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ウクライナ侵攻で加速?プーチン氏のゆがんだジェンダー観 母性と出産を賛美する背景

World Now 更新日: 公開日:
ロンドンのロシア大使館前で、ロシア大統領選に立候補した現職のプーチン大統領を批判する女性たち
ロンドンのロシア大使館前で、ロシア大統領選に立候補した現職のプーチン大統領を批判する女性たち=ロイター。ロシア国内外の各地でプーチン氏に対する抗議運動が相次いだ=2024年3月17日

ロシア大統領選は現職プーチン氏の「圧勝」で終わったが、そもそも野党勢力が立候補すらできないなど、その正統性には疑問符がつく形になった。ロシア国内でも反発の動きは相次ぎ、投票日には抗議活動が起きたが、その中にはフェミニストの女性たちの姿もあった。彼女たちが身を危険にさらしながら「街頭」へと繰り出したのはなぜなのか。背景には、ウクライナ侵攻で加速するプーチン政権のゆがんだジェンダー観があるようだ。(ジャーナリスト・岡野直)

プーチン氏「母性は女性の使命」

「子供を育てる大変さは、基本的に女性が担うもの。男性の役割も極めて大事だが……」

プーチン大統領は選挙戦の「地方遊説」の初日、極東のチュコト地方でこう述べ、6人の子を持つ女性と面会した。ロシア有力紙ベドモスチ(1月11日)によると、この女性から「子だくさんの親に社会保障費がほしい」と要望されたが、それに対する答えがこの発言だった。

こうした言葉遣いに潜むのは、女性を「産む性」とみる価値観だ。ロシア生まれの米国人女性歴史家、アナスターシャ・エデル氏は次のように指摘する(米外交誌「フォーリン・ポリシー」、1月20日)。

「中絶の規制が拡大したため、ロシアの女性はキャリアを築くことよりも、母になる道を選ばざるをえない状況が強まった。彼女らは将来の兵士を育て、教育するというタスクを担うようになる」

「そして、そうした役割を担う女性を守護しようと、プーチン支持者のロシア正教会が『伝統的家族観』を称え、『家庭の面倒をみる』女性を祝福するようになった」

「伝統的家族」とは何か。プーチン氏は「子だくさんが伝統だった」と、次のように述べた。

「ロシアで祖母たち(の世代)は、子供を7、8人、あるいはもっとたくさん産んだ。大家族が、ロシア人の生活様式の基本になるべきだ」(インドのメディアNDTV、昨年11月末)

3月8日の「国際女性デー」はロシアでも伝統的に祝われており、プーチン大統領も毎年、祝辞を述べている。世界的にはこの日に合わせて、ジェンダー不平等について考えさせるメッセージが相次ぐようになっているが、プーチン大統領は今年の祝辞で、女性に敬意を表しつつも「何よりもまず、女性たちに天から与えられた才は、子供を産むことだ。母性は女性の持つ最良の使命だ」などと発言。ジェンダーや多様性の問題をめぐる世界的な動きに逆行するような姿勢を見せた。

2023年の「国際女性デー」を記念し、女性たちを表彰するロシアのプーチン大統領
2023年の「国際女性デー」を記念し、女性たちを表彰するロシアのプーチン大統領=2023年3月8日、モスクワ・クレムリン(ロシア大統領府)、スプートニク/ロイター

「母性を賛美するプーチン氏の本音はセクシズム(性差別)だ」。ロシアで生まれ育った歴史家エデル氏は、そう指摘する。

同氏によると、プーチン氏はしばしば、公の場でも女性を見下すかのようなセクハラ発言を口にすることがあるという。例えば2006年、強制性交の容疑がかけられた中東の国家元首に対し、プーチン氏は「10人も女性がいるとも思えないが」と述べた。

また、ウクライナへの侵攻を本格化させる直前、ウクライナを念頭に「(俺の)言うことを聞けよ、(俺を)気に入ろうと、気に入らなくとも」とフランス大統領との共同会見の場で述べた。この発言は、1970年代にレニングラード(現サンクトペテルブルク)ではやった戯(ざ)れ歌の歌詞の一部を引用したとされ、女性に乱暴する男性をテーマにした内容だったという。

日本人を標的としたセクシズムの例も、エデル氏は引用する。故・安倍晋三首相も出席した会見の場で、プーチン氏は「チェチェンやダゲスタン(ロシア南部)の出生率は高い。それに比べ、日本人は、自分のエネルギーをどこで放出しているんだい」と、からかいの言葉を発した(2016年)。

フェミニスト団体が反戦運動

こうした風潮にあらがうロシアのフェミニスト組織「フェミニスト・反戦抵抗運動」は、ロシア大統領選の最終日(3月17日)に行動を起こした。

SNSのテレグラムを通じて、女性たちにプーチン氏以外の候補に投票するよう呼びかけた。それは反体制派の活動家で獄中死したナワリヌイ氏のグループが主導した抗議活動に加わる形で進められた。

「フェミニスト・反戦抵抗運動」は2022年2月に始まった。ウクライナ侵攻開始直後、あるロシア人ジェンダー研究者が国内約45のフェミニスト団体に結集を呼びかけたのがきっかけだ。SNSで拡散した「決意表明」は次のとおりだった。

「戦争は、ジェンダーの不平等を強め、達成されてきた人権を損ないかねない。あらゆる女性が性暴力に遭遇する危険が、何倍も高まってしまう」

「(プーチン氏の)価値観の根底には...女性の生き方や自己決定や活動が、家父長制に収まらないという人間(女性)への敵意がある。隣国(ウクライナ)にゆがんだ基準とデマゴーグ的な『解放を押し付けようとの欲望や占領政策に、ロシア全土のフェミニストが抵抗すべきだ」

一方、女性による反戦活動も起きている。ウクライナ侵攻に駆り出された兵士たちの帰還を求める母親や妻らのグループ「故郷への道」だ。彼女たちは街頭に繰り出し、「夫を戻して。もう、くたくたです」などと呼びかけている。参加者たちは白いスカーフをかぶっており、南米のフェミニズム運動をほうふつさせる。

ワシントンポスト紙によると、「故郷への道」はSNSテレグラムの公式チャネルで、プーチン大統領に「戦争をやめなさい。でなければ、あなたが前線に行きなさい」と呼びかけたこともある。

しかし、こうした女性たちに対し、治安機関のロシア連邦保安庁(FSB)が、「あなたの親戚を逮捕する」と脅すなどして、圧力をかけたという。

エデル氏はこうした状況について、「運動に参加する女性たちは、わが子や夫の帰還を求める際でさえも、それを言う前に、戦争に賛成している、と言わせられている」と指摘。その上で「女性たちは今、抵抗するよりも、息子や夫を兵隊にとられないよう、ニセの病気の診断書を医者から(わいろを使い)もらうことのほうに力を注ぐようになっている」と明かした。