人は、なんのために働くのか。
今の新入社員に聞いてみると「楽しい生活がしたい」という答えが増えていて、「自分の能力をためす」や「社会に役立つ」という答えが減っているという。
日本生産性本部などが1969年度から続けている新入社員の「働くことの意識」調査によると、2017年度は「楽しい生活がしたい」という回答が過去最高。「若いうちから好んで苦労する必要がない」という回答も、過去最高だった。
「さとり世代」。大学3年の私を含む今の若者は、こう呼ばれる。2ちゃんねるのスレッドから生まれた言葉と言われ、1980年代半ば以降に生まれた世代をさすとされる。「過程より、結果を重視」。「欲しがらない」。いわゆる草食系。そんな特徴があると言われていて、「働く目的」の変化も、さとり世代の考え方の表れと言えるかもしれない。
私自身はと言えば、「さとり世代」と呼ばれることに違和感もある。お金も欲しいし、やりたいこともある。でも分からなくもない、とも思う。正直に言えば、ほどほどに働いて、ほどほどに稼いで、人並みの生活ができればいい、という気持ちもある。
そんな私が「豊かさ」について取材を進める中で「会いたい」と思ったのが、大学生時代にNPO法人「青春基地」を立ち上げた代表理事の石黒和己さん(23)だった。
石黒さんは、中高生の「やってみたい!」を応援するウェブメディアを運営するかたわら、公立高校と連携して出張授業も行う社会起業家だ。私と2歳しか違わない「さとり世代」。でも、「社会のために起業する」という、私には考えられない道を選んだ人だ。
「なんで?」
「意識高い系?」
「就職は考えなかったの?」
いろんな疑問が浮かんできた。だったら直接、聞いてみよう。
「いいじゃん」と言われて育った
――さとり世代って消極的だとか言われたりするんですが、日本の高校生ってどうなんでしょうか。
私が出会った高校生は数千人程度なので、日本の高校生がどうかとは言えませんし、大人も子どもも変わらないと思います。でも「なんとなく無理」って思っているひとは多いんじゃないかなと思います。
私はむしろ逆で、ずっと上の世代の社会起業家のみなさんに「いいじゃん、いいじゃん」って言われながら育ったし、両親も理解があったし、そういう声に支えられて自分が形成されてきました。だからこそ自分自身も、高校生たちに対しては、無条件にそういう声をかけたいと思っています。
――起業の原点は、高校時代だそうですね。
中学、高校時代をシュタイナー学園で過ごした経験は大きいと思います。たとえば、普通は必死で受験勉強をする高3の時に、2カ月間授業が無くなって演劇をつくったりするんですよ。脚本から小道具まで全部自分たちで。でも、それが本当に楽しかった。
兄の影響もありました。いろんな人の講演会に積極的に出かけていて、あるときにはすごく尊敬していた養老孟司さんから名刺をもらって、見せてくれたこともあります。だから私も、高校生になったら会いたい人には、自分から会いに行くものだと思っていたんです。
著名人の講演会やイベントに足を運ぶうちに、学外の友達が増えていきました。そうして知り合った6人の仲間と「僕らの一歩が日本を変える」(略称:ぼくいち)という高校生団体を立ち上げて、高校生100人と国会議員が国会議事堂で議論するイベントを開きました。
最初は「無理」だと言われたのですが、それを泊まり込みで議論したり、大人たちを説得したりしながら仲間と一緒に実現していくプロセスは、すごく楽しかった。そういった成功体験が「まずはやってみる」という今のスタンスを作ったんだと思っています。
――「やってみよう」じゃなくて、「リスクがあるからあまり挑戦しないで」というアドバイスはありえないんですか?
むしろ、そう言われることの方が多いんじゃないですか。バランスをとる意味でも「大丈夫!」と声をかけることが大事だと思っています。それに、意外とみんな真面目だから、言わなくても軌道修正しがちだと思うんですよね。私より高校生のほうが真面目なくらいですよ。「なんとかなるでしょ」って思ってると、高校生の方がちゃんと準備したりして。
なにより、リスクを考えることは大事だとしても、まずは挑戦して失敗してみないと、なにが本当のリスクか見えないですよね。
「できる」と声をかけると、明るくなる
――「できるよ」って声をかけると、変わりますか?
