ウクライナで「領土奪還を断念」派が増加?
ウクライナのゼレンスキー大統領は2月上旬、国民に人気の高いザルジニー総司令官を解任した。昨年春から開始された反転攻勢で領土奪還が適わず、指揮官を交代して巻き返しを図ろうとしている。
しかし、ロシア軍による相次ぐ都市空爆などによって犠牲が膨らむと、領土奪還を望む国民の士気や戦意には陰りが見え始めてきた。
調査機関キーウ国際社会学研究所は、ロシアがウクライナに侵攻して以降、ロシアから奪われた領土奪還について計8回、世論調査を実施している。その中で「ロシアとの和平を達成するため、妥協の可能性についてより多くの点で同意できるのは、次の二つの選択肢のうちどちらですか」と同じ質問を続けている。
二つの選択肢とは以下の通りだ。
- できるだけ早く平和を達成し、独立を維持するために、ウクライナは領土の一部を放棄することができる
- たとえ戦争が長期化し、ウクライナの独立が脅威にさらされるとしても、ウクライナはいかなる状況においても領土を手放すべきではない
昨年12月に行われた最新の調査では、2と回答した人は74%に上ったが、82%だった最初の調査(ロシア軍による大規模侵攻が始まった直後の2022年5月)や、どちらも過去最高の87%を記録した2022年9月(ハルキウ州を奪還した直後)と2023年2月(大規模侵攻の開始から1年後)の調査と比べると減っている。
一方、1と回答した人は最新の調査では19%に達し、調査開始以来、最高となった。
つまり直近では、ウクライナ国民の5人に1人が「国家の独立が維持され、平和が達成されるなら領土奪還断念を受け入れる準備がある」と言える。激しい戦闘が繰り広げられている南部、東部ではその割合が高く、特に東部地域では4人に1人が「領土断念」もやむを得ないと考えていることがうかがえる。
キーウ国際社会学研究所によると、1と回答した人のうちの69%が、今後懸念される「西側諸国からの援助が大幅に削減された場合の行動」として「強固な安全保障を確保して(ロシアとの)敵対行為を停止することが得策」と考えているという。
これに対し、2と答えた人のうち70%は「リスクがあったとしても敵対行為を継続する」考えで、「敵対行為停止」と回答した人(22%)を大幅に上回った。
このことから、ゼレンスキー政権が国民の支持を受けながら領土奪還のための戦闘を続けているが、ウクライナ社会ではたとえ一部の領土を放棄したとしても、早期の平和を望む声が大きくなっていることがわかる。
昨年12月に行われた同研究所の別の調査でも、勝利が得られない状況がにじみ出ている。
「ウクライナ情勢は間違った方向に進んでいるか、それとも正しい方向に進んでいるか」との定例調査において、2022年5月において「完全に正しい方向」(全体の32%)「どちらかと言えば正しい方向」(同36%)の「正しい」派は68%だったのに、2023年12月には双方合わせて54%(「完全に」13%、「どちらかと言えば」41%)に減少した。
これに対し、「間違った方向」派は増えた。「どちらかと言えば」または「完全に」間違った方向に進んでいると答えたのは2022年5月は16%だったが、2023年12月には33%になっている。
キーウ国際社会学研究所のアントン・フルシェツキー氏は、戦況の悪化に伴うウクライナ国民の意識の変化について「楽観主義に下降傾向が見られる」と指摘する。そのうえで、まだ国民の大多数がいかなる譲歩にも反対しており、西側諸国が支援を適切に続けることが「国民感情の(推移の)鍵を握ると考えて間違いない」と訴えている。
ロシアでは「軍事行動支持」派が多数
一方、北大西洋条約機構(NATO)配備の最新鋭兵器に支えられたウクライナ側の反撃をしのいでいるロシア。西側の制裁網を潜り抜けて、BRICS(新興5カ国)やグローバルサウス国との資源取引を活発化させ、戦時下の経済も当初予測より停滞を見せなかった。
ロシア連邦統計局が発表した2023年の国内総生産(GDP)は前年比3.6%増で、同1.2%減だった2022年から大幅にプラスに転じた。世論調査の結果には、そうしたことを背景にした楽観的な国民意識が反映されている。
独立系調査機関レバダセンターが毎年年末に行っている定例調査によれば、「翌年は今年に比べてどんな一年になるか」という問いで、「完全に良くなる」「良くなることを期待する」の「良くなる」派は、71%となり、2022年末に行われた調査に比べると、3ポイント増えた。
制裁の影響を受けた大規模侵攻1年目よりも2年目の方が、暮らしが落ち着いたからこうした結果が出たとも考えられるが、そのうち「完全に良くなる」と答えた層が14%となり、2009年から行われているこの調査で過去最高になったことは目を引く。
さらにこの調査で「来年は悪くなると思う」と答えた層も3%しかいなかった。
また、プーチン政権による軍事行動を支持する国民意識も高止まりのまま推移している。
