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オーストラリア独自の英語集中教育とは

バイリンガルの作り方~移民社会・豪州より~ 更新日: 公開日:
ウラニア・サウサス教諭(右前)の指導で発音の練習をする、メラニー・ヤンさん(右から2人目)ら生徒たち=写真は全て小暮哲夫撮影

「私が指を鳴らすのに合わせて読んで」

”Thin sticks thick bricks”

「thを読むときは、舌をこう使うよ」

シドニー西部にあるエバンス・インテンシブ・イングリッシュ・センター(IEC)。教室の一つで、緑を基調にした制服を着たアジア系の顔立ちの生徒6人が、先生に続いて発音の練習をしていた。

「今度は、母音の違いに気をつけて読んで」

”Betty Botter made a bit of bitter batter”

「発音と英語のリズムを教える授業です。舌の使い方も教えます。英語が母語でない人たちは、ネイティブのようにはなかなか話せない。ストレスをかける部分などを間違えやすいので」。授業の後で、ウラニア・サウサス教諭が説明した。

ジャスティン・モーガン教諭(右)が生徒たちの書き取った内容をチェックする

IECは、和訳すれば「英語集中校」だろうか。豪州では、英語を母語としないノンネイティブの子どもたちが公立のハイスクール(日本の中1~高3に相当)に入りたい場合、まず、このIECに入るのが原則だ。小学校と違い、授業の内容が難しくなる中学・高校に備える英語力をつけることを目的としている。

ノンネイティブ向けの英語教育の専門家であるニューサウスウェールズ大(シドニー)のクリス・ダビソン教授によると、こんな「一般の学校に入る前に、英語をしっかり教える」という教育システムは、豪州独自のものだ。たとえば、英国ではそのまま一般のクラスに入れ、教室で個別に生徒たちをサポートする形を取るのが普通で、米国でも、非英語圏の出身者が多いカリフォルニア州を除けば、「いきなり普通のクラスへ」が一般的だという。

英国からの移民が多かった豪州で、非英語圏の移民を受け入れ始めたのは第2次世界大戦後。最初はイタリアやギリシャなどから入ってきて、トルコなど中東系が続いた。まず、政府が支援したのは大人の英語教育。工場で働くときに必要な言葉など実践重視だった。

一方、移民の子ども向けの英語教育は当初はなかった。自然に英語が身につく、と考えられていたからだ。しかし、「ただ、学校で子どもたちに合流させただけで、実際には、英語が理解できず、落ちこぼれる子どももたくさん出た」(ダビソン教授)。白人を優先する白豪主義政策が廃止された70年代以降、専門家らが研究を重ね、80年代に、政府による豪州独自のIECを含む中高生向けの英語教育のカリキュラムができていったという。

英語教育の専門家、ニューサウスウェールズ大のクリス・デビソン教授は「豪州で英語を学ぶ利点は、世界中から人々が来ていてとても多文化な社会であること。人々が心地よく過ごせることになりますから」とも話す。

IECは、シドニーのあるニューサウスウェールズ州には14校あり、移民や留学生はいつでも入ることができる。豪州は4学期制だが、IECからハイスクールへの編入時期は、各学期の初めからならどの学期からでも可能だ(ただし、日本の高2にあたる11年生の場合、編入時期は2学年の初めまで。12年生からは編入できない)。ちなみに、IECとはニューサウスウェールズ州での呼び方で、たとえば、ブリスベンのあるクイーンズランド州ではHSP(高校準備コース)、メルボルンが州都のビクトリア州はELS、ELC(英語学習校・センター)という。

エバンスIECでは現在、約160人の生徒たちが学ぶ。「ビギナー」「レベル1」「レベル2」「レベル3」の4段階に分けてクラスを編成する。ビギナーはアルファベットすら知らない生徒たち向けだ。最長で5学期(1年と四半期)までで「卒業」し、各地のハイスクールに移っていく。

冒頭で発音の練習をしていたのは、レベル2のクラスの一つだ。中国・上海からきたメラニー・ヤンさん(15)は、「英語を学べば将来の仕事のチャンスが広がる」とやってきた留学生で、シドニーに住む親類の家から通う。このレベルでも英語での受け答えはしっかりできる。「IECでたくさん、話す力を上げる後押しをしてもらっています。オーストラリアの人たちは話すのが速くて語彙も豊富なので、まだリスニングがついていかないけれど、前よりも聴けるようになっています」

ジャスティン・モーガン教諭が読む英語の詩を書き取る生徒たち

別のレベル2の教室では、ジャスティン・モーガン教諭が、12人の生徒たちの前で英語を繰り返し、読んでいた。

”Sometimes I can still feel my right hand like a best friend…….”

英語の詩のようだ。日々、ニュース英語ばかりに接していて、文学から遠ざかっている記者には何のことかさっぱり……といった内容なのだが、生徒たちは、それを書き取っていく。最後に、隣同士の二人一組で話し合って、正解の書き取りを完成させていく。

どうしてこんなにできるのだろう、と思っていたら、案内してくれたミー・リン・リアウ副校長が「読んだ詩の中には実は(記者が見ていない)授業の前半で教えた単語やフレーズが含まれている。それを聞き取って書き取り、意味のある文章を書く、という練習になっている」と解説した。

「高校レベルの教科書から抜き出したものなので、かなり挑戦的な内容です。でも、しっかり、高校の勉強に向けて足場を固めるために、支援していきますよ」とモーガン教諭。モーガン教諭は、Persuasive(説明文)の授業もする。この授業では、特定のテーマについて、自分の意見を他人に説得できるように英語で文章にして表現する力を鍛えるという。

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語学留学先として人気の豪州は、実は世界中から毎年19万人前後の移民を受け入れる多文化社会でもある。そんな環境から生まれたIECについて、次回、さらに紹介してみたい。

(次回は7月18日に配信します)