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大坂選手が提起したアスリートのメンタルヘルス ラグビー元日本代表の畠山選手も過去に苦悩

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2019年9月の東レ・パンパシフィックで優勝し、表彰式で優勝盾を掲げる大坂なおみ選手=大阪市西区
2019年9月の東レ・パンパシフィックで優勝し、表彰式で優勝盾を掲げる大坂なおみ選手=大阪市西区

畠山健介さん=2019年9月
畠山健介さん=2019年9月

――大坂選手がメンタルヘルスを理由に記者会見の拒否をTwitterで表明したとき、畠山さんも「議論の本質はメンタルヘルスの問題だ」とツイートしました。

日本には昔から「心技体」という言葉があります。つまり、アスリートがハイレベルなパフォーマンスを実現するには、いかに心技体のバランスを保つことが大事かということです。

大坂選手はフィジカルもスキルもあるので、ついそこに注目が集まりがちなのですが、心も重要です。僕自身、特に海外でプレーするようになってそれを感じます。選手自身、平常心を保つよう徹底していますし、周りのケアやサポートも手厚い。

大坂選手もおそらくそうした環境の中にいたのだと思います。それでも、彼女はメンタルの不調を訴え、その要因として記者会見を挙げた。これは彼女にとってとても深刻な問題なんだろうと思いました。

僕は彼女の勇気と行動には100パーセント同意し、応援したいと思いました。

にもかかわらずメディア、特に日本のメディアは「記者会見拒否」ばかりに注目した報じ方が多かったような印象です。

彼女がなぜ記者会見を拒否するのか、彼女ほどの選手が、反発も予想されることをなぜ訴えたのか。まだまだアスリートのメンタルヘルスについて議論が深まっていないなと感じました。

心技体という言葉はまず、「心」が最初にきますよね。精神を重んじる日本ならではだと思うのですが、だからこそ、今回の問題では思うところがありました。

――「思うところ」というのは、残念だったという意味でしょうか。

残念というより、今はインターネットの影響もあって、アスリートたちはわかりやすい「すごさ」を求められがちだと思うんですね。

これぐらい速く走れるとか、こんなに重いものを持ち上げられるとか、そういった記録的なものから、スーパープレーのようなものまで。だからメディアもこぞってそこを報じるわけですね。

これに対し、メンタルは目に見えないので、非常にわかりにくい部分だと思います。でもだからこそ、それをいろんな角度からわかりやすく説明して問題や課題を可視化して欲しいとメディアには期待します。

そうすれば、彼女が記者会見を拒否したことについて納得したり、この問題について考えたりする人が増えるんじゃないかと思います。その意味で、メディアがもっとできることがあるんじゃないかと。

記者会見の質問内容がフォーカスされますけど、それはまあ、色々な記者がいて、質問も色々です。

記者がどんな質問をするかは、記者自身のリテラシーの問題であり、記者会見する側が記者と話し合って、「これは質問していい」「これはだめ」とか、決めるというのもおかしな話だと思うんです。

実際、いろんな論評や報じ方はありながらも、メディアが報道したからテニスという競技もここまで発展することができたと思うんですよ。

なので、記者の存在を否定するようなことがあってはならないと思います。時にはコントロールしにくい質問も飛ぶでしょう。大坂選手にしても、そういうとき、大会の主催者がどう対処するのかということを問題提起したかったのではないでしょうか。

――アスリートの立場から見て、記者会見のあり方についてどう思いますか。

個人的な意見ですが、ラグビーが日本で注目され始めたのは比較的最近です。2019年ごろからで、それまでは記者会見自体が少なかったんです。

なので、僕としては記者会見があるだけでありがたかったし、質問にはしっかり答えたいという気持ちでした。参加してくれる記者の皆さんもずっとラグビーを応援してくれている人ばかりでしたので、変な質問もなかったんですね。

まれに「ん?」という質問もありましたけど、それも含めて誠心誠意対応してきました。僕もほかの選手もとにかくもっとラグビーを知って欲しいという思いがあったので。

ただ、2015年ワールドカップの日本代表ヘッドコーチで、僕も尊敬しているエディー・ジョーンズさんは、よくない質問に対して「意図がよくわからない」ときっぱり言ってましたね。

まあ、世界で戦ってきたジョーンズさんと、ラグビーがまだメジャーではなくて、広めたい思いが強かった僕たち選手とでは状況が違ったのかもしれませんけど。

ほかの競技に目を向けると、例えばサッカーのイギリスプレミアリーグで監督をしているユルゲン・クロップさんも「そんな質問には答える必要はない」と言ってますよね。

ただみんながみんな毅然と言えるわけではなく、どうしても傷ついてしまう選手もいるんですよね。

――ご自身もメンタルの不調に陥ったことはありますか。

ありますよ。試合の勝ち負けもそうですが、普通に友人関係などでうまくいかなかったときにメンタルが崩れましたね。

特につらかったのは2015年のワールドカップの後ですね。当時世界3位の南アフリカに逆転勝ちして盛り上がりましたが、そのいいムードを国内リーグにうまく持っていけなかったんです。チケットが売れず、スタジアムががらがらになったりもしました。

選手会の役員をやっていたこともあって責任を感じていました。選手に話しても「しょうがないんじゃない」と言われて。納得できなかったし、怒りや裏切られたという感情すらわきました。あのとき、相談できる人がいたらと思います。

世界選抜との強化試合に出場した畠山健介選手(左)=2015年8月、秩父宮ラグビー場、内田光撮影
世界選抜との強化試合に出場した畠山健介選手(左)=2015年8月、秩父宮ラグビー場、内田光撮影

