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トランプ政権のDEI廃止、プライド月間のアメリカに影を落とす 企業も対応割れる

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2024年に開かれたニューヨークのプライド・マーチ
2024年に開かれたニューヨークのプライド・マーチ=2024年6月、Deccio Serrano via Reuters Connect

今年も6月となり、毎年恒例のプライド月間を迎えた。全米のあちこちでプライド・イベントが行われ、街も人もSNSやメディアも鮮やかなレインボーカラーに染まっている。だが、今年は大きな異変がある。ドナルド・トランプ大統領がDEI(多様性・公平性・包括性)廃止の大統領令を発したことから、LGBTQ+を含め、人種/民族、宗教、ジェンダー、さらには障害の有無における多様性について政府機関、企業、学校でさまざまな摩擦と葛藤が生じているのだ。(堂本かおる=ニューヨーク在住ライター)

トランプ大統領は今年1月20日の就任初日に、連邦政府におけるDEI廃止の大統領令に署名した。

大統領令のタイトルは「過激で無駄な政府のDEIプログラムと優遇措置の廃止」。第1条に「バイデン政権は多様性・公平性・包摂性(DEI)の名の下に違法かつ不道徳な差別プログラムを(中略)押し付けた」とあり、これを「恥ずべき差別」としている。前政権の名を出し、かつ非常に強い言葉でその政策を非難する、大統領令としては異例の文言だ。

加えて、連邦職員の雇用は「個人の自主性、技能、業績、および勤勉さを報奨するものとし、いかなる状況においてもDEIまたはDEIA*)の要素、目標、政策、義務、または要件を考慮してはならない」としている。

続いてパム・ボンディ司法長官が、連邦政府の資金を受けている民間企業や大学における「違法なDEIおよびDEIA優遇措置を調査、排除、処罰する」と通達を出した。

さらに4月には教育省が、公立学校でのDEIプログラムを廃止しなければ連邦政府から学校への資金援助を止めると各州に通達を出した。ただし、これについては即座に三つの異なる州の判事が違憲であるとし、差し止められている。

男子大学バスケットボール選手権で優勝したフロリダ大選手らの訪問を受け、歓待するアメリカのトランプ大統領とパム・ボンディ司法長官
男子大学バスケットボール選手権で優勝したフロリダ大選手らの訪問を受け、歓待するアメリカのトランプ大統領(中央)とパム・ボンディ司法長官(左)=2025年5月21日、ホワイトハウス、Sipa USA via Reuters Connect

DEI廃止、追随した企業も

大統領令によりDEI廃止を行う企業が続出した。雇用におけるDEI廃止だけでなく、従業員へのマイノリティ文化や啓蒙のプログラムも中止され、社内文書から「DEI」の言葉を削除するなどした。司法省による調査を避け、企業によっては政府との契約を破棄されないためだ。

以下はDEI撤退を表明した大手企業の一部(Forbesなどによる)。マクドナルド、コカ・コーラ、ペプシコ、小売りチェーンの大手ウォルマートとターゲット、Meta、グーグル、IBM、ディズニー、ワーナー・ブラザーズ、パラマウント、PBS(公共放送局)、シティグループ、ゴールドマン・サックス、ブラックロック......

これらDEI廃止を行なった企業に対し、草の根運動や人権運動の団体、さらには黒人教会も同調してのボイコット運動が2月から続けられている。ボイコット主催者は消費者が買い物や飲食に出掛ける大手チェーン店を週替わりや月替わりで定め、ボイコットを奨励している。

今夏のボイコット・スケジュールもすでに公表されている。米国独立記念日の7月4日はすべての消費を控え、7月はスターバックス、アマゾン、ホーム・デポ(ホームセンターの大手)、8月はウォルマート、マクドナルド、ロウズ(ホームセンター大手)がボイコット先となっている。

ボイコットと合わせて「テスラ・テイクダウン」も行われる。EV大手テスラのCEOイーロン・マスクの誕生日である6月24日に手持ちのテスラ車を売却し、テスラ株も手放そうというキャンペーンだ。

