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石油ランプから一気にLED アフリカの「跳躍」は先進国を追い抜く勢い

World Now
ルワンダのファブラボでドローンを作るランベル・ルリンダナ photo : So Kousuke

アフリカが、その姿を変えつつある。情報通信技術(ICT)による急速な発展は英語で跳躍を意味する「リープフロッグ」と呼ばれ、先進国が段階的に歩んできた発展を一足飛びに越え始めた。

ケニアの首都ナイロビから東に約100キロ離れた町マシイーにあるジョセフ・キオコ・キトゥマ(39)の家に昨年6月、LEDの電球とテレビがやって来た。それまで灯油ランプを使っていたが、暗いうえに煙も出るため長時間は使えなかった。「2人の娘が夜でも本を読んだり、勉強したりできる」。小学校教師のキトゥマはそう言って、電気が使えるようになったことを喜ぶ。

茂みと農地に囲まれて送電網が届かない場所にあるキトゥマの家の電力源は、ナイロビのスタートアップ企業「エム・コパ」の太陽光発電システムだ。キトゥマは月給27000ケニアシリング(約29000円)の3分の1にあたる金額を最初に手付金として支払い、屋根に設置するタテ30センチ、ヨコ40センチほどの小さな太陽光パネルとLED電球などのセットを受け取った。

その後1年間、購入代金の残額を携帯電話を通したモバイルマネーで毎日135円ずつ払った。支払いが滞れば電気は使えなくなるが、残額をすべて払い終えたため、今は機器がキトゥマのものになった。今年からは太陽光パネルを1枚追加し、冷蔵庫も使い始めた。「食品を保存できるので買い物に使う時間が減った。もう携帯電話を町まで充電しに行く必要もないし、暮らしがすごく楽になった」

電話線の整備が必要な固定電話と違って、基地局の整備だけで使える携帯電話はコストが安く、アフリカで急速に普及した。2003年で5200万人だった大陸全体の携帯電話加入者は14年で89100万人、人口の約85%に上る。これに合わせてモバイルマネーの仕組みも広まった。こうした通信インフラの充実を背景に国内外の起業家がICTビジネスを次々と始めている。

エム・コパは起業ブームの先駆け的存在だ。11年にケニアで創業後、ウガンダ、タンザニアと進出してきた。3カ国の未電化率は人口の75%以上。今春時点の利用者は合計50万世帯を超え、1年目終了時の100倍になった。米国出身で創業者の一人のチャド・ラーソン(46)は「技術の進歩とコストの低下で、太陽光と通信を組み合わせれば簡単に電気が使える。発電所と電線が必要な先進国のモデルは必要ない」と話す。

新たなICT立国 ルワンダ

1994年に80万人以上が犠牲になったとされる大虐殺を経験したルワンダ。00年以降、平均で年率8%近くに及ぶ経済成長を達成し、「アフリカの奇跡」と呼ばれる発展を遂げてきた。人口は約1200万で、四国より少し大きいほどの面積しかない国土には輸出できる資源もない。そんな小国が成長の原動力としているのがICT起業家たちだ。

カナダ出身のバレット・ナッシュ(29)はケニア人の友人と151月に首都キガリで「セーフモト」を立ち上げた。最もよく使われる公共交通機関のバイクタクシーをアプリで配車する、いわばバイク版ウーバーだ。

ナッシュはキガリにある米国の大学の出先機関で働いていたが、起業を思い立って退職した。「日本や米国も同じだろうがカナダでは、みんながいつも未来に不安を感じている。ここでは逆にみんなが楽観的で未来に希望を抱いている」。安定した職を捨て、アフリカで挑戦することにためらいはなかったという。

起業家への支援も整備されている。キガリの中心部に立つオフィスビル「テレコムハウス」には、起業を目指す若者らのためのフリースペース「kLab(ケーラボ)」と「FabLab(ファブラボ)」がある。日本の国際協力機構(JICA)の支援などで設けられた。無線LANがいつでも使え、利用者同士で自由に意見交換もできる。ナッシュもかつてケーラボでアイデアを磨いた。

ファブラボには3Dプリンターなどが備えられ、アイデア段階の製品を試作できる。電気通信技術を大学で学ぶランベル・ルリンダナ(21)はここでドローンの試作を続けている。丘が連なるルワンダで、農薬散布や作物管理にドローンを使えば農業の生産性を上げられると期待する。「国を発展させるために自前の技術を生み出したい。起業家としての成功が将来のビジョンです」

世界最先端の都市を見たければ、中国のシリコンバレー深圳だ

テンセントの新社屋 photo : Masumitsu Yuichiro

中国のシリコンバレーと呼ばれる深圳。ここを訪れると、「先進国の都市の方が進んでいる」という常識は、根底から覆される。

10月のある日、超高層ビルが立ち並ぶ深圳中心部。語学学校「加華」校長の呉丹(33)は自分のスマホだけを持って、近くの中華料理店を訪れた。店員は呉を空席に案内するが、メニューは持ってこない。

呉は自分のスマホでテーブル上に貼られたQRコードを読み取り、スマホの画面に表示された料理の中から、スズキの煮物とチャーハンを注文。支払いはスマホで済ませる。食べ終わったら、店員を呼ぶこともなく、そのまま店を出た。

IT化が急速に進む深圳では、若者を中心に外出時に現金を持ち歩かないライフスタイルが広がりつつある。呉もその一人。呉は1年半ほど前から、中国版LINE「微信(ウィーチャット)」の決済機能などを使い、食事代や日用品の買い物に毎月5000元(約85000円)を払う。微信と自分の銀行口座がつながっているため、買い物をすると口座から瞬時に引き落とされる仕組みだ。「現金を持ち歩いた時代にはもう戻れない」