とても明るくなるなあと思います。思春期って、コンプレックスの塊だと思うんです。壁とか、孤独感とかを感じることも多いと思います。なかなか前に進めない子もいますが、「じゃあ一緒にやってみよう」って声をかけてプロジェクトに取り組んでいくと、解放されていくというか、不安が減っていく感じがします。
――石黒さんは、就職は考えなかったんですか。
一瞬、考えたこともありました。青春基地は続けたかったので、二足のわらじで就職するか、あるいは大学院に行くか悩みましたが、就職してしまったら企業での仕事を優先して動かなきゃいけなくなるので、それは満足できないと思い、やめました。
でも、憧れはあります。というのは創業期のNPOって慢性的にリソース不足です。資金も、人手も足りない。でも大企業ならそういう心配はしなくていいでしょうから、会社に入って、優秀な先輩たちの下でゴリゴリ仕事をするのは気持ちいいだろうな、と思っています。そこが1番羨ましかったです。
起業して代表をつとめるのは、さみしい時もあります。正直、私も誰かからお給料をもらいたいな、と隣の芝生が青く見える日もあります。でも自分は、高校生のころからの「ぼくいち」の仲間のような、挑戦している人たちが周囲にたくさんいる。自分のつくりたい社会を、泥臭く考えつづけている仲間がいるということに本当に支えられていますね。
――起業していると、休みと仕事の境とか…。
めちゃめちゃ曖昧です。そもそも休みもないし、大学院で研究もしなくちゃいけないし。洗濯物もたまるし…。ライフワークミックスです(笑)。
それにまだまだ立ち上げ3年目で、「日本の学校教育をどうやって豊かにできるか」について、仮説はあるものの、方法論やプロセスは探している最中です。仕事をしているというより、日々仲間を巻き込みながら、旅をしている感覚です。
――大変だと思うんですが、やっぱり自分で事業をやるというのがいいっていうのはどうしてなんですか。
うーん。なんだろうな。自分の感覚としても、これから社会は激変しそうですよね。人生100年時代と言われ、寿命が延びて、人口ピラミッドはガタガタで、AIやテクノロジーの進化が加速して、シンギュラリティが訪れるかもしれない。
そんな、価値観が変わりつづけ、答えが見えにくい時代のなかで生きていかなくちゃいけないとき、一番大切なものは、自分の好奇心のままに探求し、そして自分が楽しく生きていられるっていうことじゃないかと思っています。
なにより私にとって、生きていくなかで一番上に「好奇心」がある気がしていて。シャープに事業を確立していく短距離走をするよりも、世の中の構造に目を配り、なかなか聞こえてこない声を細かく聞き取りながら、よりよい社会づくりを模索したい。遠回りしているのかもしれないです。
遠回りできない人がいることは、よく分かります。不安もあるし、稼がなきゃいけないし、妥協しなきゃいけないこともあると思うんです。でも、私は大学院に進学することもできたし、こうなったら全力で遠回りするっていうのが今の自分自身ですかね。
リスクやチャンスを具体化できれば、不安は減る
――やっぱり、すごいと思います。
よく「やりたいことやってて素敵ですね」とか「始めたとき怖くなかったですか」って言われますが、自分の行きたい方向に動いていたら、気づけはここに立っていた、くらいのものです。
ひとつひとつのアクションをひもとけば、友人に「こういうこと始めたい」って声をかけて仲間を増やすとか、NPO法人化も、書類を作って東京都に持っていくとか、大したことないんです。小さい段差を、少しずつ上っている感じです。
ひとつ思うのは、人を悩ませるものに「不安」があると思うんです。これは、私たちが青春基地を通じて高校生たちに届けているものでもありますけど、好奇心にすごくかき立てられて物事を進め、いろんな人と一喜一憂するといった経験をすると、人はタフになると思っていて。
「なんとなく大変そう」とか「なんとなく大学に行く」とか考えているときは、不確定要素が大きいので、不安にかられがちです。でも、経験を重ねてリスクやチャンスを具体的に考えられるようになると、不安は減らすことができるんじゃないかと思います。
――いまこの瞬間が僕にとっても経験ですね…。では、石黒さんにとって、豊かさとは?
楽しく生きること、ですかね。これは金銭的な豊かさだけでカバーできるものではなくて、意外と難しいのですが、暮らしに「余白」があることだと思います。
――楽しいっていうのもいろいろありますよね。いま友達とパーッと遊んじゃうのもあれば、いまは我慢してお金をためて、将来これをしよう、みたいなこととか…。
私は直感型なので、 楽しい方を選びます(笑)。ただ、やはり自分が楽しいって思う瞬間は、自分が準備をしてなにかを仕掛けることで、誰かが幸せになったり、喜んだりしてくれるときかな。今は「ああ、この仕事をつくっていてよかった」と心底思える機会がたくさんあり、教育は、本当に最高の仕事だと思っています。
石黒和己(いしぐろ・わこ)
1994年、愛知県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中の2015年に、公立高校や放課後で、意欲や好奇心を育てる教育プログラムを提供するNPO法人「青春基地」を設立。現在は、東京大学大学院教育研究科在籍。
【インタビュー後記】
彼女のすごさは「やりたいことは何でもやる」「人生を全力で遠回りする」というスタンスだ。みんな、そうしたいとは思っても、将来への不安や金銭的な不安から、決断できないことが多いと思う。しかし彼女は「そうしたい」を実現してきた。
インタビューを通じて、シュタイナー学園や高校生団体での「やってみたらできた!」という成功体験が、彼女の生き方を支えているのだと強く感じた。
そこで思ったのは、さとり世代という呼称は、幼少期からの成功体験が少ない人たちの総称ではないか、ということだ。
私が受けてきた教育では、周りと同じように勉強することを求められてきたように感じる。人と違うことに挑戦することを勧められたようには思えないし、過程よりも、結果が重視された。高望みしても、かなわない。そんな「我慢」もあったのではないか。だから、「結果重視」とか「欲しがらない」という面が目立つようになったのではないだろうか。
一方で石黒さんは、外から見れば大きく見えることや、難しいことに見えることでも、一歩ずつに分ければ小さな段差にすぎないと言った。それを上り続けていくのは簡単ではないと思うが、確かに、聞いているうちに、私でもできることはたくさんあるんじゃないかと思えてきた。ものすごく、単純だが。
だとすれば、石黒さんが広げているような「経験的な学び」は、「さとり世代」をなくしていくことにつながるのかもしれない。
(聞き手:朝日新聞GLOBEインターン・河本昇吾)