レバダセンターの定期調査によれば、侵攻開始直後の2022年3月から月1回行われている「ウクライナでのロシア軍の軍事行動を支持しますか」という問いかけに対して、直近の2024年2月で「絶対に支持」「どちらかと言えば支持」の「支持」派は77%を記録した。
「不支持」派が最も多かったのは2022年3月の23%で、20%前後を推移している。
軍事行動支持派を年代別にみると、55歳以上では81%に達した。国営メディアに占められたテレビをよく視聴するとされる層と重なる。年代別では最も不支持派が多い18~24歳の層でも、直近の「不支持」派は23%に止まる一方、支持派は61%を占めた。
調査では、軍事行動の結末についての考えも質問している。これに対し、「ロシアの勝利で終わる」と答えた人は2024年1月で77%に上った。この数字は2022年4月の73%の状態から、2年近くほとんど変わっていない。
ただ、ロシア人は戦争が長期化することもひしひしと感じ取っているようだ。
レバダセンターが戦争の終結時期について「1か月以内」「2か月以内」「2か月から半年以内」「半年から1年以内」「1年以上先」という選択肢から回答を求めたところ、2022年11月からは「1年以上先」を選んだ人が40%以上を占めるようになっており、直近の2024年1月には46%に達した。
ロシア軍は、戦闘の前線である南部・東部だけでなく、キーウやオデッサ、リビウなどの大都市で度重なる都市空爆を行っている。ウクライナ国内での民間人の犠牲者は1万人を超えたとも報告されている。
調査では、民間人を巻き込むロシア軍の軍事行動の賛否も質問。「ウクライナでの破壊行為と民間人の犠牲に対して、自分たちのような人々は道徳的な責任を負っているか?」との問いに、「完全に責任はない」は62%で「責任がある」を大幅に上回っている状況にある。
ウクライナでは連日のように、学校や病院、高層アパートなどが空爆の被害に遭ったり、子どもを含む多くの犠牲者が出ていることが報告されているが、ロシア国内では情報統制がなされ、戦争の酷い現実を知らされていない市民も多いと思われる。
ロシア人、不安も
しかし、だからといって、ロシア国民に不安がまったくないわけではない。
同じくレバダセンターの「軍事行動を続けるべきか?または平和交渉を開始すべきか」との定期調査で、直近の2024年1月には回答者の52%が「平和交渉開始」を支持し、「軍事行動の継続」を支持する人たち(40%)を上回った。
ただ、調査の結果は2022年9月の開始時からあまり変化を見せていない。その理由は「戦争の代償」に関するレバダセンターの調査からうかがいしることができる。この調査では「あなたは特別軍事作戦の参加で、ロシアは高い代償を払っていると思うか」との質問があり、2023年1月の定例調査開始以来、「間違いなく高い代償を払っている」「どちらかと言えば払っている」を合わせた「高い代償」派が65~82%の間を推移している。
直近の2024年1月は66%で、最も高い数値(82%)を記録したのは2023年7月だった。この頃、民間軍事会社「ワグネル」のトップ、エフゲニー・プリゴジン氏(同8月に飛行機墜落で死亡)をめぐる混乱が起きていた。ロシアでは厳しい情報統制がなされているとしても、戦争をめぐる犠牲について、当局も抑えられない重大情報が露見すれば、国民も揺れ動くことがわかる。
さらに戦争の犠牲や損失の悪影響は、社会的弱者や貧困者、大都市に比べ経済規模に開きがある地方都市の住民ほど、より大きく受けると考えているようだ。
大規模侵攻2年目の2023年は、1年目の2022年に比べ「あなたやあなたの家族にとって、全体的にどんな1年だったのか」というレバダセンターの質問に対して、全体的には「2023年は2022年より困難になった」が33%、「2023年は2022年より改善した」が12%、「2023年と2022年の状況は一緒だ」が54%という結果が出た。
しかし、「食費をまかなうゆとりがない」貧困層では、「より困難になった」と答えた人が53%を占めた。
一方で、モスクワのような大都市ほど「より困難」は比較的少なく、居住地の人口が少なくなればなるほど、「より困難」派が増える。それを裏づけるかのように、モスクワでは「2023年は2022年より困難だった」と答えた人は28%しかいないのに、人口10万人までの街に暮らす住民は52%が「より困難だった」と答えている。戦争の長期化に伴い、都市部の富裕層と地方の貧困層の格差が広がってきていることが浮かび上がる。
ロイター通信によれば、2023年の経済成長は軍事予算頼みの面が非常に大きく、ロシアのエコノミストの次のようなコメントを引用している。
「防衛企業がミサイルや砲弾を製造すれば、それらはどこかで使われ、GDPは伸びる。だが、民間経済がその過程で享受する恩恵は乏しい」
足元の実体経済が悪化すれば、国民の不安は増大する。そうしたリスクも抱えながら、ロシアは3月の大統領選挙を迎えることになる。