グローバルな旅行業界で最も急速に成長している分野に配慮し、ホテルのディナーのメニューにはポーク料理がない。機内ドリンクのカートにアルコールがない飛行機や、男女別々のスイミングプールを備えたリゾート、1日5回の礼拝タイムが組み込まれた旅行プランも登場している。
イスラム教徒の旅行者は2016年以降、30%近くも増えた。大手クレジットカード会社「Mastercard(マスターカード)」と、イスラム教徒の宗教上の慣習に配慮する旅行を対象にした調査グループ「Crescent Rating(クレセントレーティング)」との共同研究は、イスラム教徒の旅行者によるグローバル経済への寄与が今後10年間で1800億ドルから3千億ドルへと膨らむと見積もっている。
グローバルツーリズムの舞台で、最も速い勢いで増大しているのがイスラム教徒の旅行者だ。彼らは人口構成比からみて不釣り合いなほど若く、高学歴で、将来的にも豊かさが見込まれる。
以前は事情が違った。
ソウマヤ・ハムディは2015年、夫と生後4カ月の子どもと一緒にアジアの長旅に出た。3人はシンガポールやマレーシアを訪れた後、韓国、日本へと飛んだ。ワクワクする旅行だったが、敬虔(けいけん)なイスラム教徒でもある夫妻はハラール(halal=イスラム法で許されたという意味)の証明がある食べものを探すのに毎日苦労した。
そこで、ロンドンに拠点を置くハムディは、自分が見つけたイスラム教徒向けの最高のレストランや礼拝の施設、特に乳幼児連れの家族を歓迎してくれる場所についてブログに書くことを始めた。それがイスラム教徒の旅行者たちにお勧めの場所や旅程を掲載するウェブサイト「Halal Travel Guide(ハラールトラベルガイド)」へと結実した。
いいタイミングだった。
「ヨーロッパのイスラム教徒社会は今や第3、第4の世代に入っている。彼らは高等教育を受け、実入りのいい仕事に就いている」とウフク・セクジンは言う。彼はイスラム教徒向けの休暇の検索エンジン「Halal Booking」の最高マーケティング責任者の任にある。「第1世代にとって、休暇といえば、故郷の家族のもとを訪れることだった。今は、それが変わった」
シンガポールで18年10月に開かれた主要な旅行見本市「ITB Asia」では、主催団体がハラール旅行に影響力のあるクレセントレーティングとハラールトリップという2組織との共同でイスラム教徒の旅行に焦点を当てたパネル討論会や展示会を催した。イスラム教徒は現在から20年までの間に計1億5600万人が旅行の予約をすると見込まれている。
食べることが討論の中心を占めた。イスラム教徒の旅行者にとって、「一番の関心事は質のいいハラールの食べものにある」。ハムディは、そう電子メールに書いてきた。「カレーだとかビリヤニ(訳注=パキスタン料理の一種)のことを言っているわけではない。本物の現地の食べもので、なおかつハラールでもある食べもののことだ。その次は、だいたいが礼拝の施設だ」
実際、ハラール食品のグローバルな需要は非常に膨れ上がっている。シンガポールに拠点を置くイスラム教徒旅行者向けのウェブサイト「Have Halal Will Travel(ハブ・ハラールウィルトラベル)」もまたITB Asiaと提携して3時間にわたる会議を開催したり、イスラム教徒の旅行での美食に焦点を当てた特別ブースを設けたりした。
ハラールトラベルガイドと同様、ハブ・ハラールウィルトラベルは2015年に開設された。サイトの開設者ミカエル・ゴーによると、それらのコンテンツのユーザー数は今では毎月910万人に達している。ゴーはソウルに留学していたとき、3人の友だちとこのサイトの開設を思い付いた。質の高いハラール食品についての情報が欠けていることに日々不満を抱いていたからだ。
「なぜ、それが2015年だったのかというと、そのころ、YelpやTripAdvisorなど多くの人気アプリやサービスが、どこで食べ、どこへ旅行に行けばいいかを教えてくれているのに、イスラム教徒向けの情報がこんなに少ないのはどうしてか、といったことを考えていたからだ」とゴー。「食べものだけじゃない。もちろん、ハラール食品は多くのことの基本だけれど、安全だとか礼拝といったことも大切だ。つまり全体的に情報が不足していたし、情報があっても断片的だった」。そうゴーは言うのだ。
それからわずか数年後、今や情報の隙間を埋めるサイトがたくさん生まれている。その多くはイスラム教徒の若い女性に狙いを絞って書かれている。
ロサンゼルスが拠点のブロガー、サリー・エルバシールは「Passport and Plates」というサイトで、ポークやアルコールが常時メニューにないグローバルな食の探検録を書いている。エスラ・アルハマルはサイト「Arabian Wanderess」で、格安旅行をするミレニアル世代の女性イスラム教徒の立場から旅について書いている。ブルガリア生まれで、英国を拠点にするエレナ・ニコローワの人気サイト「Muslim Travel Girl」では、プライベートビーチがあるイスラム教徒に優しいハネムーンリゾートや自力でウムラ(メッカ巡礼)について情報を得ることができる。
この記事を書くためにインタビューしたブロガーの多くは、同じ思いを明かしてくれた。彼ら、彼女らが目指しているのは、イスラム教徒の旅行者が、適切な食品や礼拝場所、アルコールを避けた活動などを見つけやすくすることだけではない。快適な領域から外へ一歩踏み出して世界を探索することで勇気づけられたと感じられるようサポートする目的もある。
「私たちは、イスラム教徒ではない人たちが多数派を占める場所にも行くよう、背中を押すことに力を入れている」とゴーは言う。「私たちが取り組んでいる場所で人気があるのは日本と韓国だ。サイトの読者は25歳から30歳と若く、K-POPやインスタグラムの影響をとても強く受けており、そういう場所がどんなに友好的かという情報をたくさん書き込んでいる」
ハラールトラベルガイドのハムディも同じ意見だ。「ドバイやモロッコといったイスラム教徒が過ごしやすい従来の旅行先とは違うところに行って、文化的に魅了される旅をしてほしいと願っている」と彼女は言う。「イスラム教徒は、女性が男性にじゃまされずに水浴びができるプライベートビーチから離れ、新しい価値を旅行に求めている。また、それ以上に、これまでとはまったく違った経験をするチャンスがある旅を求めている」と言い添えた。(抄訳)
(Debra Kamin)©2019 The New York Times
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