ムクウェゲ医師が抱く危機感
「この国は地図から消える危険性がある」
2023年10月2日、ノーベル平和賞受賞者のデニ・ムクウェゲ医師は、同年12月のコンゴ大統領選挙に立候補すると表明した際に、そのように述べた。
続けて、医師はこう発言した。この国が「腐敗した」支配階級の手中にあり、「大陸の恥であり、世界の笑い物となり」、そして「分断の脅威にさらされている」。 しかし「我々はこの悲惨な状況を止めることができる」。
その後、医師は「戦争に終結を、飢えに終結を、悪徳に終結を」(end of war, end of famine, end of vice) というスローガンを発表し、それを選挙キャンペーンのポスターに用いている。
ノーベル平和賞をはじめ、世界各地でさまざまな賞を受賞してきた医師の功績は紛争下の性暴力や女性の権利に関するものだが、医師は常にコンゴのガバナンス問題にも強い関心を寄せ、それを批判し続けてきた。
コンゴ(旧ザイール)が独立する5年前の1955年に生まれたムクウェゲ医師は、独立直後の南部カタンガ州の分離独立運動とパトリス・ルムンバ初代首相の暗殺をめぐるコンゴ動乱、それに伴う暴力や避難を幼児のころから経験してきた。
続いて、1962~1997年の32年間のモブツ・セセ・セコ大統領による国家の略奪、縁故主義、荒廃した経済インフラ、劣化した道路や鉄道、蔓延した汚職という国家不機能による悪影響を受けてきた。
そのモブツ政権は1996年の隣国ルワンダの侵攻によって1997年に打倒された。が、それ以来、ムクウェゲ医師は生活拠点のコンゴ東部にて、今度は、紛争下の性暴力と隣国ルワンダ軍の軍事統治という地獄とも言える現実に直面し、コンゴの存続に危機感を抱き続けてきた。
ムクウェゲ医師が言及した「コンゴが消える危険性」「分断」とはどういう意味なのか。そして紛争下の性暴力と闘い、「女を修理する男」という異名を持つムクウェゲ医師は、選挙公約に掲げた「三つの終結」に向けて、コンゴという国を修理できるのか、解説したい。
紛争下の性暴力の目的
「女を修理する男」のあだ名の由来は、長年コンゴを取材してきた、ベルギー人ジャーナリストのコレット・ブラックマンが2012年、ムクウェゲ医師の半生記をまとめた本のタイトル「L'homme qui répare les femmes」(英訳「The man who mends women」)だ。2015年、同じタイトルの映画がベルギーで制作され、日本でも翌年、公開された。
婦人科医のムクウェゲ医師が手術するケースは性器破壊が多く、「集団レイプによって生じる体内の傷を治療する世界一流の専門家」とも呼ばれている。
そもそも紛争下の性暴力とは何か。
国連は、「レイプ、性奴隷制、強制買春、強制妊娠、強制中絶、強制不妊手術、強制結婚、および紛争に直接的または間接的に関連する女性、男性、少女または少年に対して行われる同等の重大な性的暴力の形態」 と定義づけている。
性暴力にはさまざまな形態があるが、残虐な方法として、木の枝、棒、びん、銃身、バナナや熱い石炭などが性器に挿入されたり、時には集団レイプの後、膣が撃たれたりすることもある。
紛争下の性暴力は性欲と関係なく、命を産みだし育てる存在としての女性とその性器を破壊する意図を持って行われる。そのため、ムクウェゲ医師は本行為を性暴力ではなく、「性的テロリズム」と呼んでいる。
紛争下の性暴力の目的は、「住民に屈辱を与え、支配し、恐怖を植え付け、(特定の)民族グループを強制的に移住させる」 、そしてもっと厳密には「いわゆる『望ましくない』(undesirable)人々を追放し、土地や資源を奪取する」ことだ。 その上、性暴力は、住民が二度と故郷に戻れなくすることも目的としており、その結果、ほとんどの避難民は土地を失うおそれがある。