大人だけではない。深圳の小学5年生、張依然(10)は、GPS付きの腕時計をはめている。「安全対策」として、親が娘の居どころをすぐに把握できるようにするためだ。「50人のクラスメートのうち、はめていないのは12人ぐらいかな」

ノートなどの文房具は米アップルの「iPad」で自分で買っている。まだあどけない表情の張は「将来は現金がなくなるかもしれない」と言う。これが「深圳っ子」が描く未来だ。

深圳に本社がある小売企業「天虹商場」は今年8月、スマホ決済の定着を想定し、店員がいない無人コンビニ「Well GO」の実験店を市内に開店した。商品には、金額や品番を識別するタグが付けられている。お客が買いたい商品を「レジ」に置くと、金額を自動的に集計。スマホでQRコードを読み取って決済する。

同社はスマホすら不要の「手ぶら買い物」も検討している。カギを握るのが、入店客の顔の特徴から、本人を特定する認証技術の活用だ。お客が商品を店外に持ち出すときに自動課金されるので、支払い機を使わない。無人コンビニは各地で導入が始まり、競争激化が確実だが、コンビニ部門責任者の朱艶霞(46)は自信をみせる。「深圳には、独創的なIT企業がたくさんある。技術改良を進めるのに有利な条件がそろっている」

深圳は1980年に中国初の経済特区に指定されるまで、香港の影に隠れた、人口わずか3万の漁村だった。それが1000万超の大都市に発展した原動力は92年、最高実力者の鄧小平が深圳を訪れ、改革開放の加速を命じた「南巡講話」だ。

安い人件費に目をつけた台湾や日本、香港などからの投資の受け皿となり、電化製品を中心とする世界有数の製造業の集積地に成長した。ファンドからお金を呼び込む環境も整い、ドローンのDJI9億人のユーザーがいる微信を運営する騰訊(テンセント)など世界企業が輩出した。億万長者を夢見る優秀な人たちが、中国各地から集まってくる。

深圳郊外には、農村から職を求めて出てきた人々向けの、簡易宿泊施設が集まる地域もある。不衛生で犯罪も少なくなく、きらびやかな部分だけではない。

ただ、起業家からスマホ製造などの工場労働者まで、共通するのは若さだ。

人口は20歳代と30歳代が全体の約3分の2を占め、若者のライフスタイルが一気に広がる土壌となった。

不動産や物価の高騰に直面する市民からは「生活は楽ではない」と悲鳴もあがる。それでも減速する中国経済の中で、技術革新を生み出す「エンジン」として、中国政府の期待は高まるばかりだ。

深圳大学の訪問研究員としてベンチャー企業の研究を続ける東京大学准教授の伊藤亜聖(33)は深圳を「加速都市」と呼ぶ。「深圳だけ時の流れが速い」。日本の高度経済成長期を上回る速度で変化を続ける中国経済の最先端が、ここにある。

 成長の波に乗ろうとする若者が目指すフロンティアは、ここだ

ウガンダの首都カンパラにある乗り合いタクシーの停車場 photo : So Kousuke

「今はアジア発のビジネスで欧米に進出できる時代。その胎動の中に身を置きたい」。起業家の浅谷治希(32)は中国で挑戦しようと決めた理由をこう語る。2013年に立ち上げた教育ITベンチャー「LOUPE」は、教員同士が情報交換する「SENSEI NOTE」を運営。約3万人が登録している。

この夏、人生で初めて北京に降り立った。目を見張ることの連続だった。

ちょっとした移動は自転車シェアサービス「モバイク」で。起業家のためのコワーキングスペースは、見たことがない規模だ。街角には名匠と若手のアート作品がほぼ同じ扱いで並んでいた。「日本にいたら感じられないような活気。中国は便利だと思うものをどんどん導入し、『下克上』が実現できると感じる」

北京の起業家や企業人にも会ううち、決めた。「北京に行こう」。中国語の勉強を始め、12月には北京に家を借りる。来年度以降に中国で新事業を立ち上げるため、準備を進める。

海外でのIT起業といえば米シリコンバレーを目指すのが定石だが、浅谷は最初から念頭になかった。進出先として当初は欧州も考えたが、「アジアが欧州のGDPを抜いた時代の節目に立っている。経済成長の風をより感じられるアジアで勝負したい」と語る。

一方、さらなるフロンティアを求めて、アフリカを目指した起業家もいる。

昨年からケニアのナイロビですしの販売とマグロの卸売りを手がける福居恭平(33)は当初、東南アジアで起業することを考えたが、すでに大勢の外国人が進出し、市場が成熟し始めていると感じて、飛び出す場所をアフリカに変えた。「資本も経験もない自分が挑戦するにはアジアはもう遅いと感じた」と話す。

同じケニアで、澤田霞(29)は日本人のビジネスパートナーとともに健康管理アプリを開発する「アフリカスキャン」を立ち上げた。

「実際に動かして使いにくかったところはないですか」。ナイロビにあるオフィスの一室で11月、スタッフと一緒に、女性にアプリの使い心地を尋ねる澤田の姿があった。年明けをめどに本格的にサービスを始める健康管理アプリ「シムウェイ」のユーザーテスト。アプリは健康診断とセットにして企業などに販売する計画だ。

もとは3年前にケニアで健康食品などを扱う売店を始めた。そこで健康診断を無料で実施したところ、女性の半数以上が肥満状態だと分かった。「予防ヘルスケアは成長産業になる」。そう考えて健康管理アプリの開発を事業にしようと決めた。

アフリカではほぼ手つかずの分野だけに市場はケニアにとどまらず大陸全土に広がっている。「以前はただのアフリカ好きだったけど、今はビジネスが目的。経済にインパクトを与えなければ、外国人の私がこの国にいる存在意義はない」と言い切る。(敬称略)