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■「家族」の紹介
ブログから取材を申し込むとすぐに返事が来ました。「たくさん取材を受けてきたけど、日本のメディアからは初めて。もちろん歓迎するよ」と、うれしい内容です。
9月16日、成田からの直行便でデトロイト空港に飛び、ライドシェアの車を利用して北上すること40分ほど。2階建てのアパートの一室で、デイブキャットさん(45)は、所有する4体のドールを居間に並べて、待っていてくれました。
まずは、「奥さん」のシドレ。愛称はShi-chan(シーちゃん)です。友人に紹介されたアビス社のウェブサイトで出会って一目ぼれ、1年半かけて6000ドル(約70万円)をため2000年に一緒になりました。「お金をためるのに、時給の良い仕事を探して転職したんだ」。18年一緒に暮らす間に、「日本人の父と英国人の母の間に生まれ、10歳まで浅草で過ごした後はマンチェスター近郊で育った」という詳細な物語を紡ぎあげました。
あとの3体はいずれも2012年以降に「家族」に加わりました。向かって右隣に座るエレナは「愛人」でロシア製。後ろに控えるミス・ウィンターとダイアンは中国製です。デイブキャットさんはいくつもテレビ番組に出演するなど、ドール愛好家の世界では知られた存在で、その発信力を見込んだメーカーが格安で提供してくれたのだそうです。
■31歳で彼女と破局、そして将来の夢
デイブキャットさんはけっして人間の女性が嫌いではありません。31歳のときには、真剣に女性と交際し、4カ月間一緒に暮らしたこともあります。
「彼女はシドレのことを『人工の妹』と呼んで受け入れてくれたのはよかったんだ。でも、麻薬中毒のうえ、病的な噓つきだったことがわかった。それで関係を解消したんだ」
普通に会社勤めをし、土曜日の夜はほぼ毎週、気のおけない友人と映画を見たり、コンサートに行ったりもします。
「でも、結婚すると常に相手に気を使わないといけないでしょ。ドールのいいところは、こっちが一人になりたいときは、一人の時間を過ごせるってことだね」
いま、デイブキャットさんの夢は、「結婚20周年」である2020年までにお金をためて、アビス社が開発したAIの頭脳をシドレに載せることです。「AIとこれまで蓄積した物語とのギャップが生じるのは、ある程度仕方がない。でも、彼女が周りを見渡し、口を動かすのをしゃべり出すのを想像すると、もうたまらないね」
■レンタルビデオで学んだ日本
デイブキャットさんがドールへの関心を持ち始めた記憶は、小学校低学年までさかのぼります。フランス語の先生が板書するのを眺めながら、「彼女がロボットだったら、どうやって動いてるんだろう」と夢想していました。ティーンエージャーになってからは、マネキンに引かれ、中古品を購入。家に持ち込んだときは、父親には嫌な顔をされたそうです。
これと前後して、日本への関心を高めていきます。アニメが入り口というのは定番ですが、すごいのは、そののめり込み方です。
デトロイト周辺に暮らす日本企業の駐在員とその家族向けのレンタルビデオ店をめぐり、「聖闘士星矢(セイントセイヤ)」「ドラゴンボール」といった作品にはまりました。「英語の字幕や吹き替えもないけど、とにかく見た。衛星放送の番組をそのまま録画してあるんで、コマーシャルもそのまま残ってるわけ。ポッキーとか靴とか」。小学館発行の月間ヒーロー雑誌「てれびくん」も買っていたそうです。
リビングにある棚には、ウルトラセブンやガンダム、ワンピースのフィギュアがびっしりと並んでいます。日本映画のDVDや書籍もたくさん。はっきりいって、日本のサブカルについての知識は、私などが太刀打ちできるものではありません。
■ドールと神道の関係
デイブキャットさんの日本文化の研究は、ドールと自分の関係をめぐる洞察につながっていきます。
「8−9年前にようやく、神道のアニミズム的な側面を学ぶにいたったんだ。すべてのものに神が宿っているということは、ドールやロボットにも魂があるということだ。僕が、ドールたちに敬意を払い、人間と同じように扱うことも正当化されるよね」
一方、西欧の小説や映画に登場するロボットたちは、たいていは災厄をもたらすものとして描かれているというのが、彼の観察です。
なぜなのでしょうか。
そこで、ロボットと人との関係が専門のカリフォルニア州立工科大研究員、ジュリー・カーペンターさん(48)をサンフランシスコで取材しました。
デイブキャットさんとも連絡を取り合っているカーペンターさんは、こんな話をしてくれました。
「鉄腕アトムに見られるように、日本では、テクノロジーがポジティブに描かれていますよね。これに対して、西欧ではテクノロジーが人間と対立するものとして受け止められてきた。その根源は、ユダヤ・キリスト教文明にあると考えています」
「そこでは、生命や心のあるものを創造するというのは神の仕業であり、人間がしてはいけないという教えがある。ですので、彫像や人形に生命が拭き込まれる物語は、たいてい不幸な結末を迎えています」
なるほど、文化や宗教の違いは、ロボットの受容にも影響を及ぼしてきたということなんですね。
「ただし、今の時代、ロボットは物語ではなく現実となっています。配達用のドローン、自動的に敵を見つけて攻撃する兵器ロボット、セックス・ロボットなどが実用化され、付き合い方を真剣に考えなければいけない」
そのステージを通り過ぎた後、どうなるのか。
「ロボットを見慣れるうちに、その存在を受け入れる度合いが高まる。ロボットとヒトとの関係が深化するにつれて、デイブキャットのような人も変人扱いされない時代が来るでしょう」
■Youはいつごろニッポンへ?
さて、30年近く日本文化を愛し続けてきたデイブキャットさんですが、日本に来たことは一度もありません。遊びに来ませんか、と誘ってみました。
「まず、2週間くらい旅行したいかな。でも、一度行ったら、もうアメリカに帰りたくなくなると思うんだ。そうしたら、モスバーガーで働くよ」