筆者がルワンダ軍に徴兵されたコンゴ難民に聞き取り調査をしたところ、コンゴ東部における「望ましくない」人々とは特定の民族ではなく、鉱山付近やルワンダ政府にとって戦略的地域の住民を指す。ルワンダ軍らはその住民を追い出し、その地域を支配するための手段として、性暴力を使用してきたのだ。
ムクウェゲ医師も共著の論文で、紛争下の性暴力は最終的に、国家的、政治的、文化的な連帯を失い、その後の世代のアイデンティティーに悪影響を及ぼし、混乱を招くことが予想されること、そして最悪の場合、生殖能力のない人々の緩やかな死につながると論じている。
コンゴ東部での性暴力によって、直接の被害者であるサバイバーだけでなく、その家族や近所などコミュニティーにも恐怖と恥が植え付けられた。なぜなら、家の中で、殺害されたばかりの家族の遺体の隣で女性がレイプされたり、レイプされている母親をその子どもに押さえつけさせ、レイプの光景を目撃するよう強要されたりするからだ。
そのため、被害者やそのコミュニティーは活気を失い、多くが永久的に国内外に避難してきた。
コンゴでは1984年以降、人口統計をとっていないため、人口動態は不明だが、国内避難民と難民の数はそれぞれ650万人と90万人で、どちらも世界最大レベルの数だ。
コンゴ東部の特定の地域はゴーストタウンになり、筆者も2007、2008年にUNHCR職員として現地に勤務していた際に、そのような町を数カ所見かけたことがある。カガメ大統領をはじめ、ルワンダ政府の高官もコンゴ東部の農地を収奪しているという。
この「望ましくない」コンゴ人の強制移動と、自称「望ましい」ルワンダ人によるコンゴ東部の空き地・空き家への移住(移植)は、RPFが1990年代にルワンダでとった作戦と全く同じだ。
分断され、ルワンダに併合されたコンゴ東部
ムクウェゲ医師の言う「分断」(balkanization)とは、「領土を第1次世界大戦後のバルカン諸国のように、お互いに政治的に敵対する小国家に分裂させる」という意味で、コンゴにおいて、ルワンダによるコンゴ東部の併合計画を意味する。
この併合はルワンダの1回目の侵攻、2回目の侵攻、つまり第1次コンゴ戦争(1996~1997年)、第2次コンゴ戦争(1998~2003年)の際に、徐々に進まれてきた。
現在、コンゴの領土とともに、コンゴ政府もコンゴ軍もルワンダに乗っ取られているが実態だ。
コンゴの人権に関する国連特別報告者によると、ルワンダがコンゴ東部に侵攻した後の1997年、ルワンダ軍はコンゴの都市の占領に続いて、下級政府高官を除く政治・軍事当局を交代した。そして1997年7月まで、 ルワンダ軍はコンゴ東部の北キブ州の伝統的な酋長を、ほぼ全員をツチに置き換えた。
1999年以降、 ルワンダはコンゴ東部の伝統的な酋長に対して洗脳教育(政治・軍事教育)を実施した。また1998年、ルワンダがコンゴ東部に再侵攻以降、北キブ州の行政システムの実権を握り、現地の知事などを任命した。
コンゴ軍も1997年にモブツの打倒にともなって解体され、新国軍が創設されたが、その際に、多数のツチ系ルワンダ人などの外国人も入隊した。その後の2003年、コンゴで暫定政権が結成され、反政府勢力が国軍に統合した際も、ルワンダ人が紛れ込んだ。
だからこそ、ムクウェゲ医師はコンゴが消滅することに危機を持っている。
ムクウェゲ医師が目指す戦争終結の行方は
ムクウェゲ医師が掲げた「三つの終結」のスローガンの一つ、「飢え」と紛争下の性暴力には、実は深い関係がある。
コンゴ東部は穀倉地帯で畜産業にも適しており、多くの住民は農民だ。そのような恵まれた環境で、住民が飢えることも食糧援助に依存することも、本来はない。しかし性暴力の被害者は、けがやトラウマによって身体的・精神的ともに衰弱し、再びレイプされるのではないかという強い恐怖を抱いているため、農業活動を継続できないことが多い。
