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オスロの夕日とノーベル平和賞

アフリカを旅する
ノーベル平和賞のメダルを授与されるデニ・ムクウェゲさん(右)とナディア・ムラドさん=12月10日、ノルウェーの首都オスロ、中野智明氏撮影
ノーベル平和賞のメダルを授与されるデニ・ムクウェゲさん(右)とナディア・ムラドさん=12月10日、ノルウェーの首都オスロ、中野智明氏撮影

今年のノーベル平和賞の授賞式が10日、ノルウェーの首都オスロの市庁舎で開かれました。アフリカ中部にあるコンゴ民主共和国の婦人科医、デニ・ムクウェゲさん(63)の受賞の様子を取材するため、私もオスロに向かいました。

空港に到着すると、辺り一帯は雪景色。私の拠点とする南アフリカは今が夏にあたるので、オスロとの気温差は約30度。コートはもちろん、帽子や手袋、マフラーをしている人がほとんどでした。

私は日本で履くような革靴しか持ってきてなかったので、ホテルから授賞式会場のオスロ市庁舎まで向かう途中、スケートリンクのように固まった氷に足を取られ、何度も転びそうになりました。

身分証明書と厳重な荷物検査を経て、いよいよ会場の中へ。ノルウェーの政府関係者やコンゴから来た招待客ら千人近い人が出席。各国のメディアは、上の階からその様子を見守りました。

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ノーベル平和賞の授賞式が開かれたオスロ市庁舎の様子。各国の記者は、上の階から様子を見守った=12月10日、ノルウェーの首都オスロ、石原孝撮影

コンゴ東部のブカブの病院で約20年にわたり、5万人以上の性暴力被害者の支援にあたってきたムクウェゲさん。授賞式には、過激派組織「イスラム国」(IS)の性暴力の実態を告発し、平和賞の受賞が決まったヤジディ教徒、ナディア・ムラドさん(25)の後から入場してきました。

ムクウェゲさんは式の最中、緊張からか表情が硬かったムラドさんに何度も声をかけ、気にかけていました。コンゴの病院で患者に接する時のように、柔和な笑みを浮かべて。

授賞式の講演では、時に手を大きく振り上げて、紛争や性暴力が相次ぐ母国の現状を訴えました。「コンゴ民主共和国の人々は20年以上にわたり、国際社会が見ている中で、侮辱され、虐待され、そして虐殺されてきました」

そして、性暴力撲滅に向けて、他の国の人々にも行動して欲しいと訴えました。「非常に発達した通信技術が使える現代において、誰一人として『知らなかった』とは言えません」「行動を起こすことは、無関心に対して『NO』と言うことを意味します」

授賞式の後、ムクウェゲさんらの活動に賛同する市民たちがオスロ中心部を練り歩きました。両親がコンゴ出身という大学生のミレーさん(21)は、ムクウェゲさんと同じ思いを打ち明けてくれました。

「コンゴの悲惨な状況は何年も放置されてきた。ムクウェゲさんの受賞はうれしいけど、私たちはまたすぐに忘れてしまうかもしれない。そうならないように、このパレードに参加したんです」

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ノーベル平和賞の授賞式の後、市民らが参加したパレード。トーチに火をつけて、オスロ中心部を行進した=12月10日、ノルウェーの首都オスロ、石原孝撮影

授賞式の取材を終えて会場を出たのは午後3時過ぎ。空気が澄んだ空に夕日が照っていました。写真を撮ろうと慌ててバッグからカメラを取りだし、歩いて辺りをうろうろしました。

カメラを気兼ねなく肩からかけて、どこでも歩ける--。日本やノルウェーでは当たり前のことでも、アフリカの多くの国は違います。徒歩での移動は危ない場所が多く、一眼レフカメラを持っていれば奪われる恐れもあります。

ムクウェゲさんが住むコンゴ東部も例外ではありません。私が10月と11月に取材した際には、女性や少女たちは身の危険を感じながらも、農作業をしたり、学校に通ったりと、普通の生活をしていました。

近い将来、コンゴの人々が安全で、自由に歩ける日が来るかどうかは、正直分かりません。ただ、少しでも日本の人に関心を持ってもらえるよう、性暴力の実態を取材し続けたいと思います。

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ノーベル平和賞の授賞式の取材を終えた午後3時過ぎ、会場の外に出ると、夕日が空を照らしていた=12月10日、ノルウェーの首都オスロ、石原孝撮