――プライベートの悩みや嫌なことがメンタルを不調にし、その結果がプレーにも影響するということでしょうか。

そうなんですよ。選手会の役員をやっていた頃に知ったのですが、ニュージーランドの選手会が発表したデータによると、グラウンド外での悩みや問題が、グラウンド内のパフォーマンスに影響するんですね。例えば人間関係や恋愛、将来の不安などですね。あるいは、プレーがうまくいってないのはコーチに嫌われているからじゃないか、というのもありました。

グラウンドの外にある問題が大きくプレーに影響していて、それを取り除かない限り、どんどん不調になっていくと。で、選手同士で悩みを共有したり、同調したりして和らぐことはあるけど、それは問題の根本的な解決にはならないんですよね。

このデータは目から鱗でした。そこで、選手会としてぜひ学びたいと思って、僕が会長だったときに、当時副会長で現会長の川村慎選手と顧問弁護士に現地に行ってもらったんです。

その成果が、今注目してもらっている「よわいはつよい」プロジェクトです。このプロジェクトは、僕が会長を退き、渡米した後の2020年に正式なものとして始まりました。

一般的に「弱みを見せてはいけない」という意識の強いアスリート、特にラグビー選手たちのメンタルヘルスケアの研究や啓発活動をする取り組みです。

この問題に関心を持つきっかけをくれたのが、当時同じサントリーのチームメートで、元日本代表でもある小野晃征選手です。

彼は幼い頃からニュージーランドで暮らし、そのころからラグビーもやっていました。そんな彼からニュージーランドラグビー界のメンタルヘルスケアについて聞いたんです。

お互い選手会の役員をしていた時期で、チームもリーグもこのような取り組みはやっていなかったので、選手会でやれないかという話になりました。

――具体的には、心の問題はどうやったら解決できるのですか。

僕たちが参考にしたニュージーランドのラグビーはトップチームが五つありまして、それぞれにPDM(player Development Manager)と呼ばれる人が必ず1人ずついるんですね。

PDMがアシスタントとともに、全選手の悩みや今後のキャリアについて相談に応じるんです。でも、相談内容について監督に聞かれてもPDMは報告する必要はなくて、秘密が守られます。というのも、PDMはチームが雇っているのではなくて、彼らを雇用しているのは選手会だからです。さらにそのお金は協会が出しています。選手のパフォーマンスを上げるという点では、選手会も協会も方向は同じということです。

PDMは、選手の悩みなどについてPDP(Player Development Program)に従って解決していきます。

それによると、選手によって悩みは違うのですが、例えば選手が引退後にやりたいことがあって、そのための資格試験が試合の日とぶつかったとします。そんなとき、PDMは試験日をずらしてもらうよう、働きかけてくれます。

あるいは財産運用について聞きたい選手がいるとします。もちろん、PDMがわかることであれば自分で答えますが、知らないことであれば詳しい人や専門家を紹介するように動いてくれるそうです。

アナログな手法かもしれませんが、まずは話を聞いてくれるというのが重要です。

――大坂選手の件ではスポンサー企業への配慮の必要性を指摘する声もありました。

僕は彼女ほどの大きな契約を企業と結んだことがないので、単なる個人の感想になってしまうんですが、本当に彼女の行動が気に入らないのであれば、スポンサーをおりると思うんですよね。

企業がプロモーション戦略やコンプライアンスなどを考慮してそうするのであれば、それはありだと思いますが、彼女はあくまでメンタルヘルスについて問題提起をしただけです。

でも現状、契約解除した企業があるとは聞いていません。それは彼女がただアスリートとして優れているということだけでなく、これからの社会に影響を与える存在だからこそサポートしたいと考えているのでしょう。

――プロ選手はものすごく強靱な人たちだと思っていましたが、普通の人の悩みと一緒ですよね。

そうです。普通の人と一緒です。むしろ成績や立場など、期待や求められるものが大きい分、プレッシャーも大きいですよね。うまくいっているときといかないときの気持ちの高低差、振り幅は激しいし、その分、メンタルへの負担も大きいと思います。

スポーツ選手はよく「余計なことは考えるな」「今はプレーに集中しろ」って言われるんですね。でも、それを言われると余計悩んじゃうんですよ。それでは悩みの根本は解決できてないんですね。

僕自身も問題を抱えて相談したときに「忘れろ」とか「考えるな」って言われるのが一番つらかったですね。忘れられるものなら忘れたいですけど、忘れられなくて。

「そんなこと気にするな」とか「そんなことに悩んで、お前ちっちゃいな」みたいなことも言われました。そうすると、「ああ、俺ってやっぱり心がちっちゃいのかな」とさらに悩むこともありました。

結局、根本的には何も解決されてないから、僕みたいな人間は引きずっちゃって、グラウンドに持ち込んじゃう。

けがをした場合、まず部位はどこかを診察しますよね。例えば手首を負傷したら、手首の靱帯なのか骨なのか、もしくは軽い打撲なのか、その種類で治療の仕方も変わってきます。

メンタルも同じで、例えば人間関係、家族との関係がうまくいっていない場合、では具体的に家族の誰との関係がよくないのか、原因は何なのかというところまで、専門家を通じて解明しないと解決にはいたらないんですよ。

「気持ちはわかるよ」とか「そうか、大変なんだね」とかいうだけでは解決にならなくて、どうしてもその問題を引きずったままグラウンドに行くと、プレーに集中できない。

こういうことって何もアスリートだけの問題ではなくて、一般社会でも、社会人なら仕事が全然手につかないことってあると思います。つまり、問題の本質はみんなに共通しているんです。

話は元に戻りますが、そんな社会全体の共通の課題が、単に記者会見拒否という問題に矮小化されてしまうと、すごくもったいないと思います。