マスクは6月初旬に政府効率化省(DOGE)から正式に離れたとは言え、DEI廃止による連邦職員の大量解雇を行なったことからボイコットのターゲットとなっているのだ。

テスラの店舗前で、CEOのイーロン・マスクに抗議する人たち
テスラの店舗前で、CEOのイーロン・マスクに抗議する人たち=2025年6月7日、カリフォルニア州サンタ・バーバラ、Sipa USA via Reuters Connect

DEIの歴史とボイコット

2020年に始まった各企業のDEI導入は、当初はLGBTQ+よりも黒人従業員、黒人消費者を対象としたものだった。同年5月にミネソタ州にて黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官によって殺害されたことにより、BLM(ブラック・ライブス・マター)ムーブメントが全米のみならず、世界各地で巻き起こった。

その時期に黒人への多様性展開が一気に起こった。各企業はDEIを企業方針として掲げ、雇用だけでなく、黒人消費者の需要に応じた商品(例:薄いベージュでなく、濃い茶色のバンドエイド)、ブラックカルチャー商品(例:2月の黒人史月間に合わせ、黒人偉人の肖像をデザインしたTシャツ)の開発や販売を開始した。

また、店頭に黒人オーナーによる中小ブランド商品の販売ブースを設けることもした。さらに、それまではアフリカ系アメリカ人以外にはほとんど知られていなかった6月19日「奴隷解放記念日」(Juneteenth)がバイデン政権によって連邦の祝日に制定された。

しかし、昨年11月の大統領選の以前よりトランプと保守派によるDEI廃止の声が高まり、多様性を支持するリベラルとの拮抗が始まった。その一つが先述の企業ボイコットだが、最も打撃を受けているのは大手小売りチェーンのターゲットだと思われる。

ターゲットは全米に約2000店舗を展開し、従業員44万人を擁する。米国最大手のウォルマート(1万店舗、従業員210万人)との差別化として、都市部の黒人消費者を大きな購買層としてきた。そのターゲットがDEI撤廃を行なったことに黒人消費者は敏感に反応し、ボイコットに参加している。

アメリカのスーパーマーケット「ターゲット」の店舗
アメリカのスーパーマーケット「ターゲット」の店舗=2025年3月、ニューヨーク、ロイター

これを危機と感じたターゲットCEOのブライアン・コーネルは、黒人公民権運動団体ナショナル・アクション・ネットワークのリーダー、アル・シャープトンと会談してアドバイスを仰いだが、売り上げは今も低迷している。

さらにターゲットは今、同社のアイコン的アイテムであるプライド月間商品についても、消費者から批判されている。

ターゲットは毎年6月にカラフルなレインボーカラーの衣服や小物を売り出すことで知られるが、2023年に子ども向けのプライド商品が批判され、大規模なボイコットが起こった。その時点では反DEI派ではなく、反プライド派による抗議だった。そこへ今年のDEI撤廃/縮小が重なり、ターゲットは今年のプライド商品を地味なデザインに変えてしまった。これに対し、以前からのターゲットのプライド商品ファンが不満を訴えている。

つまりターゲットはDEIを廃止したことから主に黒人消費者の反感を買い、さらに自粛によってLGBTQ+消費者からも反発され、非常に苦しい立場に置かれることとなった。

ターゲットCEOのブライアン・コーネル(左)とナショナル・アクション・ネットワークのリーダー、アル・シャープトン
ターゲットCEOのブライアン・コーネル(左)とナショナル・アクション・ネットワークのリーダー、アル・シャープトン=左はロイター、右はSipa USA via Reuters Connect

DEIを継続した企業

DEI廃止に「ノー」を突きつける企業もある(TIMEなどによる)。アップル、マイクロソフト、コストコ、デルタ航空、ラッシュ(バス用品)、パタゴニア(アウトドアウェア)などだ。

アイスクリーム・ブランドのベン&ジェリーズは、アメリカで最もプログレッシブな理念を持つ企業の一つとして知られる。創業者の一人、ベン・コーエンは5月に米国議事堂でのガザ支援デモに参加して逮捕されたばかりだ。このベン&ジェリーズも当然、DIE廃止に抗議している。同社は「現在の政治情勢に臆病に屈し、時を戻そうとする企業は市場で競争力を失い、最終的には歴史の誤った側に立ったと判断されるであろう」の声明文を発している。

