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大人の心を癒やすぬいぐるみが人気 発達障害のウサギや臓器の形で不安に寄り添う

World Now 更新日: 公開日:
写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

ADHDや双極性障害のウサギのぬいぐるみ、子宮や乳房の形をしたぬいぐるみ、2キロの重みのあるコアラやナマケモノのぬいぐるみ……。アメリカでは大人や若者をターゲットにした「エモーショナル・サポート」ぬいぐるみがひそかな人気となっている。(堂本かおる=ニューヨーク在住ライター)

ぬいぐるみは、けっして子どもだけのものではなく、大人にとってもメンタルを癒やす機能性を備えた、愛着あるツールとなり得る。自身と重ね合わせられるキャラクターのぬいぐるみは自己の投影対象となり、そこから芽生える共感性によって孤独感を癒やし、または重量のあるやわらかなモノとの身体接触から不安感を減らすことができるのだ。

発達障害やメンタルヘルス問題を表現したぬいぐるみ

プラッシー・ドレッドフルズ(Plushie Dreadfuls)」は、発達障害や精神的な症状や疾患、または極端な性格など、メンタルヘルス問題を持つウサギのぬいぐるみを多種、発売しているブランドだ。デザインはZ世代の若者をターゲットとしたキュートなゴス系。プラッシー(Plushie)は柔らかな生地で作られたぬいぐるみや人形を指し、ドレッドフル(Dreadful)は「恐ろしい、怖い」の意。つまり「怖くて(やわらかい)ぬいぐるみ」だ。

ラインナップはADHD、不安症、境界性パーソナリティー障害、不眠症、自閉スペクトラム症(ASD)、PTSD、うつ、双極性障害、薬物乱用、解離性同一性障害、強迫性障害(OCD)、感覚情報処理障害、姿勢起立性頻脈症候群、 回避性パーソナリティー障害、逆境的小児期体験、怒り、悲しみ、シャイ(引っ込み思案)など実に30種を超える(各45ドル、約7000円)。

どのウサギも原型は可愛いデザインだが、それぞれの症状によって色が異なり、表情も怒りや悲しみ、空虚さなどを表している。加えて多くのウサギにヒビ割れたハートや、カギ裂きの傷痕がアップリケや刺繍で施されている。

愛で傷ついた心をテーマにしたバレンタイン限定ウサギ=プラッシー・ドレッドフルズ公式Xより

公式サイトの、それぞれのウサギのページに症状の説明がある。

ADHDの人は考えが動き出すと、すぐに動き出すよね。たくさんのことが起こっている中で、一直線を維持するのは難しいかもしれない。あなたが多動性、不注意、またはその両方のタイプであっても、あなたの思考はあなたを波にさらっていく可能性がある。一つのことに集中するのは難しいかもしれないが、私たちはそれを単に気を散らすものではなく、同じように興味深い物事の海が心に波を投げかけるものと考えるのが好きなんだよね。プラッシー・ドレッドフルズ公式サイト

ADHDのウサギはソックスを片方しか履いておらず、片目はボタンとXで塞がれている。胴体には思考が四方八方に向かっていることを示すシンボルマーク。ぬいぐるみに付いてくるトートバッグにはたくさんのミツバチがブンブンと飛び回っているイラスト。ADHDの脳内を表しているのだ。

ADHD当事者がこのウサギを自分の分身として身近に置くことで自分は独りじゃないと感じ、勇気付けられるようにと願ってデザインされている。

my mumma bought me the POTS plush toy from plushie dreadfuls and i cried my eyes out. i’ve wanted it for so long (*꒦ິ꒳꒦ີ)♡

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— allie bug ꩜ (@vorpalteeth.bsky.social) 2024年12月26日 20:34
「ママが プラッシー・ドレッドフルズのPOTS(体位性頻脈症候群)のぬいぐるみを買ってくれて、私、泣きまくった。もうずっと欲しかったから」=SNS・blueskyへの投稿より

プラッシー・ドレッドフルズは、著名なゲーム・デザイナーのアメリカン・マギー、ジャン・イェニ夫妻によって2015年に設立されている。

マギーさん自身の説明によれば、マギーさんは母親がレイプされて生まれた子であり、13歳の時に”父親”に会い、殺すと脅迫されている。これが原因でマギーさんは複雑性心的外傷後ストレス障害(CPTSD)を抱えており、同様のトラウマを抱える若者たちのためにプラッシー・ドレッドフルズの制作を始めたと語っている。夫妻は上海にある邸宅をオフィスとし、ぬいぐるみのデザインはイェニさんが担当。現在は2人の子どもとペットの犬と共に幸福な生活を送っている。

ずっしりした重さが安心感を誘うぬいぐるみ

ハギマルズ・ワールド(Hugimals World)」は、抱いたり、ひざに乗せたりすることで安心感を得られる、重量のあるぬいぐるみのブランドだ。メインのラインナップは、ブタ、コアラ、ネコ、ナマケモノ、ゾウ、イヌの6種のぬいぐるみ(各64ドル、約1万円)。

ブランド名の「Hugimals」は「hug(ハグ)」と「animals(アニマルズ)」 を掛け合わせたもの。立ち上げたのは、ヘルス&ウェルネス・ジャーナリストとして20年間にわたってニューヨークの雑誌業界で働いてきたマリーナ・キデケルさん。

