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長期化する紛争、人道支援はどうあるべきか

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世界の紛争が長期化する傾向にある。非武装、中立を掲げて人道支援をしている赤十字国際委員会(ICRC)のドミニク・シュティルハルト事業局長に、人道支援を取り巻く現状について聞いた。

中野:シリアやイラク、南スーダンなど、各地で紛争が長期化しています。人道支援の現場にどんな影響を及ぼしていますか。


シュティルハルト氏:ICRCが展開している最も規模の大きな10のミッションの現場では、平均して36年以上も紛争が続いています。紛争の長期化は、戦闘による負傷などの直接の被害だけでなく、間接的なインパクトを市民にもたらします。例えばイエメンでは、長期間にわたり医療施設が機能しなくなることで、糖尿病の患者が治療を受けられなくなりました。我々は何百㌧ものインシュリンを運び込みました。

中野:紛争の長期化は、新しい現象なのでしょうか。

シュティルハルト氏:それ自体は、新しいものではありません。ただ、近年の特色は、そうした紛争の戦闘の多くが、都市部で行われるという点です。世界各地で、人々の生活の都市化が進んだことが原因の一つでしょう。また、紛争の長期化は貧困国だけでなく、中所得国でも起きるようになりました。(1990年代の)バルカン半島、ウクライナ、シリアなどの紛争は、その例です。都市部では、水道や電気、通信などあらゆるインフラが集約され、教育やビジネス、医療など生活の基盤がそうしたインフラの上に成り立っています。都市部で紛争が発生し、長期化すると、インフラが破壊され、麻痺します。つまり、人々の生活基盤が長期間にわたり、根底から失われることになるのです。

中野:現在、世界中の問題になっている多くの避難民も、そうした紛争の結果の一つですか。

シュティルハルト氏:いかなる紛争も避難民を生み出しますが、「長期化」は間違いなく、その発生を後押しする一因です。特に今日では、携帯電話など通信技術の発達で、故郷に残る家族や、先に逃れた知人と、いつでも連絡を取ることができます。「故郷を離れて避難する」という選択肢を取りやすくなっているのかもしれません。私は2011年から計4回、シリアを訪ねましたが、最初は「シリアを出たくない」「できるだけ早く帰りたい」と言っていた国内避難民たちも、2015年には「(故郷の)全てが破壊されたし、戦闘が続いている。もう戻れない」と話していました。

中野:紛争の交戦主体も、多様化しています。

シュティルハルト氏:多くの紛争は、「政府vs反政府勢力」という単純な構図では語れません。ローカルな火種が地域的・国際的な対立の文脈に組み込まれたり、過激派に利用されたりして拡大する例も多く、交戦主体が増加します。紛争で生じた政治と力の空白を狙って、国境を越えて流入してくるイスラム過激派「サラフィー・ジハーディー(戦闘的サラフィー派)」主義者たちも、その一例です。さらに、紛争が続くと(戦争から利益を得るアクターである)武器商人や麻薬の密輸業者なども絡み合ってきます。アクターが多いほど、和平合意の形成も、その維持も難しくなります。

中野:そうした状況に対し、ICRCの人道支援に変化はありますか。

シュティルハルト氏:我々の活動も長期化し、内容は広がっています。安全の問題から、紛争が継続している現場に、開発支援の組織はなかなか入ることができません。その分、ICRCのミッションの幅が拡大することになります。緊急的な市民の保護だけでなく、中長期的な生活の支援が必要になっているのです。私がICRCに入った27年前は、食料配布などの緊急支援活動が主でした。

しかし最近は、避難先や生活インフラが機能不全に陥った場所で、市民の自立した生活を手助けする活動も必要になっています。例えば、「援助依存」になるのを防ぐため、ビジネスの立ち上げを手助けすることがミッションになることもあります。もちろん、ビジネス自体ができないような状況もありますが。また、携帯電話の充電の支援も、最優先課題の一つになりました。


中野:支援スタッフの安全の確保も、困難になってきているようですね。

シュティルハルト氏:その通りです。ICRCのポリシーは、非武装・中立。安全確保のためには、地元からの信頼を得ることが必須です。近年のように紛争のアクターが増えると、その分時間もかかります。2015年、シリアのダマスカスからアレッポへ移動した際、約60のチェックポイントを通過しなければなりませんでしたが、全て違うグループがコントロールしていました。セキュリティを確保するためには、こうしたグループ全てから受け入れられることが必要なのです。そのため、ICRCでは近年、信頼構築のためにより多くの時間とエネルギーを割いています。

中野:過激派組織「イスラム国」(IS)のように、援助関係者すらも攻撃対象にするグループもいます。

シュティルハルト氏:彼らがコントロールするエリアには、立ち入ることはできません。そこに住む市民たちに支援を届けられないのは、人道支援の観点からすると確かに問題です。しかし残念ながら、我々の限界でもあります。

中野:民間軍事会社など、武装した護衛をつける援助組織も出てきています。

シュティルハルト氏:それも一つの方法かもしれません。しかし、我々は非武装・中立こそが、人道支援においてはベストの方法だと考えています。武装すれば、一時的には支援を「もっと奥に」届けられるかもしれませんが、武装した瞬間、ICRCが紛争主体の一つになりかねません。「中立」と見なされなくなると、今度は攻撃のターゲットになってしまいます。それは、より大きな危険を招きます。


中野:人道援助について、日本に期待することはどのようなことですか。

シュティルハルト氏:援助の現場で大切なのは、人材の多様性です。ICRCは様々な国・地域で活動をしています。「ヨーロッパ人ではなく、日本人」という点がメリットになることもあります。日本はすでに、財政や外交、人的な面でも多大な貢献をしていますが、そういった意味でも、より多くの日本人に我々の活動に参加してほしいと考えています。

中野:米国や欧州各地で、「自国中心」を支持する動きが広がっています。他国への人道支援に対する支持を、保つことができるでしょうか。

シュティルハルト氏:紛争地への関心が低下する懸念はあります。しかし今日、世界はとても強くつながっています。「不安定」の種が紛争をしている他国にあるとしたら、その脆弱性や問題を削減する必要があるのです。自分の国の国境だけを守れば解決する話ではありません。そして、例えばシリアなど紛争地の状況を知れば、人の心は動くと信じています。