DEI廃止に真っ向からの賛同も反対もせず、可能な方法を探って多様性の展開を続ける企業もある。

玩具のマテル社は、バービー・コレクションを「最も多様性に富んだ人形シリーズ」と謳(うた)っており、今年に入ってからもアジア系アメリカ人のファッション・デザイナー、アナ・スイのバービー、ファッショナブルな黒人男性ドールのケン、マテル社創立80周年記念として、ゴージャスな赤いドレスを纏(まと)ったバービーを黒人バージョンと白人バージョンで売り出している。しかし、株主向けの書面からはDEIの文言を削除している。

MLB(メジャーリーグ)も採用情報サイトからは多様性に関する言及を削除したものの、毎年恒例の「プライド・ナイト」は今年も行われる。どのチームも6月にある試合のうち1試合をプライド・ナイトとし、球場をレインボーカラーで飾り、特別ゲストを迎えるなどし、LGBTQ+の野球ファンが集う。(注:全30チーム中、テキサス・レンジャーズのみDEI以前よりプライド・ナイツ未開催)

MLBの「プライド・ナイト」期間中、グラウンドの芝がレインボーカラーに変更されたボルチモア・オリオールズのホーム球場「オリオール・パーク」
MLBの「プライド・ナイト」期間中、グラウンドの芝がレインボーカラーに変更されたボルチモア・オリオールズのホーム球場「オリオール・パーク」。守備で構えているのは対戦相手シンシナティ・レッズのジョナサン・インディア選手=2023年6月、メリーランド州ボルチモア、USA TODAY Sports via Reuters Connect

NPOも打撃

各種の地方行政機関やNPOは私企業と異なり、政府からの干渉を受けにくく、利潤追及の必要もないことからDEIを続けている。

ニューヨーク市内では、公営の地下鉄が駅や車両内のデジタル・ディスプレイでプライド月間のポスターを表示している。ニューヨーク市公立病院の公式ウエブサイトには「LGBTQ+ヘルスケア」のページがあり、レインボーカラーのデザインとなっている。ニューヨーク公立図書館は「障害者プライド月間」とし、障害者への推薦図書、点字勉強会などの告知を行なっている。

ニューヨーク市行政もプライド月間を重要視している。とくに教育省はLGBTQ+である児童生徒に安全な環境を与え、他の子どもにもその存在を受け入れさせるべく、公式ウエブサイトにLGBTQ+の歴史、生徒への支援策、LGBTQ+関連の児童書のリストを掲載している。

これらはひとえにニューヨーク市とニューヨーク州がともにリベラル地盤であることが背景にあるが、企業からの大口寄付が減り、苦境に陥るNPO(非営利団体)もある。

ニューヨーク市では6月29日に200万人以上が見物に詰めかける全米最大規模のプライド・マーチ(パレード)が行われる。今年のテーマはDEI廃止に対抗して「立ち上がれ:抗議のプライド」(Rise Up: Pride in Protest)とされ、バイデン政権のホワイトハウス報道官だったカリーヌ・ジャン=ピエールをグランドマーシャル*)に迎える。

マーチをプロデュースする非営利団体ヘリテージ・オブ・プライドは、今年に入って企業からのスポンサー収入が減り、例年の25%減、金額にして75万ドル減になったと公表している。その理由として政府によるDEI廃止策に加え、トランプの関税策による経済の不安定さも挙げている。しかし個人からの寄付を募り、マーチ以外のプライド支援活動も続けていくとしている。

政府のDEI廃止策の対象はLGBTQ+のみならず、人種/民族、宗教、ジェンダー、障害と幅広く、実は多くの人がいずれかのカテゴリー、もしくは複数のカテゴリーに当てはまる。アメリカにおける白人の人口比はすでに6割を切っている。その半数は女性だ。そこからLGBTQ+、民族/宗教マイノリティ、障害を持つ人々を除くと、一体どれほどの人がDIE廃止の恩恵に預かるのだろうか。

一国のリーダーである大統領は、自分と同じ属性―白人・男性・キリスト教徒・異性愛者・健常者―以外の市民をも尊重し、誰しもに公平な機会と安全な生活環境を提供することが務めであると、遅ればせながらでも学ばなければならない。(敬称略)