ハギマルズ・ワールドのぬいぐるみと創設者マリーナ・キデケルさん=キデケルさんのX投稿より

キデケルさんは夜間に不安感に悩まされることがあり、そうした人に向けた重量のある毛布を使ってみたが、しっくりこなかったと言う。そこで一念発起し、リサーチを重ねて重量のあるぬいぐるみのブランドを立ち上げたのだった。

キデケルさんも試したように、発達障害児や不安症を抱える人のために重さを加えたベストや毛布などは以前から発売されている。しかし誰もが「可愛い」と愛着を持てるぬいぐるみには、毛布やベストにはない魅力があるようだ。

体長約50センチ、重さ約2000グラムのハギマルズは、人間の新生児(米国平均:50センチ、3300グラム)に比べるとやや軽いながら、抱っこした人たちが「赤ちゃんみたい!」と手放せなくなるシーンを次々とTikTok にポストし、評判となった。

ハギマルズのぬいぐるみは腕や脚が若干長く、人間の赤ちゃんを抱っこするように抱くことができる。抱く人が安らぎを得られるよう、色はどれも落ち着いたパステルカラー。中にはハギマルズを上体に乗せて気持ち良さそうに昼寝する男性の動画もある。

ぬいぐるみに次いでキデケルさんは、やはり重みを加えた、抱きかかえるためのハート形クッションも開発、販売開始した。小さなサイズは約2200グラム、大きなサイズは約3600グラム。大きなサイズは両脇にポケットがあり、手を差し入れてクッションを抱きしめられる。

ぬいぐるみであれ、クッションであれ、人はある程度の重みのある柔らかなものを抱きしめると、不思議と安心感を得られるのだと言う。

スティグマとたたかう臓器の形のぬいぐるみ

ナードバグス(nerdbugs)」は臓器のぬいぐるみのブランドだ。心臓、肺、胃、膵臓(すいぞう)、甲状腺、脳、目、歯、神経など全17種の臓器をカラフルで柔らかく、キュートな顔のついたぬいぐるみにしている(30.95~32.95ドル、約4800~5100円)。

ブランドを立ち上げたのは、ロナク・メータ医師。家庭医であるドクター・メータは健康教育の必要性を感じ、そのために「複雑な医学的概念と日常的な理解のギャップを埋めるもの」を作りたかったと語っている。

ナードバグスのぬいぐるみと創設者ロナク・メータ医師=メータ医師の母校の医学部Xより

ナードバグスは子どもへの健康教育のツールとして最適であるだけでなく、病気を患っている人が患部の臓器のぬいぐるみをベッドサイドに置くことで癒やされる効用もある。

公式サイトには、最愛の父親に腎臓提供を行った女性が病院のベッドでオレンジ色の腎臓のぬいぐるみを抱えていたり、背中に大きな手術跡のある少年が脊髄のぬいぐるみを抱えていたりする写真が掲載されている。

ピンクの子宮、ピーチカラーとブラウンの2色がある乳房のぬいぐるみもある。子どもへの健康教育にももちろん使えるが、ごく親しい間柄であれば、それぞれの部位を患う女性への心のこもった贈り物となる。

ナードバグスの目的には、病気やケガによる「スティグマ」をなくすことも含まれている。病気を患って入院を余儀なくされた人の不安や寂しさを和らげるだけでなく、病気によって身体機能に変化が起こったり、手術による傷痕などで外観が変わってしまったりした人の精神的な傷を癒やし、同時に周囲の人に、その変化への理解を促すツールとなり得るのだ。

大人の孤独や不安に一役

3ブランドはいずれも動物や臓器のぬいぐるみであり、ヒトの形をしたものではないが、広義の意味での人形と言える。人は動物であれ、無機物であれ、擬人化して共感や愛着を持つ傾向がある。肺や肝臓といった臓器のぬいぐるみにすら笑顔が刺繍されているのは、それが理由だ。

人形は、一般的には子どもの玩具とされている。子どもにとって人形は自身の投影であり、同時に友だちやきょうだいの役割も果たし、さらに憧れの対象ともなる。

多くの女児は人形にままごとの相手をさせる。母親がする家事育児を見よう見まねでコピーし、自分が大人になったつもりで遊ぶ。大人への憧れと、大人になることへの練習でもある。少し年長になるとリカちゃんやバービーなどのファッション人形を好むのも、自分を投影させつつ、「こんなふうに可愛くなりたい」という憧れの対象としてでもある。

写真はイメージです=gettyimages
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多くの男児はスーパーヒーローのフィギュアを好むが、これも「強く正しい」成人男性になるためのロールモデルと言える。

ただし、近年は既成の男女の役割を子どもに押し付けることへの疑問があり、性別を問わず、好みの人形を自由に選ばせる風潮がある。また、スーパーヒーローではない、人間の男の子の姿をした人形も徐々に増えている。男児にとって、ありのままの自分の投影としての人形だ。

いずれにせよ、人形を抱いて眠る子どもは性別を問わずに多い。理由は、安心感を得られるからだ。

大人がメンタルヘルスのウサギ、重みのあるぬいぐるみ、臓器のぬいぐるみを購入するのも、子どもと同じく不安から逃れ、孤独感を減らし、安心感を得るためだ。であれば、メンタルや身体に不安のある人だけでなく、自分では「問題はない」と思っている大人も人形やぬいぐるみを試してみるといいのかもしれない。もちろん男性も込みだ。自分自身も知らずに抱えている不安を、柔らかく、ほのぼのと、解消してくれるかもしれない。