ニューヨークの金融街に立つ築115年のフェリー・ターミナルの中に、豊かさの極みというべき空間がある。
壁はイタリアの高級ブランド「ロロ・ピアーナ」のカシミヤでおおわれ、ブルックリン・ブリッジが一望でき、ウェルネスセンターやジャズバーもある。年会費は3900ドル(30歳未満なら2500ドル)。2021年にオープンした「カサ・チプリアーニ」は、ニューヨークで最もにぎやかな会員制クラブのひとつである。
会員には多くの行動ルールがある。「リビングルーム」と呼ばれるスペースでは写真撮影が禁じられている。
2023年、歌手テイラー・スウィフトが、当時ロマンスを騒がれたマシュー・ヒーリーと一緒にいる場面を同伴ゲストが撮影したという理由で、何人かの会員が除名処分になったらしい。服装規定もある。ジーンズが許されるのは、ダメージ加工をしていない場合のみである。
会員制クラブは昔からニューヨークの社交生活の主要な舞台であった。多くの建物は19世紀後半のいわゆる「金ぴか時代」に、人目をひきつけるために細部にいたるまで精巧につくられ、摩天楼にとって代わられるまではニューヨークの観光名所だった。
当時から今に続くクラブもある。セントラルパーク近くにあるいくつかのクラブの建物は超一流の不動産物件で、ニューヨーク市のランドマークに正式に指定されている。
一方、最近次々に誕生している新しい会員制クラブは会費、メンバー資格、提供するアメニティーなどの点で千差万別だ。
ブームの背景には、会社でも家でもない、コミュニティーの感覚を育む「サードプレース(第三の場所)」がコロナ禍で失われたこと、在宅勤務が広がる中で空きオフィスが増えたことがあり、このふたつの空白を埋めるのが会員制クラブなのだ。
大手不動産会社によれば、2024年2月時点のマンハッタンの空きオフィスは9800万平方フィート(訳注=約910万平方メートル、東京ドームに換算すると約195個分)にのぼる。コロナ禍以前の2020年3月と比べると2倍近い。
「コロナ禍でリモートワークという労働環境が広がったが、在宅勤務をする管理職には、人との交流を渇望している人がいます」と語るのは、会員制施設専門のコンサルティング会社を創設したザック・ベイツである。
歴史的に、会員限定のクラブは、性別、人種あるいは階級という尺度で人々の階層を区分してきた。その機能は今も続いている。
2022年にオープンした「アマン・ニューヨーク」は入会金が20万ドルで、さらに年会費がかかる。同年オープンした「カサ・クルス」の入会金は25万ドルから50万ドルだ。
高級レストランチェーンが運営する「ZZ'sクラブ」は入会金2万ドル、年会費は1万ドルと比較的手ごろだが、それはセレブに愛されるレストラン「カーボーン」の唯一の会員限定店舗に入るための費用である。
まったく逆のタイプのクラブが「ベルチ」で、DIYや大学のキャンパスの感覚に近い。月の会費が200ドルから300ドルで、入会金は不要だ。
昨年、ローワー・マンハッタンにある元オフィススペースに1号店をオープンした。「ここはサードスペース、共有のリビングルームとして、約120人が利用している。会員はみんなクリエーティブで芸術家肌の若者たちだ」。そう語るのは「ベルチ」の共同創設者、アナント・バスデバンだ。
会員制クラブが急増したことで、問題も生じている。有名クラブの一つ「ソーホーハウス」は、2023年末にロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンの各施設で新規会員の受け入れ中止を発表した。クラブが過密になっているという苦情があったためだった。
ソーホーハウスは世界40カ所で運営し、18万人の会員を抱えている。1995年に創設され、今日の会員制クラブ隆盛の道を切り開いた存在だ。2021年に積極的に規模を拡大しようと新規株式公開を行ったが、最近ではまた非公開に戻すことを検討している。
はたしてトレンディーなクラブは、時の試練に耐えられるだろうか。
歴史あるクラブは自前の建物を持つが、最近のクラブは賃貸スペースで経営する傾向にある。「ベルチ」と「マックスウェル」、社交ウェルネスクラブの「レメディープレース」がこれにあたる。
「建物を買えたらよかったんだが、まあ、いつかね」とレメディープレース創業者のジョナサン・リアリーは話す。
レンタルでやっているということは、クラブが生き残る上で制約になるかもしれない。ベイラー大学(訳注=米テキサス州にあるミッション系私立大学)の社会学教授で「Members Only: Elite Clubs and the Process of Exclusion(会員限定:エリートクラブと排除のプロセス)」の著書があるダイアナ・ケンドールは、新しいクラブのいくつかは「できたと思ったら消えている」と指摘する。
