフトラウンジでReFaを配る
- 2014 マドンナとの共同開発ブランド「MDNA SKIN」開始
- 2015 クリスティアーノ・ロナウドとの共同開発ブランド「SIXPAD」開始
- 2018 東証マザーズに上場。グループ会社の「五島の椿」設立
■Self-rating sheet 自己評価シート
松下剛さんは、自分のどんな「力」に自信があるのか。編集部があらかじめ準備した8種類の「力」に、5点満点で点数をつけてほしいとお願いしたところ、「集中力」など5項目で5がついた。
創業経営者として会社を成長させていくには、「集中力」「決断力」「行動力」が非常に大切だ。また、MTGの商品の強みは世の中にない独自性なので「独創性・ひらめき」も5。分刻みのスケジュールをこなすには、そこそこの「体力」も必要だ。ただ、これまでの成功は、自分の能力や考え方だけでは説明できない部分がある。飛躍するには運も重要。だから、「運の力も5です」。
■MEMO
パンダうさぎ…自宅の庭で、いまも飼っている。えさとなる新鮮な草を見分ける力は健在で、休みの日に連れ出すとき、ついつい、えさを追い求めてしまうので、歩きすぎて疲れてしまうことも。MTGでは、3カ月に一度、社員表彰で「社長賞」が渡される。景品は、ガラスケースに入ったパンダうさぎの置物。四つためると海外旅行、五つためると五島列島旅行が贈られる。
コピー品対策…本社は名古屋市中村区。2018年9月期の売上高は約604億円。従業員約1500人。新製品を出すと、半年もすればコピー品が出てくる。ネットの監視、中国当局のコピー工場摘発につきあうことなどに、年数億円のコストをかける。18年には、日本の税関での輸入差し止めが199件、1万4315点。WEBパトロールによるサイト削除が1万3958件もあった。
文・中島隆 Nakajima Takashi
1963年生まれ。経済部などを経て、編集委員。中小企業の応援団長を勝手に名乗るが、美に目覚めることはなさそうだ。
写真・北村玲奈 Kitamura Reina
1987年生まれ。米系銀行員を経て、2014年から映像報道部員。平昌五輪・パラリンピックなどを取材。