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浴衣、草履、畳敷き…スペインで和風のホテルが盛況 日本人が古民家を改修して開業

People 更新日: 公開日:
佐野徹心さんと妻のヌリさん
佐野徹心さん(右)と妻のヌリさん=2023年、スペイン・カタルーニャ州、佐野徹心さん提供

ホテル「ジャポネスプッチュピノス」はスペイン・カタルーニャ州ソルソーナにある。山々に囲まれたのどかな農村で、夜は星がきれいだ。

サグラダファミリアのあるバルセロナ市内からは車で約2時間、公共交通機関ではやや便が悪いが、20代から60代までのカップル層に支持され、カタルーニャ州の地元の人々だけでなく、首都・マドリードや、大西洋に浮かぶスペイン領カナリア諸島からくる人もいるほど。部屋はいつもほぼ満室だ。佐野さんは言う。

「ホテルを目的にソルソーナまで来られる方が多いですね。先日いらしたカップルのお客様はマドリードから新幹線でバルセロナまで来て、そこからバスとタクシーを乗り継いでいらっしゃいましたよ」

カタルーニャ州ソルソーナの位置=Googleマップより

到着すると、浴衣に着替え、草履に履き替える。部屋は畳が敷かれ、布団で眠りにつく。

トイレはウォシュレット付きだが、使い方を知らない人が多いため、部屋へ案内した際の説明は必須だ。

客を魅了する理由の一つは日本を体験できる空間にある。畳や浴衣などが用意されているほか、茶道や書道などのアクティビティに参加することもできる。

ホテルジャポネスプッチュピノスの客室。畳敷きで、浴衣も用意されている
ホテルジャポネスプッチュピノスの客室。畳敷きで、浴衣も用意されている=佐野徹心さん提供

さらにホテルは「マシア」と呼ばれるカタルーニャの古民家をリフォームしていて、伝統的な建物の中で日本を味わえるデザインにも定評がある。

「リフォームするにあたってはカタルーニャ人建築家と日本人建築家にタッグを組んでもらいました。ホテルには和のエッセンスを取り入れたかったのですが、カタルーニャ人に“和のエッセンス”と言っても理解しきれないので、そこは日本人建築家に担当してもらい、木材を使ったミニマルな感じのデザインにして頂きました。一方で、マシア自体は石造りの家なので、カタルーニャの建築家の方が技術的に得意なんですね。日本とカタルーニャのいいとこどりで仕上げてもらいました」(佐野さん)

またホテルでは環境や森林保全の観点からサステナブルな再生可能エネルギーの使用比率を増やしている。例えばホテルのお湯はバイオマスヒーティングで生まれた熱源で作られている。森で間引きのため伐採された木をチップにして、それを燃やしてお湯を沸かしている。佐野さんは「カタルーニャでは森林が管理されず、荒れているところがあるんです。整備しないと山火事が起こってしまいます。なので、森林を綺麗にしながら、捨てるはずの木を再利用しています」と明かした。

また今年に入ってからはソーラーパネルを設置した。スペインでは日照時間が長く、特に夏は午後9時ごろも明るいため、バイオマスとソーラーを合わせれば大半の電力がまかなえるそうだ。「今は温泉づくりを計画していますよ」と佐野さん。スペイン人たちがゆったり温泉に浸かり、どんな反応を示すのか気になるところだ。

スペインでも深刻な空き家問題

ただ、ホテルオープンまでの道のりは大変だった。

2020年初めに工事を開始。その1カ月半後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、工事が3、4カ月ストップすることになった。佐野さんは、共に事業を行う妻・ヌリさんとホテルの事業自体を続けるかどうか悩み、話し合う日々が続いた。

結果的に事業継続の決断をした背景には、ソルソーナなどの農村地帯を活性化させたいという強い思いがあったからだ。佐野さんは振り返る。

「カタルーニャの農業って、徐々に衰退しているんです。地元の若者も、街に出て仕事をし始める傾向にあります。日本でも同様だと思いますが、だんだんと農業地域が過疎化しているんですね。マシアは農家の人が暮らす家なので、過疎化すると誰にも住まわれなくなり、屋根や壁が崩れてくることがあるんです。すでに壊れてしまっているマシアもあるほどです。私の妻もソルソーナの農家出身なので、それは避けたいという気持ちがあり、2人でなんとかして再生化をめざしていこうと決めました」

