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ジャニーズ問題 各社対応「右ならえ」になっていないか「ビジネスと人権」での正解は

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蔵元左近弁護士(左)とジャニーズ事務所が入るビル
蔵元左近弁護士(左)とジャニーズ事務所が入るビル

――帝国データバンクによると、9月13日時点で今年「ジャニーズ」タレントを起用した上場企業65社のうち16社、25%ぐらいが今後起用しない方針を示す一方で、49社ぐらいは検討中・続投と回答し、上場企業でも対応が分かれています。こうした動きをどう評価していますか。

企業が、人権の尊重・保護を経営判断の基本に置いて取引停止などを判断・実行していることは非常に素晴らしいことだと思います。私は、ビジネスにおける人権尊重が国際的な流れでもあり非常に重要で、日本企業の中長期的な成長にも利益になるということをずっと申し上げてきたので、意義深いことだと思っています。

ただ専門家の立場からは、それらの判断がビジネスと人権の論理的な枠組みに則しているかが気になります。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」、さらにそれをベースに日本政府が作成した人権尊重ガイドラインでは、契約関係を本当に終了させてしまって、契約から遮断された状態にすることは確かに従来の企業のリスクマネジメント的な発想では正解かもしれないけれども、「ビジネスと人権」の考えでは正解ではないことが明記されています。

自社のテレビCMなど広告や販促物にジャニーズタレントを起用した上場企業は2023 年以降で 65 社。このうち、9月13日時点で放映中のCMなどを「即時中止する」対応を示したのが6社、契約期間満了後に「契約を更新しない」が10社で、25%にあたる16社が「起用しない」方針を表明した
自社のテレビCMなど広告や販促物にジャニーズタレントを起用した上場企業は2023 年以降で 65 社。このうち、9月13日時点で放映中のCMなどを「即時中止する」対応を示したのが6社、契約期間満了後に「契約を更新しない」が10社で、25%にあたる16社が「起用しない」方針を表明した=帝国データバンク発表より

――詳しく教えてください。

「ビジネスと人権」では、企業が人権問題を抱えた相手方の企業に対して、契約関係を基盤として影響力を行使して再発防止や、人権侵害の状況を改善・是正するために働きかけることが被害者にとって一番大事で、それをすべきであると考えます。

そこで、相手方企業の人権問題の存在を知ってしまったから「さようなら」と取引関係や契約関係を終了し、一方的にリスク遮断するリスクマネジメントの考え方は、「ビジネスと人権」の観点からすると好ましくありません。

ただ、日本のメディアでは各社が雪崩を打って取引を終了していると、ある意味センセーショナルに報じられていますが、私はよく見るとそうでもないと思っているんです。

どういうことかと言うと、契約関係を解除することは契約条項にない限りは各企業できないはずで、契約関係を完全終了した日本企業は今のところは多くないと推測しています。各企業とも次の契約更新はしないかもしれないし、テレビCMにも使わないけれど、今も契約関係は続いているというところも多いと思うんです。この点、やや議論が錯綜していると感じますが、契約関係を本当に終了させていない限り、その契約関係をベースにいろいろな働きかけや影響力を行使できるので、そういう意味では私はまったく否定的にはとらえていません。

――蔵元さんは以前から「企業の取引関係の停止は最後の手段であるべきだ」と説いています。被害者の立場に立って人権救済していくことが企業の責任だという立場から、企業が契約関係を続けていることは評価するということですが、企業が実際にどんなアクションを取っているのかも気になります。

契約関連が続いている前提で、その契約関係を基盤に働きかけ・影響力の行使をするのは重要ですが、影響力の行使の仕方も問われます。

つまり、ただ「是正してください」「人権を尊重する取り組みにもっと努めてください」というような働きかけでは抽象的な言葉にすぎません。もっと具体的に、例えば「わが社としてはABCDが必要だと考える。それぞれ何月何日までやってほしい。そうすることによって、○○のロジックで被害者救済と再発防止が実現できると思う。もしもABCDをしない場合には契約関係を終了する」とか、「契約満了後は再度更新しない」とか具体的なアクションリストを提示しないと、積極的な影響力の行使には不十分です。

