革命の混乱で会社が解散
ゲーム会社「Instinct Games」CEOのムスタファ・ハーフェズさん(34)は11年1月28日、カイロ中心部のタハリール広場で、群衆の中でともに「変化」を求めて声を上げていた。大学卒業後、政府のプロジェクトを受注し、美術館で使われる子ども向けの教育的なゲームを友人とともに開発していたが、給料の支払いなどの状況が悪化していた。その2週間後、長年独裁政権を築いてきたムバラク大統領は退陣。「アラブの春」の混乱でプロジェクトもストップし、会社は解散に追い込まれた。
「本当にムバラクがやめるとは思っていなかったけれど、すごいエネルギーが満ちていて、何かが起こると感じていた」。革命の大きな力になったのは、ハーフェズさんのような若者たち。子どもの頃からインターネットを操り、エジプトの外の世界を知り、エジプトの現状を変えなければと思っていた世代だ。
ハーフェズさんは革命後、子どものころからの夢だったテレビゲームをつくるためにInstinct Gamesを友人と立ち上げる。携帯のゲームを作る会社は国内にあったが、テレビゲームをつくる会社は国内にはまったくなかった。資金もない、専門性を持った人材も足りない。だが、そんな苦境を救ってくれたのは、ゲームを通して知り合った米国の友達の存在だった。
12歳の頃からインターネットでゲームに親しんできた。米国にゲーム友達ができると、本やネット情報をもとにゲームエンジンを作って、一緒に遊んできた。そのころからの友人が、米ワシントン州に拠点を置くテレビゲーム開発会社Studio Wildcardの創設者の一人だった。同社が資金も提供してくれたうえ、共同開発に乗り出した。
「ジュラシック・パーク」からインスピレーション
最初は宇宙を舞台にしたゲームをつくっていたが、ちょうどその頃、映画「ジュラシック・パーク」が中東でもリリースされることに。「映画を見た人たちが、恐竜のゲームを面白いと思うかもしれない」。そう思って、舞台を「恐竜が住む島」に変えた。15年にsteam版がリリースされると、コンセプトの面白さから爆発的な人気に。17年8月にはPS4版などをリリース。ソフトは日本では定価約7000円。安くはない。欧米とアジアで多く売れた。
最初6人だった社員は倍増。今は、別のゲーム制作に取り組んでいる。一方で、会社で技術を身につけたあとで、米マイクロソフトやディズニーに移っていく社員もいる。すでに7人が会社をやめ欧米に行った。「エジプトは経済的、社会的に安定していなかったので、二度と戻らないつもりでエジプトを後にする人もいた」とハーフェズさんは声を落とす。それでも、ハーフェズさんには夢がある。「この会社をもっと大きくして、エジプトに今はないゲーム制作のエコサイクルを作りたい」。ゲーム制作を担う会社が互いに連携することで、大きな収益をあげて人材も育成する。そんな「輪」が今のエジプトにはないからだ。
実は、全世界で1500万点売れたARKも、国内では話題にならず、わずかしか売れていない。エジプト発のゲームをもっと生み出し、国内のゲーム産業を発展させたい――。その言葉に、状況が苦しくても国内にとどまり、革命で望んだ「変化」を、今度こそ自分たちの手で勝ち取ろうとするハーフェズさんの決意を感じた。