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【アメリカIT業界で働く④】メール1本で即解雇 レイオフと「雇用の流動性」が生む強さ

アメリカIT業界で働く 更新日: 公開日:
イラスト=gettyimages

突然メール1本で、会社から解雇される――。アメリカ企業でよくある「レイオフ」(業績悪化などを理由にした解雇)は、環境が異なる日本の労働者から見れば「恐怖」かもしれません。しかし、米IT業界の最前線で長く働いてきたソフトウェアエンジニアの竜盛博さんは、それこそが産業を成長させた一大エンジンだと説きます。生き残りをかけたシビアな世界は、業界や労働者に何をもたらしてきたのか。自身の解雇の痛みを乗り越えた先に見た、「アメリカの強みの正体」を等身大の視点で語ります。

2022年の秋頃から、アメリカのIT企業では盛んにレイオフが行われている。

当初は、コロナ禍での過剰雇用を調整する必要が出たためだと言われていた。コロナ禍の在宅需要にともなうIT業界の好景気の揺り戻しだ。最近では、AIの発展により事業に必要な従業員数が抑えられるためだと言われるようになった。

本当の理由は何なのか。人によって意見が分かれるが、レイオフの対象になるかもしれない人やなってしまった人は、マクロな業界事情よりミクロな自分や身の回りの同僚に起こったことに関心が向きやすい。

個々人のレイオフのストーリーはかなり冷酷だ。

突然上司に呼び出され、解雇を告げられ、見張りをつけられた状態で自席の私物をまとめ、オフィスから退出させられる。または、朝起きると会社用と個人用の双方のアドレスにメールが届いていて、すでに会社のシステムにログインできなくなっている。オフィスに入ることもできない。

私も実際にそういう目に遭った同僚たちを見たことがあるので、これが尾ひれのついたうわさでないのを知っている。かなり非人道的に見えたのは否めない。

しかし、2009年に自分がレイオフに遭った時、状況はだいぶ違っていた。

もっと人道的な方法を取ろうと会社が配慮したからなのか、通告から1週間ほど後に最終出勤日が決まっていて、それまでは普通に出勤するルールになっていた。

すると、ちょっと困ったことになった。会社は誰がレイオフになったかを発表することはできないので、一部の同僚は何も知らずに仕事の話をしてくる。

私としては、自分のレイオフを隠して仕事が来週以降も続くような話をするのも不誠実と思い、事実を打ち明けて微妙な空気を味わうことが何度も起こった。他にもうわさを伝え聞いた同僚から微妙に気を使われるといった、なかなか稀有(けう)な体験をすることになってしまった。

メール1本で終わりになっても、同僚との気まずい空気を感じないのが良いか。オフィスで通告されて同僚のあわれみの視線を感じながらすぐに追い出されるのが良いのか。1週間にわたって微妙な空気の中出勤するのが良いのか――。人によって意見が分かれそうだ。

なお、この辺の詳しい話は拙著「エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢」に書いてある。また余談ながら、この本はレイオフについて詳説してあるので、読んだ人の間では通称「レイオフ本」と呼ばれている。

「いつでもクビになる恐怖」は、本当にデメリットだけなのか

アメリカで多くの企業が従業員を解雇できる背景には、「At-will employment(随意雇用)」がある。雇用主と従業員の双方の合意のもと、特別な理由や事前通知なしにいつでも雇用関係を解消できるという、労働法上の基本原則だ。

雇用主は、不当差別や報復行為などの違法となる理由でなければ、従業員をいつでも解雇できる。もちろん従業員側も、いつでも退職できる。正社員の雇用が守られる日本の労働環境と一番異なるところだと言えるかもしれない。

筆者が実際にサインした雇用契約書の抜粋。「at-will employment」の記述がある(本人提供)

確かに不安定な雇用は怖いし、実際にクビになると精神的にも金銭的にもキャリアプラン上も大変である。日本の「正社員が守られている安心感」が恋しくなることはあるし、それによる生活の安定は貴重だとも思う。

それでも、レイオフの痛みの経験者でもある私が、あえてそのポジティブな面の話をしたいと思う。日本では解雇という一面だけが強調されて、その構造的な強みが無視されがちだからだ。

At-will employment は「雇用の流動性」を著しく高める。これがアメリカの「強み」、成長産業発展の一大要因だとさえ、私は思っている。

「雇用の流動性」と聞くとすなわち「会社が自由に従業員を解雇できる制度」と考える人は多い。それは間違いではないが、それが全てでもない。解雇のしやすさは、それと表裏一体の大きなメリットにもつながっている。

まず、企業側としては「解雇しやすい」からこそ「正社員を雇いやすい」という点がある。一度採用しても不適合だったと分かれば解雇できるため、慎重になりすぎることなく正社員を採用できる。

そして、正社員が採用されやすいということは、労働者が転職をしやすいということでもある。解雇された後の再就職がしやすいだけでなく、自分に合った会社への転職もしやすくなる。

職務内容が明確に定義される「ジョブ型雇用」のもとでは、従業員が仕事内容や待遇に満足すれば働き続け、納得がいかなければ転職する。会社は従業員の成果に満足すれば厚遇し、納得がいかなければ解雇する。まとめると非常にシンプルだ。

労働者が自由に動き回るような環境で優秀な人材を雇用し働き続けてもらうには、社員の実力を公正に判断することが重要になる。新卒入社の生え抜きだというだけの理由で優遇されるような状態は減っていく。非正規雇用者が優秀なのに正社員になれないなどということも起こらない。

日本の大企業で時折耳にする「社内で干されてしまったが、転職して収入減になるより今の会社にしがみついた方が得なので、自分の力を発揮できないまま残る」といった現象もほとんど起きない。

転職が当たり前の文化であり、働かなければ解雇されるリスクがあるので、「自分の能力がここでは生かせない」と感じたら、より自分に合った会社やチームへ移るのがごく自然な判断となる。

イラスト=gettyimages

アメリカ人の同僚から、日本の年功序列や終身雇用について聞かれることがある。その時に、一度大企業に入れたらそこにずっととどまるのが経済的に一番得な方法だという話をしたところ、

「大した仕事もできず、成長もできず、自分の市場価値が落ちていくのにそのままなのか?」

「優秀な人が他の会社に行ったら給料が下がる理由が全然分からない」

「新卒入社の人より、実績を上げた中途採用の方が活躍することが期待しやすいのに、なぜ好条件で転職できないの?」

といった、転職が前提の疑問をたくさんぶつけられ、答えるのがとても難しかった。一度起こったミスマッチがなぜ何年も修正されないのか、その現象を正当化することができなかったのだ。

「雇用の流動性」があれば、優秀な人材はより良い環境へ移り、それぞれが能力に応じた適切な場所に落ち着き、自然に「適材適所」が進んでいく。

解雇へのプレッシャーから生き残るために、労働者は自分の能力を高く保って成果を上げる努力をする。会社も生き残るために、良い労働環境をつくって成果を上げるよう力を尽くす。

そして、努力を怠ったり、努力を続けることに疲れてしまったりした人たちは静かに退場していく。事業経営や、従業員の士気を保つことに失敗してしまった企業も退場していく。

常に緊張感を持ちながら、全世界から優秀な人材が集まり、それが絶えず流動しながら適材適所に配置されていく。その構造が、アメリカのIT業界や成長産業を牽引(けんいん)する強力なエンジンになっているのではないだろうか。

自分が直接受けた「痛み」を思い出しながらも、やはり「雇用の流動性」は業界を強くすると思ってしまうのだ。