会見に臨むジャニーズ事務所の東山紀之氏と藤島ジュリー景子氏(右)
会見に臨むジャニーズ事務所の東山紀之氏と藤島ジュリー景子氏(右)=2023年9月7日、東京都千代田区、朝日新聞社

もう一つ重要な点は、企業の説明責任です。企業は人権を尊重する責任があるからこそ、取引の相手方に対していろんな働きかけをする責任が発生しているわけで、どういうような働きかけをしているのか外部に分かりやすく説明する責任もあるんです。何でもかんでも情報開示すべきだとは言いません。けれど、できる限りの範囲で情報開示も含めて働きかけ・影響力を行使することが企業の責任だと日本政府のガイドラインも言っています。

従って、もしかしたら期限を設定して具体的なアクションリストを提示した日本企業もあるかもしれないですが、報道の限りでは少なそうだし、仮にあるとしても、そこまで情報開示している日本企業は私の知る限り存在しなくて、その点が不十分だと思います。

――日本の大手企業には、公表はしなかったにしても水面下でジャニーズ事務所に働きかけて、その結果、9月の事務所会見後に契約を更新しないと公表したところがあったそうです。これについてはどう思いますか。

これまでにいろんなタイミングがありました。3月のイギリスBBCのドキュメンタリー放送の時点、8月末の外部有識者による「再発防止特別チーム」の報告会見、最終的にジャニーズ事務所の会見です。

3月のBBCの番組放送時点で、社会的に大々的な問題になりましたし、4月にカウアン・オカモトさんが日本外国特派員協会で会見して、国際的な報道を受けて国内でも報道がかなり本格化し始めたので、その時点で事務所への働きかけはすべきだったし、内々で働きかけをしていた企業もあるかもしれませんが、それならば対外的に表明すべきだったと思います。

表明といっても、ソフトな表明もできて、「事実かどうかは分からないけれども、ここまで大々的に報道されて、わが社の人権方針上、非常に懸念している。事実の究明を含めて、ここまでを一定の期限としてぜひ調査を行って欲しい」という程度は、対外的に表明していいと思うんですね。

ジャニーズ事務所の入るビル
ジャニーズ事務所の入るビル=2023年9月15日、東京都港区、朝日新聞社ヘリから

少なくとも8月末の再発防止特別チームの調査報告時点で、あれはかなり具体的に事実関係が明らかになりましたし信頼性も認められるので、そこで何らかの対外的な意思表明はできたし、すべきだったと思うんです。けれども、そうした企業はほぼ存在しなかったと思います。そうしたところ、一気に(9月7日の)ジャニーズ事務所の会見後に(契約停止表明の)ドミノ現象が起きたわけですが、外部への意思表明が非常に遅いと思います。

 ――なぜ遅くなったのでしょうか。

やっぱり目立ちたくないという意識が強かったように思われます。(ジャニーズタレント起用見直し方針公表は)飲料大手のアサヒグループホールディングスが先陣を切ったと思うんですが、ほかの企業も「これは後に続かないとまずい」と続いたような要素が見え隠れしていた点は、非常に懸念しています。

 私が日頃、日本企業の経営をサポートしていて思うのが、日本的組織の弱さです。なんと言うか、目立ちたくない、横並び。「忖度(そんたく)」もそれに連なっていると思います。自主的に積極的に行動して、自分が「ファーストペンギン」(リスクを怖れず真っ先に行動する者)になるのもいとわない、そしてそれをちゃんと外部に説明する。逆に行動しない場合も理由を示して「だから行動しませんでした」と説明することをしない。そこが日本的組織や私を含めた日本人の弱みで、今回の問題につながっていると思います。

