――ラグビーは「多様性」のスポーツだと聞きます。いったいどういうことでしょう。
まず競技自体の多様性があります。ラグビーは15人対15人で戦う競技で、フィールドに立つのは合計30人。スポーツの中では出場選手が最も多く、ポジションも10あって、役割もそれぞれまったく違うんです。となると、各選手が試合中に見ている「景色」も違うし、プレーも違う。
でもそういった多様なメンバーが目指すのは、勝利という同じ目標。みんなが一つのチームとして勝利に向かう、それがラグビーの大きな魅力だと思います。
代表選手たちの国籍も多様です。ある国の代表になるのに、その国の国籍を持っていなくても、居住年数などといった条件をクリアすれば代表選手になれるのです。
いざ自分が代表に選ばれれば、たとえそれが母国ではなかったとしても、代表ジャージーに誇りを持ち、勝利を目指すというのがユニークです。
日本代表が勝てなかったころ、「なんで日本代表に外国人選手がいるんだ」という批判がたくさんありました。でも自分も出場した2015年のワールドカップで強豪国の南アフリカを破ってからは、そういう声は聞かなくなりました。
日本代表を見る目が一転したのは、勝利した相手が、世界のトップチームである南アフリカだったというのも大きかったでしょう。試合前までは世界中の人たちが「日本が勝てるわけない」と思っていたでしょうから。強豪相手に、日本人も外国人も関係なく、一つの日本代表としてジャイアントキリング(番狂わせ)を達成したインパクトは大きかったのではないでしょうか。
また、日本で開催された2019年のワールドカップもあれだけ盛り上がったというのは、もちろん日本としては初めてのベスト8という結果もあったのでしょうが、何より、様々な出身国の選手で構成された日本代表チームが一つになって、体を張ってボールを追いかけ、つなぎ、勝利に向かったからだと思うんですよね。その姿に多くの日本人が共感したからこそだと思っています。日本代表のスローガンだった「ONE TEAM(ワンチーム)」がこの年の流行語大賞に選ばれたのも、その表れだと思います。
今は規定が変わったのですが、自分が現役の時は、一度ある国の代表選手になったらほかの国の代表にはなれなかったんです。例えばもしニュージーランド出身の選手が日本代表として1試合でも出場したら、もう母国の代表になれない。だから外国出身の選手たちというのはそれだけの覚悟を持って日本代表でプレーしてくれてるんですよね。「日本のために」という気持ちは本当に強いんだと思います。
あと、日本代表だけを見て、外国出身者が多いと思われがちですが、ニュージーランドやイングランド、フランスといった強豪国の代表チームも半分ぐらいは外国出身選手が占めていたりします。
――多様性だけでなく、ラグビーが重んずる価値観は「ラグビー憲章」にも表れていると聞きました。
はい。「品位」「尊重」「結束」「情熱」「規律」ですね。普段からラグビー憲章を「意識しようぜ」ということはないのですが、でも結局、この五つの言葉が全部ラグビーには当てはまるんですよね。そしてそういう気持ちを持ってプレーしているチームというのはやはり強いなと思います。
自分がラグビーを始めたきっかけも、こういったラグビーが掲げる精神性にひかれたのが大きな理由の一つです。自分は高校まで野球をやっていて、大学に入った当初もそのまま野球を続けようと思っていました。
体が大きいので、ラグビー部の先輩が目をかけてくれて、熱心に勧誘してくれたんです。最初は断っていたのですが、あまりに熱心に勧誘してくれるので、まあ一度ぐらい見学しないと失礼かなと思い、練習を見に行きました。
もちろん、ラグビーなのでバチバチタックルしたり、走り込みしたり、練習はきつそうだったんですが、練習の合間や終わった後の部員たちは、上級生も下級生も関係なく、フラットな感じの雰囲気ですごくよかったんです。それまで自分がやってきた野球は上下関係がしっかりしていて、それとは全く違ったんですよね。ラグビー部の仲間になったら大学生活も楽しいだろうなと思って入部したのが、ラグビーを始めたきっかけです。
ただね、そういういい雰囲気っていうのは、大学の部活だけじゃなかったんですよ。社会人になって入った東芝府中ラグビー部(現・東芝ブレイブルーパス東京)もそうでした。先輩とか後輩とか関係なくニックネームで呼び合ったり、普通にフランクに話したり。ニュージーランドにラグビー留学したときも同じでした。選手たちの関係はすごくフラット。日本から来た自分をものすごく歓迎してくれました。
――対戦相手との関係はいかがですか。ラグビーは「格闘技」と言われるほど、試合では激しくぶつかります。
今は体のリカバリーの関係などでやっていないのですが、それこそ以前は「アフターマッチファンクション」と言って、試合後、両チームが親睦会を開いていました。ラグビーの伝統で、ビールで乾杯しながらお互いの健闘をたたえ合うのです。必ずそういう時間が用意されていたんですね。
