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トランスジェンダー初のミス・ユニバースを目指して

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
2018年7月10日、マドリードでの報道各社とのインタビューを前に、メイクアップを終えたアンヘラ・ポンセ=Samuel Aranda/©2018 The New York Times。18年6月、ミス・ユニバースのスペイン大会で優勝し、トランスジェンダーの女性として初めて年末の世界大会に出場する

自分が女の子だと初めて自覚したのはいつかと尋ねると、問い返された。「あなたが男の子だと気づいたのはいつ」

アンヘラ・ポンセ(27)。2018年6月、「ミス・ユニバース」のスペイン代表を決める国内大会で優勝し、初のトランスジェンダーの女性として今年の世界大会に出場することが決まった。伝統的な女性美に挑むだけではない。ファッション界に存在する壁を乗り越えることも目指している。

その女性論は、「膣(ちつ)があれば、女性になるというものではない」と大胆だ。そして、「どんなに多くの人が私を女性として見なさないとしても、私は間違いなく女性の一人だ」と言い切る。

報道各社とのインタビューに向けて、メイクアップをしてもらうアンヘラ・ポンセ=2018年7月10日、マドリード、Samuel Aranda/©2018 The New York Times

スペイン南部の町ピラスで育った。父親は、バーを経営していた(現在は兄が継いでいる)。保守的な風土で、「自分と同じような存在は見当たらなかった」とポンセは振り返る。

社会から切り離され、学校は特別支援学校に通った。崩壊家庭やロマ族(訳注=かつてはジプシーと呼ばれていた)の子と机を並べた。

特殊視され、よくバカにされた。しかし、両親は懸命に守ってくれた。小さなころはお気に入りの人形で遊ばせてくれたので、兄と同じようにサッカーをせずにすんだ。

「問題は、家から出ると始まった。学校で、通りで。でも、親はいつも味方だった」とポンセは話す。「そんな中で、自分は生まれながらにして、みんなの話題の対象となるべき存在だと感じるようになり、みんなにも自分を話題にする権利があると思うようになった」

3年前、出身地の地方で開かれた美人コンテストで優勝。モデルとして一歩を踏み出すため、首都マドリードに移った。同時に、「ダニエラ財団」に協力するようになった。トランスジェンダーの娘を受け付けなかった学校の経営陣と闘った母親が設立した財団だ。

ポンセは、この財団のボランティアになった。学校でトランスジェンダーをめぐる問題について話すとともに、こうした子を持つ親や本人の相談に乗っている。中には、真夜中に電話をかけてきて、「これ以上は耐えられない。自殺する」と訴えてきた子もいた。

ポンセ自身は、16歳でホルモン療法を受けることにした。最終的には「私にとって重荷でしかなかったもの」を取り除く手術に踏み切った。ただし、今の相談相手の10代の子たちには、「性転換手術はあくまで個人の選択の問題で、女性になるためにどうしても必要なこととは違う」と必ず伝えるようにしている。

「ペニスのある女性もいれば、膣のある男性もいる。だって、女性であることの核心は、女性として生き、女性として感じることなのだから」

報道各社とのインタビューの合間に休憩するアンヘラ・ポンセ(左)=2018年7月10日、マドリード、Samuel Aranda/©2018 The New York Times。右は妹のアマンダ(19)。「姉をとても誇りに思う」と慕う

今回のスペイン大会の優勝で、ファンができた。一方で、多くの非難も受けた。ほとんどは、女性からだったと明かす。

「これほど多くの女性や自分と同じ境遇の人から責められるとは思わなかった。自分のことを認めてもらおうと表に出た女を袋だたきにする感じを受けた」とポンセ。「私が女性として国を代表し、コンテストに臨むことには耐えられないと思う女性がいく人もいることに、不気味さすら覚える」

その上で、「この問題で前に進むには、他の女性がしていることの是非をあれこれ論じるのをやめるだけでよい」と続けた。

意外かもしれないが、スペインではカトリックが支配的であるにもかかわらず、ジェンダーに関しては先進的なことが決まっている。

18年6月、新たに首相になったペドロ・サンチェス(中道左派の社会労働党)は、11人の女性を閣僚に任命した。全ポストは17で、西側諸国の中では最も高い女性閣僚の比率となった。
04年には、やはり社会労働党政権下で同性婚を認め、いち早く合法化した国の一つとなった。「他の国と比べれば、スペインに生まれてよかったと思う」とポンセもうなずく。

事実、ソーシャルメディアで自分を批判しているのは、外国の女性が多いとポンセは指摘する。18年12月に開催されるミス・ユニバースの世界大会に自分が出れば、美容整形をしているので、他国の代表に比べて不当に有利になると思っている人たちだ。性転換以外では、ホルモン治療に続いて豊胸手術を受けたのが、唯一の外科的な措置だったとポンセは語る。

「みんなが同じ条件で競うのとは違ってくるという声には、『その通り』と言うことにしている。ただし、自然の恩恵にあずからなかった私は、人に倍する努力をしてここまできた。しかも、顔はそのままだし、ウエストもそのままだ」と不当に有利であることを否定する。「生まれながらの女性の多くも、美容整形を受けている。鼻やほお骨を手術してすっきりするのと、性転換や豊胸の手術を受けるのとどう違うの」

ポンセが嘆くのは、表と裏を使い分けるいくつかの大手衣料ブランドの存在だ。トランスジェンダーだと分かったとたんに、モデルとして採用するのを拒否されたことがあるからだ。「製品を買って、着てもらうのには熱心でも、ファッションショーのステージを歩かせようとはしない――世界のトレンドを先取りしているはずのファッション界にそんな体質が残っているのは、不思議な気がする」と首を振る。

ミス・ユニバースのコンテストは、ほぼ20年にわたって現在の米大統領ドナルド・トランプの事業だった(訳注=02年からは米3大テレビネットワークのNBCとの合弁事業)。しかし、15年にはNBCが放送契約を解約し、事業の所有権はトランプの手から娯楽関連大手のWME―IMGに移った。米大統領選を目指すトランプが、メキシコからくる移民を「強姦者、殺人犯」呼ばわりしたことに非難の声がわき起こった中でのできごとだった。

そのトランプ時代の12年に、ミス・ユニバースの重要な規約改正があり、トランスジェンダーでも参加できるようになった。カナダ大会に出場したジェナ・タラコバの失格問題が引き金となった。性転換をしたことが分かり、失格となったが、これに強く抗議したことが規約改正につながった。

スペイン大会の会長ギジェルモ・エスコバルは、トランスジェンダーのポンセが出て優勝したことで、大会の注目度が大きく上がったことは認める。しかし、「審査員は、あくまで彼女の素晴らしさを評価したに過ぎない」と強調する。「誰もが平等であり、尊敬に値するというメッセージを発信したという点で、彼女が先駆者であることは間違いない。今後は、彼女と同じような出場者がさらに増え、もう見出しにもならない時代がくることを願いたい」
ポンセを取材している間、妹のアマンダ(19)が熱心に聴き入っていた。法学部の学生で、「姉のことをとても誇りに思う」と言った。

「ここにくるまで、大変な努力の連続だった。でも、はるか先まで、姉と女性みんなが行き着くことができると私は信じている」(抄訳)

(Nellie Bowles)©2018 The New York Times

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