だから、今回の事件を私は非常に重大な問題だと思っています。このような事態を繰り返させないためには、再発防止のためのしくみ作り、メカニズム作りが非常に大事です。それだけでなく、根底にある「右にならえ」の体質、考え方が、今回の問題の発生から今までに至るところにつながっている潜在的な問題であることは間違いないと思うので、明確に自覚し、分析して、日本的組織の弊害が生じにくいようなメカニズムを作っていかないといけないと思います。

――企業として「ビジネスと人権」と「リスクマネジメント」のどちらも見なくてはいけない中で、所属タレントを起用し続けることで消費者から批判されたりボイコットに遭ったりするかもしれません。経済的利益を度外視しても契約関係を続けて、ジャニーズ事務所を見守り、是正を促しますと言えるかはとても難しい判断に思えますが、専門家の立場でどのように企業に助言しますか。 

確かに、私も企業をサポートしているのでリスク管理をきちんとしたいという視点は理解できますし、これまでそれが当然のように考えられてきたことは理解しています。

ただ、大きな視点で言うと、「ビジネスと人権」とか、そこと連なるSDGsESG(環境・社会・ガバナンス)、ステークホルダー資本主義の考え方は、企業が、企業を取り巻くいろんなステークホルダーの利益にかなう経営を進めることで、企業の短期的な利益には必ずしもそぐわないかもしれないけど、長い視点で見ると社会からの信頼が確保されて、企業の中長期的な利益に合致する、つまり判断の時間軸を長くとることで、社会の利益と企業から見た利益がほぼ重なり合うという思想に基づいているんです。

確かに短期的には、「事務所を潰せ」といった世論が沸騰している状況が一部でありますし、それに従ってジャニーズ事務所の経営も所属タレントのことも、再発防止もあまり考えないで、とにかく契約関係を早く終了させることを目指して対応していくことが一見それなりの支持を集めるかもしれません。 

会見で記者の質問に答える東山紀之氏
会見で記者の質問に答える東山紀之氏=2023年9月7日、東京都千代田区、朝日新聞社

けれども、社会が後々落ち着いて本件をより深く考えるようになった時に、契約関係の維持を漫然と行うのでもなく、期限の設定も含めて情報開示をしながら厳しく監視し、適切に影響力を行使していたことをアピールできれば、そういう企業の方がおそらく信頼も得られると思います。企業の中長期的な利益にどちらが貢献できるか考えると、私の立場の方が企業にとってより良いのではないかと考えます。

――国連の「ビジネスと人権」指導原則は、被害者の救済にも着目すべきだと強く打ち出していますね。

「ビジネスと人権」は見方を転換しているんです。つまり、企業を取り巻くステークホルダー、利害関係者の利益を考えて、その利益のために企業がどう貢献できるかを考えます。別に企業に「お人よしになりなさい」と言っている趣旨ではないんです。企業がたとえば50年後、100年後に振り返ったときに、中長期的に企業の社会的信頼につながるような行為である限りは、それを積極的にやるべきです。

本件で言うと、重要なステークホルダーは、何よりやはり被害者ですよね。ですから被害者の利益を第一に考えてみて、その被害者の救済かつ再発防止のために、企業がまだ最終的には終了していない契約関係をベースに、いかに具体的な働きかけをしていくかが求められます。

――人権侵害を起こした企業に各社がそれぞれ具体的なアクションを求めると対応しきれないような気がしますが、働きかけをまとめる組織や仕組みもあるのでしょうか。

そのための組織は今のところはそれほど多くないと思うんですが、業界団体でやってよいと言われています。専門的には「集団的なエンゲージメント(働きかけ)」と呼ばれますが、国連の「ビジネスと人権」指導原則は、集団的エンゲージメントによって相手企業への影響力を増すことを考えなさいと言っています。

