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ジャニー喜多川氏めぐる報告書、多用された「性加害」という言葉 警察の沈黙も問題だ

World Now 更新日: 公開日:
記者会見する、ジャニーズ事務所が設置した「外部専門家による再発防止特別チーム」座長の林真琴弁護士ら
記者会見する、ジャニーズ事務所が設置した「外部専門家による再発防止特別チーム」座長の林真琴弁護士(中央)ら=2023年8月29日、東京都中央区、岩下毅撮影

ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏(2019年、87歳で死去)の性加害問題をめぐり、事務所が設置した外部の有識者による「再発防止特別チーム」が8月29日、調査報告書を公表した。71ページにも及ぶ内容から読み解けることは何か。甲南大名誉教授(刑法)の園田寿弁護士がGLOBE+に緊急寄稿した。

ジャニーズ性加害問題で再発防止特別チームは8月29日会見を行い、調査報告書を公表した。報告書の内容は、概ね次のようなものであった。

  1. ジャニー氏が数十年にわたって、所属タレントに性加害を行なっていた。
  2. 事務所側もこれを隠蔽し、それが結果的に助長につながり、被害が拡大した。
  3. 事務所に謝罪と被害者救済を求めた。
  4. ジュリー社長に対して社長の辞任を求めた。
  5. マスコミの責任についても「メディアの沈黙」という言葉を使い、問題にしなかったという不作為の責任を肯定した。

多用された「性加害」という言葉

この報告書を読んで真っ先に思ったことは言葉の問題である。

私の個人的な記憶では、今までこのような問題が表に出たときには、たいてい「性被害」という言葉が使われることが多かったように思う。ところが報告書では、正面から「性加害」という言葉が使われている。これはジャニーズ事務所の問題について、被害ではなく行為と行為者に焦点を当てて検討するという特別委員会の姿勢が現れており、たいへん重要な点だと思う。

そしてそのような立ち位置を定めたあとで、性加害行為の事実認定が行なわれている。本件でもそうだが、暴行などが手段となっていない性加害においては直接的な証拠が残りにくいが、会見での委員の発言によると、さまざまな状況的な証拠を丁寧に分析しながら真実だと認定したとのことだった。

また、犯罪事実を認定する場合はいわゆる厳格な証明といって、証拠能力や手続きにおいて厳しい制約があるが、このハードルを下げた認定となっている。報告書がここまで性加害の事実を認定するなら、さらに「性犯罪」とはっきり書くべきではなかったのかという疑問は残るが、それを避けたのはこのような点を配慮してものではなかったかと思う。

しかし、後の責任の取り方についてかなり厳しい提言をしているので、実質的には「犯罪」と認定したのと同じようなものである。

なお、念のためにいえば、本件のほとんどが刑法改正前の事件であり、準強制わいせつ罪の該当性が問題になる。本罪は、暴行や脅迫を手段とせず、薬物やアルコールを使ったり、地位や権限を背景に被害者を著しく抵抗困難にし、わいせつ行為を行なう犯罪である。「抵抗が著しく困難」であったのかどうかが実際の裁判で問題になっていたが、当時の実務からいっても、報告書のような事実が認定されたならば本罪の成立は肯定されただろうと思われる。

様々な「責任」を指摘

性加害の事実認定のあとで、ジャニー氏の責任が問題とされている。さらに、その行為を容易にし、助長した事務所側の責任も認定されている。責任を論じるに当たっての前提は、性加害が「事務所と所属タレント」という構造的な問題を背景に長年にわたって繰り返された点である。

記者会見でジャニー喜多川氏による性被害を訴えたシンガーソングライターのカウアン・オカモト氏=2023年4月12日、東京都千代田区の日本外国特派員協会、関根和弘撮影
記者会見でジャニー喜多川氏による性被害を訴えたシンガーソングライターのカウアン・オカモト氏=2023年4月12日、東京都千代田区の日本外国特派員協会、関根和弘撮影

従来も芸能プロダクションでの準強制わいせつが事件になったことはあり、裁判例も公開されているが、本報告書のように、プロダクションと所属タレントという関係性で、力の差が圧倒的な弱者に対して性暴力が行なわれたという構造的問題は指摘されてこなかった。ここを明確にしたことの意義は大きい。つまりこれは、業界全体の問題として他も改めて自己点検すべきだというメッセージである。

かなりの時間が経過しているために、もはや刑事事件として立件することはかなり難しいが、注目すべきは、やはりほとんど時効になっている民事の損害賠償について、時効を援用せず賠償の責任を負うべきだとしていることである。

また、性被害の場合は、何十年も絶ってから突然表に出る場合があるので、そのときの救済が重要であるが、報告書では「被害者の救済措置制度」を作るように進言している点が評価できる。

以上の確認を踏まえて、報告書は責任の取り方に言及している。社長の辞任を求め、被害者救済の方策にも言及している。

マスコミと警察の「沈黙」

今後の問題としては、次のような点が検討されるべきである。

第一は、被害者救済のための原資がどこから出るのかである。ジャニー氏個人の遺産が相続されているので、基本はそこから出すということになると思うが、事務所も当然痛みを感じなければならない。

また、報告書では社長の辞任も要求されているが、辞任は事務所のトップとして当然のことであり、このような大問題のあとでそのまま営利活動を行なうことは倫理的に許されることではない。

また社長も役員も辞任して幕引きということではなく、今後は被害者救済のために積極的に活動すべきである。

また、救済の仕組みが上手く運用されるのかについて、チェックする立場も必要ではないかと思う。

第二は、マスコミの責任である。報告書では「マスコミの沈黙」という印象的な言葉が使われていた。今後、マスコミがこの言葉をどのように受け止めて、自らを律していくかのかも突きつけられた重大な課題である。

さらに「マスコミの沈黙」だけではなく、本件を巡っては何十年にもわたって性犯罪が行なわれてきた現実の前に、警察も動かなかったという事実がある。「警察の沈黙」はどうなのか。警察はこれについてどのように考えるのか、これも重大な国民の関心事である。