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年始の誓いか、おせち作りか マイケル流、新年の迎え方

マイケル・ブースの世界を食べる
撮影協力:日本橋高島屋 Photo: Semba Satoru
撮影協力:日本橋高島屋 Photo: Semba Satoru

幸運にも私は昨年、日本における新年の伝統を知ることとなった。キネとウスを使う昔ながらの餅つきや、おせち料理だ。

まず衝撃を受けたのは餅つきの危険性。総合格闘技やフリークライミングに並ぶ世界王者級といえる。高々と振りかざされる木づちに頭をかち割られる人がいそうなものを。私にとってはミステリーだ。

同じミステリーでも、悲劇的かつ一見避けられそうなのが、餅による高齢者の窒息死だ。ニュースで聞かない正月はないが、私にはいま一つ理解できなかった。自分自身が雑煮に入った餅を食べて死にかけるまでは……。ただでさえのみ込むのに労力のいる(でもおいしい)コメの塊が汁に浸かり、のどごし良く供されるなんて、なんたる愚行。何かひと目でわかる警告サインのようなものがあってしかるべきだ─花火とか!

おせち料理を囲むに至るまでの、途方もない仕事量と技術力にも驚かされる。ありとあらゆる食材と下ごしらえを要する、複雑怪奇で入り組んだ料理なのだ。その準備段階における技と時間を、料理をする者として心から評価したい。遅くとも正月前日に作られることで、一家の調理担当(たいてい母親)に正月休みくらいひと息ついてもらえる、という伝統も理にかなう。準備にこれだけ手がかかるのだから、その「ひと息」もプラマイゼロになりそうだが……。とはいえ、それだけの価値はある。世界で最も目で見て楽しい料理の一つというべきおせちの、なんという壮観!

金箔、黄色い栗、ピンクと白のカマボコと色彩に富み、祝祭ムード一色だ。器が漆塗りなのもあでやかだし、その中に甘いも辛いもみな、身を寄せ合っているのはキュンとくる。

タマネギ刻んで瞑想を

この甘辛の「同居」、初めは奇妙に思えたが、よく考えると、英国でもクリスマスランチにプルーンのベーコン巻き(まさに甘辛の同居)や七面鳥のクランベリーソース添えを食べるし、食後にスティルトンチーズ(ブルーチーズの一種)と洋ナシやマルメロ(カリンのような果物)のジャム、シェリー酒などをかけ合わせて楽しんだりする。

一品一品に意味があるのも興味深い。カズノコなら子孫繁栄、黒豆には健康、エビのように腰が曲がるまで長生きを、というような。

おせち体験によって、新年の誓いについても考えた。この星の住人で、毎月カレンダーをめくる人なら、みな1月に誓いをたてるだろう。私の故郷でも、断酒、断チョコ、禁煙、ジム通いなどが申し訳程度に宣言される。私も毎年誓ってはみる。「ピアノ再開」「毎日瞑想」「チーズ微減」等々。うまくいくものもあれば、そうでないものもある。

おせちと出合った私は、新年の迎え方を変えた。実現不可能な誓いをたてるくらいなら、趣向を凝らした伝統料理をたたえながら年を越したほうがいい。その時間こそが、行く年来る年に思いをはせるひとときとなるだろうから。

共感してもらえるかわからないが、料理には瞑想的作用が強く働く。脳が休まり、心が浮遊する。ジャガイモの皮をむいたり、肉をあぶりながら、たれをかけたりすることで、頭もふっと息をつける。最高のアイデアが降りてくるのは、タマネギを刻んでいるときや、カスタードクリームをかき混ぜているときだったりする。

2017年が始まらんとする今こそ、料理をしよう。現実世界は過去にないほど、さえたアイデアを必要としているのだ。

(訳 菴原みなと)