例えば、今は逆転したかもしれないですが、テレビ各局は力関係でこれまではジャニーズ事務所に対して弱かったと思うんです。今後、同じような問題が発生した場合に、テレビ局が共同で対応する必要があれば、民放連が媒介してプラットフォーム的なものになってもいいし、BPO(放送倫理・番組向上機構)がテレビ各局の負っている本来の責任を踏まえて働きかけてもいいと思います。テレビ局に限らず日本には各業界団体ありますので、そこが集団で具体的なメッセージを出して、本件ならジャニーズ事務所に対して働きかけをすることができたし、してもいいと思います。

――メディアの責任についても伺います。朝日新聞社も含めて、メディア各社は「人権侵害は許されない」と対外的に文書を出したりしていますが、なぜジャニーズ問題を報じてこなかったかといった内部検証は不十分との指摘もあります。

メディアの方が自分たちを一般の企業として位置づけていないことが、ある意味、悪く出ている面もあると思うんです。社会を報道によって監視して良くするジャーナリストとしての役割と責任を担っていると考えていると思うし、そこは尊敬もするんですが、日本は資本主義社会なので、企業として設立・運営されている経済的な実態があるわけです。だから企業として合理的に、適正に運営することも当然求められているはずなんですが、メディアの方は、いまいち、その認識が薄い気がします。

ジャニーズ事務所問題でも、報道する責任を果たさなかったことは痛感されていると思うんですが、そこに考えが行きすぎて、企業として適切な運営をしてきたのか、これから再発防止のためにどういう企業運営をしていくべきなのかという認識・思考がそれほどできていないと思います。

同じような事態を二度と繰り返さないために、どういう仕組みをメディア内部で作っていくかということが重要です。具体的にどんな仕組みを考えるかというと、本件に即して言うと「ビジネスと人権」ですし、コンプライアンスという従来の考えとのミックスが必要だと思います。そのためには、企業として、NHKの場合は事業体として、どこに問題があったのかをまず突き止めて事実を究明しないと仕組みを作りようがありません。

単なる「犯罪者」(報道を妨げた関係者)を探し出すという意味ではなく、メカニズムを作るために不可欠な準備作業として、社内調査で事実究明をする必要があります。それが「ビジネスと人権」の考えで言うと「人権デューデリジェンス」(人権DD)に該当します。

つまり報道機関としてやるべきことは人権DDで、本件でいえば、これまでの何が問題だったのかを社内調査をすることになります。調査を行った上で、例えば人権方針を策定したり、従来のものが不十分だったのであれば改訂したりする必要があります。

国連人権理事会の作業部会に続いて会見した「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー
国連人権理事会の作業部会に続いて会見した「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー=2023年8月4日、東京都千代田区の日本記者クラブ、松本敏之撮影

(支援している)「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の要請書にも書いていますが、メディア企業内部に人権担当部署の設置、あるいは既存の方が兼任してもいいので、責任を担う人をきちんと決める必要があります。同じような事件が発生した場合に責任を持って対応できるようにする必要があります。

今回のような事案では、タレントが(所属先の)ジャニーズ事務所内部の通報窓口に通報することは難しいことが考えられるので、例えばテレビ局や新聞社に、そうしたメディア外部からの人たちからの通報をきちんと受け付けて、最終的には当局に通報する、あるいはジャニーズ事務所に具体的な是正策を求める窓口を設置する必要があると思います。

――ジャニーズ問題を契機に、日本企業の「ビジネスと人権」にどのような進展を望みますか。

今回のような事案の再発防止のためにも、日本企業の経営を進化させるという意味でも、「ビジネスと人権」のコンセプトにもっと深い理解が必要です。それをベースに、ジャニーズ事務所への契約の停止なのか継続なのか、完全終了なのか、そこの腑分けが重要ですが、契約関係を維持しつつ適正に影響力を行使するっていうことを日本企業が、「右へならえ」ではなく、個社レベルで自主的に判断して、かつ情報開示をすることができるようになっていくことを願っていますし、私もそのために力を尽くしたいと思います