試合中、馬乗りになって殴ってきた相手の選手が寄ってきて、「試合の時はごめんね」って言ってくれたり。本当にいい時間です。
――観客はどうでしょうか。サッカーや野球ではしばしばファン同士がヒートアップして衝突することもあります。
自分も最近、サッカーの試合を見に行きましたが、客席自体、「ここから先はどこどこのチームのジャージーを着ている人しか入れません」と言われて、徹底して分けていますね。でもラグビーはそんなことはなくて、隣に相手チームのファンが座ることもよくあります。それでもめることもありませんし、フーリガンという言葉もありません。
前回大会で日本が「大金星」を挙げたアイルランド戦では、隣同士に座った日本人とアイルランドの人がすごく仲良くなって、試合前から一緒に酒を飲み、終わった後も一緒に飲みに行ったみたいなエピソードを聞いたことがあります。
彼らはラグビーの楽しみ方を知っていますよね。試合の勝ち負けだけではなくて、ワールドカップ自体を楽しむことが大事なんだということを理解しているファンが多いのかなと思います。
それこそ2015年のワールドカップで南アフリカに勝ったとき、試合後に客席の日本人ファンと握手したり、サインを書いたりしていたら、南アフリカの人が自分の国の国旗を持ってきて、サインしてくれと言ってきました。自分が応援しているチームが格下と言われるチームに負けたら悔しいはずなんですが、ファンにも自然とラグビー憲章というか、ラグビーの精神性や価値観が根付いているのかなと思いますね。
――今大会が開かれるフランスもラグビー強豪国ですね。フランスのラグビーをどう評価しますか。
ラグビーは元々、イングランドが発祥です。それから当時の大英帝国内で、各地の植民地に広がっていきました。英語圏ではないフランスで人気が出たというのは興味深いですよね。
フランスのプレースタイルはかつて「シャンパンラグビー」と言われました。ボールを持っている人の周りにサポートする仲間たちが次々と現れ、ボールがどんどんつながっていくんです。まるでシャンパンの泡がはじけるようなので、そう呼ばれているのですが、華やかなプレースタイルですよね。
――大野さんは「2023年フランス観光親善大使」(フランス観光開発機構が任命)として、大会会場も見て回ったそうですね。地元の人たちの盛り上がりはどうですか。
フランスで最も熱気があるなと感じたのは南部のトゥールーズです。地元のチームがフランス最高峰のプロリーグに所属していて、市民が全力で応援しています。町のあちこちにチームの旗が掲げられています。優勝した時には町の中心部にある広場で報告会があり、何万人というレベルで人が集まりました。ラグビーで町が一つになっているなというのを感じますね。
自分も2007年のワールドカップ(主会場はフランス)のとき、トゥールーズのスタジアムでプレーしました。日本代表のベースキャンプ地でもあったんです。日本の対戦相手はフィジーで、当時の実力ではフィジーが勝つだろうという前評判の中、負けはしましたけど日本代表は4点差まで食い下がったんです。試合が終わる直前、スタジアム中が「ジャポン」コールにつつまれ、後押しされる気持ちでした。
翌日、ほかの選手たちと市内に繰り出し、街を周遊する観光バスに乗ったんですね。降りるときに料金を払おうとしたら運転手が「お前ら昨日試合をした日本代表選手だろ?いい試合だったからお金はいらないよ」って言ってくれて(笑)。
その後パブに行ったんですが、そこでも「いい試合したからお金はいらない」と(笑)。ラグビーが根付き、目が利く人が多いトゥールーズの人たちに日本のラグビーが少しは認められたのかなと思って、すごくうれしかったですね。
スタジアムも今回、改めて見学したのですが、いいんですよ。当時は試合に集中していたのでゆっくりスタジアムを見渡す余裕はなかったのですが、すごくいいなと思いました。一番いいのは、お客さんとの距離が近いことですね。一体感が得られる気がしました。
そして今回もトゥールーズは日本代表のベースキャンプ地になっています。選手団が到着した際、早速大歓迎を受けていましたね。選手にとってはとてもポジティブな効果があると思います。
――日本代表への期待や、どんなところに注目していますか。
10月に現地で観戦する予定ですが、まずはハードワークの部分ですね。相手にタックルされて倒れても、またすぐ立ち上がって次のプレー、役割をこなすという点です。やっぱり倒れたまま「寝ている」選手がどれだけ少ないかというところが重要ですね。
日本代表は体格的に世界の強豪に劣るので、その代わり、運動量で頑張ろうって、自分が現役時代は意識していました。それこそ当時の日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチから、その練習を繰り返しやるように言われていました。
あとはスクラムやラインアウトといったセットプレー(止まったところから始めるプレー)も注目しています。こういうところでしっかり組み立てられればその後のゲーム展開も思うように持って行けるので。強豪国と渡り合うための鍵になります。