また性暴力には通常、略奪が伴い、農具が奪われることもある。女性が食料を生産できないため、食糧不足、重度の栄養失調、貧困が深刻化し、2019年後半、コンゴ東部で長年にわたる人口の複数の避難が原因で、深刻な食糧不足が報告された。
悪徳に関して、1960年の独立以来、コンゴは繰り返し危機に見舞われている。モブツ政権時代に「Se debrouiller」(自分でやりくりせよ)という憲法15条が口頭上、存在していたこともあって、市民の間で「(汚職など悪いことをしてもよいから)やりくりせよ」 という風習が残っているようだ。その上、約30年続く戦争で、特にコンゴ東部は無政府状態だ。
最大の課題は、戦争の終結だ。
強調したいのは、コンゴの戦争は「内戦」ではなく、ルワンダとウガンダによる侵略戦争ということだ。
アメリカ政府や国連が両国の撤退や、ルワンダによる反政府勢力M23への支援を停止するように求めてきたにもかかわらず、その度にルワンダのカガメ大統領は「ルワンダ軍はコンゴにいない」「コンゴの問題はルワンダの問題ではなく、コンゴ人が解決すべきだ」と強硬な態度をとってきた。
ムクウェゲ医師が自著『勇気ある女性たち 性暴力サバイバーの回復する力』(2023年、大月書店)に記しているように、カガメ氏、そして戦争は医師の人生に影響を与えてきた。
ムクウェゲ医師が1999年にコンゴ東部ブカブに建てたパンジ病院に運ばれた最初の患者は、ルワンダ兵による集団レイプの犠牲者だった。 それ以降、同様なケースが悪夢のように続いたことは前述の通りだ。
国際社会に対して、コンゴ戦争における加害者の処罰の必要性を訴え続ける医師に対し、「ルワンダの国営メディアから悪質な中傷攻撃の標的にされ、殺害予告も相次いだ」と書いている。
そして現在、ルワンダ政府が支援していると疑われているM23による紛争の再燃で、コンゴは再びルワンダと緊張関係にある。
コンゴ大統領の任期は5年(再選1回まで)。12月20日投票の大統領選には、ムクウェゲ氏のほか、2期目を目指す現職のチケセディ大統領ら22人が立候補している。
大統領選挙の結果を注視したい。
【2024年2月16日追記】
コンゴ民主共和国の選挙管理委員会は2024年12月31日、現職のフェリックス・チセケディ氏の大統領再選を発表した。
投票率は43%、得票率は、チセケディ氏が73.34%、野党のモイーズ・カトゥンビ氏が10.08%、マルタン・ファユル氏が5.3%。ノーベル平和賞受賞者のデニ・ムクウェゲ氏は0.22%にとどまった。
だが、野党は選挙実施をめぐる混乱を批判した。全国7万5000ヵ所の投票所を実質的に監視したコンゴの教会は、5402件の重大事件の報告を記録した。その多くが有権者名簿の欠落、投票装置の誤作動、投票所の閉鎖、票の買収、投票資料の略奪、選挙人名簿の破れ、投票用紙の詰め込み、投票所への地元の監視員への立ち入り拒否、全投票所の一部が軍学校に設置だった。
よって、キンシャサのカトリック大司教は、投票を「巨大な組織的無秩序」と呼んだ。
2024年1月20日、チセケディ氏の大統領就任式が首都キンシャサで行われた。約15人のアフリカ各国首脳が参列した就任式には、岸田文雄首相の特使として深沢陽一外務大臣政務官が派遣された。
日本の外務省は今回の選挙に関して、「さまざまな困難の中で、民主主義の定着に向けたコンゴ民主共和国国民の強い意思をもって実施されたと考える」と表明した。
ムクウェゲ医師はその前日、声明を発表している。その一部は下記の通りだ。
「我々は、国際外交の無関心と驚くべき黙認を遺憾に思う。民主主義、法の支配、人権といった基本的価値は、頻繁に使われる『二重基準』によって弱体化し、損なわれている」ムクウェゲ医師のX(旧ツイッター)公式アカウントより
— Denis Mukwege (@DenisMukwege) January 20, 2024
確かに、日本政府を含む国際社会の態度は恥ずべきだ。このメッセージを熟思せねばならない。