和風ホテルのマシアは、もともと妻・ヌリさんの父親が所有していた。マシアは時代ごとに増築されることが多く、ヌリさんの父親のマシアも最も古い部分は1131年に建設された。

その後、代々大きくして、現在の形になったものの、1970年代から空き家状態だった。50年近く誰も住んでいなかったため、電気や水の工事が必要だったが、このまま壊れていく姿を眺めているだけなんてもどかしい。

廃虚寸前のマシアを活用しつつ、ソルソーナの街を活発にするために何かできないだろうか。そこで目を付けたのが、アグリツーリズムだった。農村などで休暇を過ごす旅行スタイルで、カタルーニャでは比較的盛んに行われている。

そこで伝統的なマシアと、日本のエッセンスを掛け合わせたホテル構想が生まれてきたのだった。

カタルーニャの古民家(マシア)をリフォームしたホテルジャポネスプッチュピノスの外観
カタルーニャの古民家(マシア)をリフォームしたホテルジャポネスプッチュピノスの外観=佐野徹心さん提供

佐野さんは今から34年前、12歳の時にカタルーニャ州ソルソーナに移住してきた。日本の大学でロマネスク美術を専攻していた父親が、ソルソーナにある壁画が好きで、家族で移住することになったそうだ。

カタルーニャ州ではスペイン語とカタラン語が公用語となっているが、特に農村地帯などではカタラン語人口の方が多い。しかし佐野一家はソルソーナがカタルーニャ州にあると知らず、カタラン語の存在に気がついたのも移住後だった。

「スペイン語だけだと思ったら、日常で話されている言葉の90%はカタラン語だったんです。『カタラン語なんだ!』と家族で驚いて、二つの言語を学ぶことになったんです」。佐野さんはそう当時を振り返った。

佐野さんは現地の学校に転入した。日本では野球少年だった佐野さんは、持参したグローブやバットを友達に渡して、野球チームづくりに精をだした。

しかし、スペインでは野球がメジャースポーツではない上、地元のサッカーチーム・バルセロナFCの影響力は強く、野球ブームが学校で広がることはなかったが、徐々に友人とのコミュニケーションは活発になっていった。

日本へのこだわり

佐野さんは事業を行う上で、“日本”という部分に大きなこだわりがある。

それは日本で生まれ育ったのだから当たり前かもしれないが、友人らと関わる中で強く自身のルーツに目を向けるようになったからだという。

「カタルーニャ人は自分のアイデンティティーを大事にする人なんですよね。『俺はカタラン人だ。自分の文化、言語を愛している!』という意識が強いんです。自分のアイデンティティーを大切にしないといけないとカタルーニャ人から学んでから、私は自分のルーツのある日本の文化を大事にしていきたいと思いました。日本人としてのアイデンティティーを大事にした時に、相手と対等にコミュニケーションを取れるんじゃないかと感じたんです」(佐野さん)

そこで、父親がもともと行っていたカタルーニャと日本の文化交流を法人化。ホテル事業を始める前には、旅行代理店やイベントのコーディネーション事業を行ってきたほか、13年前にはソルソーナで「レストランキノコ」という日本料理店をオープン。提供した刺し身は、ソルソーナの人には食べなれない食材だったが面白がって食べてくれたそうだ。

こういう光景を見るたびに、佐野さんはいつもカタルーニャと日本の親和性の高さを感じる。

「カタルーニャでは一時、日系企業の誘致活動が盛んでした。今はもう撤退した企業が多いのですが、その後、漫画やアニメが入ってきました。欧州2番目に大きいアニメ関連イベントはバルセロナで開かれていて、16万人以上が訪れるのでチケット入手が困難なほどです。ちなみにスペインで最初にドラゴンボールの放送が始まったのもカタルーニャでした」

30代、40代となったドラゴンボール世代が、佐野さんのホテルで日本文化をさらに体験している。経済と文化が、良い影響を与え合っている。

「これからも日本とカタルーニャの交流は発展していくんじゃないかな」

カタルーニャで膨らむ、日本への愛。

先人の日本人がまいてきた種を、これからは佐野さんたちがさらに育てていく。こうした積み重ねが都市同士、国同士の結びつきを頑丈にしていくのだろう。