しんしんと冷える冬の日に、温かい日だまりに座って詩集を広げる至福の時。体も心もほかほかしてきて、幸せが満ちてくる。そんな喜びを、周りの人にも贈りたい。迷わず詩集『花を見るようにおまえを見る』を取り上げることを決めた。
詩人ナ・テジュは1971年に登壇して以来、これまで35冊の詩集を出し、散文集や童話も多い。長く、小学校で教鞭を執った人だ。
詩は、声に出して読んでこそ味わいがある。詩を愛する人の多い韓国では、朗読会がよく開かれる。集まりで挨拶する時、好きな詩を暗唱する人もいる。そんなふうに日常の中で、詩は身近に存在している。
平易な言葉で綴られたナ・テジュの詩はとくに、声に出して読んでみたくなる。難解でも孤高でもなく、声高な主張もない。いつの時代にも愛されてきた理由だ。
ブログやツイッターなどでよく取り上げられた作品を選んで編まれたこの詩集には、115編を収録。「詩人の代表作は読者が決めるもの」とナ・テジュは言う。
4年前に出刊された詩集が、今ベストセラーになっているのにはわけがある。人気ドラマで、男性が年上の女性にこの詩集をプレゼントして、詩を読む場面があったからだ。「愛しさ」という詩だ。「行くなと言われても行きたい道がある/会うなと言われても会いたい人がいる/やるなと言われてもやりたいことがある/それが人生であり愛しさだ/それはおまえだ」
一昨年にも、別のドラマでナ・テジュの詩が取り上げられた。俳優は詩人のファンで、後に詩とコラボした写真集を出した。イケメン俳優が読んだ詩がステキだと詩集を手に取った若い世代は、「詩人がこんな年寄りで驚く」のだと、73歳のナ・テジュは語る。
詩人は当然、年をとる。しかし詩は、読み手の感性でいくらでも若返る。時を経て、さらに鮮やかによみがえる花。永遠に色あせない花。だれかを愛おしむ人の心だって、いつの時代も変わらないではないか。
「子どもに聞いた/私が死んだら/ここに来て泣いてくれるかい/答えの代わりに子どもは/涙を浮かべた二つの目を私に向けた」(「花影」)
詩に寄り添うように描かれた花の挿絵にも、見入ってしまう。小さきものの美しさとはかなさ。詩を読む人は幸い哉。
■疲れた韓国社会に「あきらめも大事」のメッセージ
疲れた現代人に癒やしのメッセージを送り続ける、へミン和尚の新刊。3作目となるエッセー集『静かなほど明るくなるもの』が1位だ。
豊かな情報を享受して、常に誰かとつながっている現代人。それなのに孤独を感じるのはなぜか。幸せと思えないのはなぜか。
すべての煩悩や騒音が去った後の静けさの中に、光り輝くような覚醒があるという「寂寂惺惺」の知恵を説く。
読むうちに、今の韓国社会の生きづらさが浮かび上がってくる。
国内経済の冷え込みは厳しくなるばかり。若者の間に蔓延する絶望感は深刻だ。大学を出てから何年も、公務員試験にチャレンジ中という子を持つ親のため息を、私もよく耳にする。
他人の目を意識しすぎる自意識過剰な人々が、自尊心をズタズタにされてゆく現実がある。
「ダメなことにいつまでもしがみつかないで、諦めを知ることも知恵だ。諦めは終わりではなく、そこから新たな道が開ける」
貧しい暮らしとコンプレックスに苛まれた少年時代。悔しさと嫉妬をバネに突き進んだのは、自らの虚栄心のせいだったと自省するへミン和尚。出家して墨染の僧服をまとった姿しか知らない読者は、和尚のつらかった過去を知る。
米名門大学に進学して宗教学を学び、やがてハンプシャー大学で教授として7年を過ごした後、韓国に戻って「心の治癒学校」を運営する現在。世の羨望を集める地位を捨て、なぜ祖国に戻ったのか。俗世とかけ離れた学僧ではなく、様々な葛藤の中で人として生きる姿が見えてくる。
