オーバーツーリズムでバルセロナが悲鳴 地元民ら反発デモ、観光客に水鉄砲も

「2025年に旅行を避けるべき都市(No List)」を発表したのは、旅行ガイドブックなどを80年以上発行してきたアメリカの旅行出版社「Fodor’s Travel」。普通なら「訪れるべきおすすめ観光地」を発表しそうなものだが、このリストはまったくの逆だ。
選ばれた都市は、文化的にも重要で、魅力あふれる観光地であると同時に、過度な人気による環境破壊や地元住民の生活に悪影響を与えるなどの問題が発生しているケースが多い。つまり、リストの発表は観光客に対し、「オーバーツーリズム」問題について警鐘を鳴らす意味がありそうだ。
今年のリストにはバルセロナのほか、インドネシア・バリ島やイタリア・シチリア島、世界一高い山エベレストなど計15の都市や場所が選ばれた。日本からも東京と京都が選ばれている。
今回選出されたバルセロナは人口約165万人。去年、中心地だけで約10倍の1560万人の観光客が訪問(バルセロナ観光観測所調べ)。周辺地域を含めたバルセロナ都市圏全体では2600万人以上だった。旅行熱に拍車がかかっているのは、新型コロナウイルスの感染拡大が一段落したあとの世界的な旅行需要増に加え、2026年にサグラダファミリアのイエスの塔が完成し、世界最大のキリスト教建築となることなどで注目が集まっているからだ。
また、カタルーニャ州観光局が近年、州都バルセロナ周辺部への旅行のPRも強めており、これも旅行者数が高止まりしている要因とみられる。
旅行客数の多さから宿泊先が不足がちになっており、ビジネスチャンスととらえた人が住宅をAirbnbなどの短期宿泊客向けのホテルにするケースも増えている。これにより地元民向けの住宅供給が減り、住宅価格が高騰するなどの問題を引き起こしている。Fodor’s Travelは「バルセロナではAirbnbなどが1万件以上あり、平均的な住宅の賃貸料は10年前より68%高くなっている」と指摘する。
最近では、あるアパートで立ち退き問題が起きている。オーナー会社が地元民向け住宅から短期宿泊施設や投資向け住宅などにするため、家賃を月額700~900ユーロから2100~2800ユーロへ引き上げ、立ち退かせようとしたのだ。
住民との間で裁判にもなったが、結果として今年2月にバルセロナ市役所などがアパート全体を買い取ることで合意。住民は引き続き暮らせることになったようだ。しかしこの問題は結果として住宅危機を象徴する出来事となった。また市民の中には、市が税金を使ってアパートを買い取ったことに問題提起をした人もみられた。
また、去年7月には住宅高騰への不満を訴える地元民や環境保護の活動家ら約2800人が中心部でデモ運動を展開。その際、観光客らに水鉄砲を浴びせるなどの騒動に発展した。主催者は「私たちは住宅価格と生活費の上昇、近隣地域の高級化、旅行で発生する汚染や排出ガスなどの影響に苦しんでいる」とする声明を発表。莫大な利益を再分配しない観光業への依存は社会的不平等を助長し、都市を脆弱すると非難した。
バルセロナ市は対策に乗り出し、例えば去年、Airbnbをはじめとする宿泊施設の新規ライセンス発行を制限、現在は新規ライセンスの申請ができなくなっている。
ただ、すでにライセンスを持つ宿泊施設が営業を続けており、観光宿泊施設の数はむしろ増加している。去年、バルセロナ市内では短期観光向け住宅が新たに約500軒開業し、宿泊施設の総数が前年比4.7%増加、さらなる観光客を呼び込む形になっている。
バルセロナはジレンマを抱えていると言える。問題が起き、課題がある半面、観光がもたらす経済効果が絶大だからだ。去年の観光による経済効果は合計1408万8000ユーロ(日本円で約21億円)で、そのうちバルセロナ中心地では1031万8000ユーロ(日本円で約16億円)となった。
バルセロナ市にとって3番目に大きな税収入となっていて、税金は教育現場や文化活動、ソーラーパネル設置資金などに充てられている。
観光需要の恩恵を享受する住民は、オーバーツーリズムに一定の理解を示している。2023年3月中旬から10月中旬にかけて行われた調査報告書「バルセロナの観光に対する認識(2023年)」では、バルセロナ住民の70%以上が観光は「街にとって有益である」と答え、市民の半数以上が「繁栄の主な源泉」と捉えている。
また8割近くが、観光が経済と雇用の機会を生み出していると考えている。雇用契約の数は増えていて、2023年に観光部門で締結された雇用契約は約13万件となった。観光部門での失業者数は2007年以降で2番目に低い数字を記録した。失業率の高さはスペイン全体で長年悩みの種なだけに、観光業での改善に期待する声も聞こえる。
一方で、住民はどこまで我慢できるのか、と懸念するデータもある。観光を「有害である」と考える人の割合が上昇しているのだ。2022年調査時は約17%だったのが、2023年時には23%に上昇した。特に観光客が多く訪れる地区に住む人々の間では約28%に達している。
観光地であるランブラス通り、サグラダファミリア、カタルーニャ広場などは混雑するため避けるようになったと回答した人もいた。治安の悪化も顕著のため、警備や清掃など治安維持に税金が使われていることに異議を唱える人もいる。
オーバーツーリズムなどに悩むEUの9都市、3地域などを含む29の加盟国を結集した観光パートナーシップ「サステイナブル・ツーリズム」でも、経済効果と地域社会の幸福を守る都市観光モデルについて議論が交わされている。
今年2月20日に開催された会議ではバルセロナ市議会経済開発・促進マネージャー、ミケル・ロドリゲス氏が「課題は経済的利益と地域社会の幸福のバランスを取ることだ」と発言した。
市は、短期賃貸の規制や新しい観光政策を打ち出しているが、それが実際に住宅価格や住民の生活にプラスの影響を与えるかどうかはまだ分からない。観光客数が減少すれば、地元経済への影響も避けられない。
観光に依存しすぎない持続可能な都市づくりを目指し、新たな産業の育成や住民向けの住宅政策を強化する必要がある。バルセロナが「観光客のための街」ではなく、「住民のための街」として機能し続けるために、どのような施策を取っていくのか。持続可能な観光都市としてどのような変革を遂げるのか。バルセロナの苦悩は続く。