女性限定を売り物にし、かつて大いに宣伝された「ザ・ウィング」は、2022年に廃業した。
ケンドールはさらにこうも言った。「新しいクラブは、評価の確立した古いクラブの持つ名声やリソースに欠けている。トップレベルにあっても経済の変動に脆弱(ぜいじゃく)で、人材の出入りがあって雇用面が不安定だ」
豊富なアメニティーを提供するクラブの多くは、歓談の機会以上のものを提供している。
「レメディープレース」では、メンバーは高圧酸素室からズーム会議に参加できる。「ゼロボンド」では、皮肉と思うかどうかはともかくとして、ヤッピーたちはトリリオネア(兆万長者)という名のドリンクを楽しめる。
一方、ほとんどサービスを提供しないことを自慢にしているクラブもある。「食事を提供できるちゃんとしたレストランはない。平日は午後6時からしかオープンしないので、シェアオフィスとしてここを使うことはできない」。
ニューヨークのトライベッカ地区(マンハッタン南部)で2023年に開業したばかりの「マックスウェル」の共同創業者デビッド・リトワクは、誇らしげに語る。「会員には自分の酒を保管するロッカーがあり、飲み物は手酌で用意する」。年会費は3千ドルで、入会金は1千~1万2千ドルになる。
いくつかのクラブは、入会基準があいまいだ。「チプリアーニ」のウェブサイトによれば、「当クラブは会員申請を承認または拒否する独自の裁量権を有します」とだけある。
「マックスウェル」の場合は、入会希望者は「バイブ・チェック(訳注=クラブへの適性をみる総合的な人物評価)」をパスする必要がある。「仕事で成功しているかどうかは問題ではない。ヘッジファンドのオーナーもいれば、ヘッジファンドのまったくの平社員もいる」とリトワクは語る。
こうした選別プロセスの存在が実は、プライベートクラブに入会する魅力の一つかもしれない。ケンドールは、「現代社会で多くの人々は、名声を必ずしも得られていない。だが、クラブに入ることで、選ばれた特別な人間だという感覚が得られる」と言う。
図書館、コーヒーショップ、コミュニティーセンターのように、家でも仕事場でもないが、人々がそこでくつろいで時間を過ごすことができる場所を、「サードプレース」と呼ぶ。
ところが、最近この「サードプレース」が存亡の危機に直面している。コロナ禍によって小さい事業の倒産が加速したからだ。ニューヨーク市では2023年、市長エリック・アダムスが、公共図書館の開館時間を短縮し、図書館のプログラムを削減する予算案を発表した(批判を浴びた結果、市長は削減案を撤回した)。アダムスは「ゼロボンド」を愛用する会員として知られる。
こうした社会的空白を会員制クラブで埋めている人もいる。
21歳の芸術家、カリル・ダテラは、「ベルチ」の会員だ。「大学に行かなかった私は、クラブに入って広い世界が開けたように感じた。大学のキャンパスで味わうような、ひとつのコミュニティーに属している感覚はとても貴重だ」と言う。
ダテラは、「ベルチ」のレジデント・メンバー(特別資格会員)であり、これは月会費を払えない場合、会費を免除するかまたは払える額だけでよいという制度である。
しかし、いくつかの決定的な理由で、会員制クラブを「サードプレース」と見なすことはできない。「サードプレース」という用語を1980年代につくった社会学者レイ・オルデンバーグは、著書「The Great Good Place」で理想的なサードプレースの条件を挙げている。
それは、広く門戸を開いていること、くつろげる雰囲気があること、そして「正式な入会・除外の基準」を設けていないこと、などである。
また、会員制クラブが追求する利益は、会員たちの要求と対立することがある。会員は大抵、親密な雰囲気、各個人への行き届いた対応、会員数が増えないことを望む。しかし、クラブの側は利益を追求し、会員数を増やそうとするのが通例だ。
テクノロジー企業に勤務するアーイシャ・ビュイヤン(27)は2023年末、あるクラブに入会した。
経済的に自活できるようにとニューヨーク市から隣のニュージャージー州に引っ越したのだが、友達をもてなす際にクラブを使っている。わざわざ遠い自宅に来てもらわなくてもすむからだ。しかし、クラブの雰囲気は「ビジネスライクで温かみがない」とこぼす。
彼女は自分が入っているクラブの名前を明かさなかったが、会費は月額250ドルということだった。(抄訳、敬称略)
(Anna Kodé)©2024 The New York Times
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