心の平安を得るには、携帯電話の電源を切り、一人で自分と向き合う時間を作ること。ふと思い出すささやかな幸せの記憶が、疲れた心に温かい灯となる。「常に幸せでいることはできないが、私たちは幸せだった記憶の力で生きていくことができる」。
自然のうつろいを眺め、澄んだ空に浮かぶ月や星の輝きを愛でる。その気さえあれば、幸せは無料で手に入るのだ。努力だけではどうにもならない社会の中で、今、心の在りようが切実に問われている。
■「勉強とは、心を見失わないこと」古典に学ぶ
『茶山の最後の勉強』の副題は、「心を守り続けるということ」。
茶山(タサン)は朝鮮時代後期の実学者、丁若鏞(チョン・ヤギョン、1762~1836)の号。文官として登用され王の寵愛を受けたが、キリスト教迫害に連座して18年間流刑となった。不遇の中で古典の研究に勤しみ、500冊余りの書を著し、後世に評価を得た。
本書のあちこちに、過去と現在を結ぶ通路のようなモノトーンの写真が挟まっている。人気(ひとけ)のないプラットホームや電車の車庫、雲海に浮かぶ山の頂、海辺や林の風景など、思わず見入ってしまう深みのある写真だ。そこに、指針となるような一言が添えられている。「勉強とは、心を見失わないこと。人間らしく生きるために問い、学ぶ道を行け」のような。
2000年以上前の孔子の時代にも、人間関係の悩みは深かった。人は進歩どころか後退するのか。君子の道を忘れ、己の過ちに目をつぶる現代人の多いことに慨嘆する。
不公平で不条理な社会では、怒りが増長する。こんな時代に、どうすれば心の安定を得られるのか。「私の心が変われば、全てが変わる。全ての始まりは結局、自分自身の心からだ」
心を見失うことなく平静に保つには、修養こそが大切。そしていつの時代に生きようとも、心の在りようで全てが変わるのだという教えに行きついた。
韓国のベストセラー
2018年12月第5週 図書11番街(総合)
1 고요할수록 밝아지는 것들 静かなほど明るくなるもの
혜민 へミン
心の治癒を目指す僧侶のエッセー。発売と同時に1位におどり出た。
2 트렌드 코리아 2019 トレンドコリア2019
김남도, 정미영 외 キム・ナムド、チョン・ミヨン他
今年はなにがはやるのか。近い未来を徹底分析する人気シリーズ。
3 꽃을 보듯 너를 본다 花を見るようにおまえを見る
나태주 ナ・テジュ
世代を問わず愛され続ける、野の花を歌う詩人。読者が選んだ詩選集。
4 12가지 인생의 법칙 12の人生の法則
조던 B. 피터슨 ジョーダン・ピーターソン
米ハーバード大心理学者による人生への助言。ユ―チューブの動画も人気。
5 추리 천재 엉덩이 탐정7 『おしりたんてい みはらしそうの かいじけん』(ポプラ社)
트롤 トロル
日本で人気のシリーズ絵本。どんな事件もププッと解決する。
6 수미네 반찬 スミ家のおかず
김수미 キム・スミ
ベテラン女優がテレビの料理番組で紹介した、家で食べるおいしいおかず。
7 열혈강호77 熱血江湖77
전극진, 양재현 チョン・ククジン、ヤン・ジェヒョン
今年で雑誌連載26年目。古代中国を舞台にした武侠マンガ。
8 다산의 마지막 공부 茶山の最後の勉強
조윤제 チョ・ユンジェ
流刑で波乱の生を終えた朝鮮時代の実学者が、晩年に研究した古典とは。
9 봉제인형 살인사건 『人形は指をさす』(集英社文庫)
다니엘 콜 ダニエル・コール
32カ国で翻訳されたミステリー。イギリスでテレビドラマ化も決まっている。
10 당신이 옳다 あなたは正しい
정혜신 チョン・へシン
30年余り、精神科医として活動中。病院に頼らない心の治癒法を説いた。