日本代表はワールドカップ前の7、8月、テストマッチでは結果を出せていませんが、ラグビーの国際統括団体「ワールドラグビー」から日本は世界最上位層の「ハイパフォーマンスユニオン」に選ばれたんです。
以前は「ティア1」という言い方でしたが、今はハイパフォーマンスユニオンと呼び名が変わりまして、いずれにしても強豪国として認められたと言えます。
今後はニュージーランドやイングランド、オーストラリア、南アフリカと言った強豪国とテストマッチを組みやすくなるのではないかと思います。そうなれば代表チームとしての強化がさらに進むと期待しています。
今大会について言えば、まずは初戦のチリ戦に集中です。しっかり勝って、自信を持ってイングランドやサモア、アルゼンチンという強豪国に挑むというのがいい形ですね。
イングランドはここ最近、調子を落としているようですし、今の日本代表はどこの国とやっても勝てるんじゃないかという期待感があります。
――今回の日本代表には、大野さんも一緒にプレーしたことがある選手も参加しています。
例えばリーチマイケル選手や堀江翔太選手ですね。今はベテランになりましたが、まだまだ元気ですよ。特にリーチマイケル選手は彼の競技人生、今がピークじゃないんですかね。4年前はキャプテンだったので重圧もあったでしょうが、今回はそれから解放されて、一プレーヤーとして自分のプレーに集中できる状況なので。
一方でベテラン選手たちが言うには、若い選手たちもすごく理解度が高いそうです。つまり、チームとしてこういう戦術をやってみようと決めたら、すぐに実行できてしまうという。今やインターネットを使えば世界のチームがどんなラグビーをやっているのか情報を入手できるので、そういう意味でも研究しているんだと思います。
――大野さんと言えば日本代表98キャップという偉大な記録、これは歴代最多になりますね。とりわけワールドカップについてはどんな思い出がありますか。
なんですかね、目の前のことを一生懸命やっていたらいつのまにか98までたどり着いたって感じですね。
まさか自分が日本代表になるなんて思ってもみませんでしたし、さらには98試合も出たなんてね。
ワールドカップだって一度でいいから出場したいというぐらいの思いだったんですけど、2007年の大会で初出場して、でも1勝もできなくて。そのとき、「ワールドカップの舞台で勝ったら、どんな気持ちになるんだろう」という目標をもらって、それが「ブライトンの奇跡」と言われた、2015年ワールドカップでの南アフリカ戦勝利につながったと思いますね。
あのとき自分はすでに37歳。代表入りしたのが34歳とかなんですけど、その時、エディーさんはメディアからベテラン選手についてコメントを求められ、「今回大野は代表に招集したけど、おそらく2015年のワールドカップではプレーしてないだろう。でも今のチームに必要だから呼んだ」と言ったらしいんです(笑)。
確かにまだ体は動くんだけど、ワールドカップまでの4年間、エディーさんの過酷な練習に耐えて大会出場を勝ち取る自信はなかったんです。だから妙に納得したんですけど、それでも、いつか代表を外されるのなら、その日を一日でも遅らせてやろうっていうモチベーションがわいてきて、練習に励みました。
そして4年後。最終メンバー入りして、しかも南アフリカに勝って。自分でも不可能、無理だって思っていたようなことも、自分の気持ちと頑張り次第では実現できるんだっていうことを、身をもって示すことができたのはよかったです。
――エディーさんをいわば見返した格好になったわけですが、本人から何か言われましたか。
いや、それはないんですけど、2015年のワールドカップ直前にまたメディアの取材に対して、エディーさんはこう言ったらしいです。「大野が15人いれば日本はワールドカップで優勝できる」と(笑)。
まあ、うれしいですね。自分のラグビーに取り組む姿勢を評価してくれたんだなと思いましたね。
――逆境をバネにするタイプでしょうか。
どちらかと言えばそうなんでしょうね。東芝に入ったときも、まさか自分がレギュラーになるとは思っていませんでしたし、さらには日本代表になるなんてことも思っていませんでした。周りの選手たちも、おそらく3、4年でやめていくんだろうと思ったのではないですかね。でもね、東芝に入りたくても入れない選手が日本中にたくさんいる中で、せっかくチャンスをもらったんだから、何かしらの爪痕は残してやろうとトレーニングに励んだ記憶があります。
――ラグビーから得た経験の中で、何が一番貴重でしたか。
何ですかね、それこそ最初の話じゃないですけど多様性の尊重じゃないですかね。世の中には色んな人がいて当たり前なんだよっていう。ラグビーのおかげで自然とそういう視点を受け入れられるようになりましたし、自分と考えが違う人がいても、そういう人がいるからむしろ世の中が回っているんだと思えるようになりました。