米ニューヨーク・マンハッタンにある企業のオフィスの多くは、まだコロナ禍前の活況とはほど遠い状況にある。しかし、摩天楼やその周辺では、ハチが休みなくブンブンと飛び回っている。
あのエンパイアステートビルがそうだ。マディソン・スクエア・ガーデンの屋上でも。そして、クライスラービルのテラスも。何千匹という本物の働きバチが、花の蜜を集めては蜂蜜に変えている。
この季節にはそぐわないほどの暖かさとなった2024年11月のある金曜日。クライスラービル11階のテラスで、防護服に身を固めた二人の養蜂士がイタリアミツバチ(訳注=西洋ミツバチの亜種)でいっぱいの二つの巣箱と向き合っていた。
覆いかぶさるようにそびえるクライスラービル(訳注=高さ約320メートル)の尖塔の上ではとても生きながらえないだろうが、「ここなら、完璧さ」とその一人、マシュー・フラッドはいった。
巣箱を開ける前に、フラッドと相棒のタイタス・オギルビー・レインは銀色をした円筒の金属容器から煙を吹きかけ、ハチたちをしずめた。それからバールのような金属製の道具を使って木製の巣箱からいくつもの巣枠を取り出した。それぞれに数百匹が群がり、あふれんばかりの生の蜂蜜ができていた。
ハチたちはマンハッタンにある広大なセントラルパークや近隣のいくつもの庭園から蜜を集め、巣箱に蓄える。越冬するときはその作業をやめて巣にとどまるので、この蜂蜜が栄養源になる。秋の中ごろにはサッカーボールほどの「蜂球(ほうきゅう)」(訳注=女王バチを中心につくられ、中心部では冬季もゆるやかな活動が続く)をつくって温め合うようになり、巣の温度をカ氏95度(セ氏35度)ほどに保とうとする。
ただし、地球の温暖化で「その時期はどんどん遅れる傾向にある」とフラッドは指摘する。
この日の養蜂士二人の作業目的は、蟻酸(ぎさん)で有害なダニ類を巣箱から駆除することにあった。さらに、それぞれの箱を点検して女王バチを探し、ほかのハチたちの健康状態を見た。
これらの巣箱は、デンマークの総領事館と国連代表部の所有物だ。いずれも42丁目通りにあるガラスの壁で囲まれたオフィスビルに入居しており、地上階でクライスラービルとつながっている。
合わせて100人ほどの職員がおり、ミツバチはみんなの好奇心の的であるとともに、心を和ませてもくれると総領事館の広報担当カティンカ・フリス・ペテルセンは話す。「みんな興味津々。誰もが『えっ、ミツバチ飼っているの?!』って感じになる」
仕事を終えた養蜂士たちが地上階で貨物用エレベーターを降りたとき、オギルビー・レインは防護服を着たままだった。このビルで働く人が二人に出くわして、「まだ、ハロウィーンの格好でもしてんのかい?」と冷やかした。
巣箱の管理については、総領事館はニューヨーク・クイーンズのBest Bees社と契約している。フラッドとオギルビー・レインの二人も、ここに雇われている。
そのお得意さんは、ニューヨーク大都市圏のあちこちに散らばっている。たとえばクイーンズのロングアイランドシティーにあるハンターズ・ポイント・サウス集合住宅。ニューヨークと隣接するニュージャージー州のメットライフスタジアム。マディソン・スクエア・ガーデンもそうだ、とこの会社でクリエイティブディレクターを務めるペイジ・ムルハーンは数え上げる。
オギルビー・レインは、マンハッタンにあるソロモン・R・グッゲンハイム美術館の写真・ビデオ部門でアルバイトもしている。あるとき、マディソン・スクエア・ガーデンの屋上にある巣箱を見にいくと、米歌手ビリー・ジョエルのリハーサルをのぞくことができた、とニンマリしながら話す。
Best Bees社のムルハーンによると、都会に巣箱を置くことが人気を呼ぶようになったのは、「持続可能性を追求する幅の広い企業活動」が背景の一端にある。多くの商業ビルが、環境問題について責任を果たしていることをはっきりと示すために、持続可能性にかかわる基準を設けるようになったからだ。
「コロナ禍がヤマを越すと、この活動は本当に盛んになった」とムルハーン。従業員を職場に呼び戻すに際して、「意欲をかき立てたり気分を落ち着かせたりするために、雇用者側は自然を利用した」。その結果、ビルに滝ができたり、「緑の屋上」がつくられたりするようになったというのだ。
マンハッタンにある法人専門の不動産業者「エンパイアステート・リアルティー・トラスト」は、2023年に持続可能性リポートを出している。その中で、エンパイアステートビルやニューヨーク市内のほかの三つの物件にある養蜂施設で計約20万匹のミツバチを飼育している、と記している。
巣箱から採れる蜂蜜は、広口のびんで約100個分にもなる。これを自社物件のテナントや従業員に分け、都会の生物多様性という点でビルが果たす役割について考えてもらうことにしている、とこのリポートにはある。
この業者がマンハッタンの西57丁目通りに所有するビルに入っている建築設計事務所クックフォックス・アーキテクツは、17階のテラスに独自の養蜂場を持っている。その管理は事務所のスタッフたちがしている、と広報担当のジャレッド・A・ギルバートはいう。
一方のエンパイアステートビルを担当する養蜂士はカサンドラ・スパールで、巣箱はその6階に設けられたビルの張り出し部分に置かれている。そこにたどり着くには、朝8時前に来て事務所の窓をよじ登り、飛び降りるようにして外に出なければならない。さらには、マンハッタン東部にある大きな集合住宅スタイタウンの屋上にある巣箱の面倒も見ている。
「ビルに巣箱を置いて最初の数週間はこわがる人が多い」とスパール。「中には、こんなところはまっぴらごめんとやめる人だっている」
でも、と彼女は続けた。「ほとんどの人はミツバチが大好き。だから、私たちが、花粉を集めるこの子たちとの間を取り持つ親善大使の役をしていることを理解してくれると思う」(抄訳、敬称略)
(Patrick McGeehan)©2024 The New York Times
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