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さよならTwitter【前編】突然の利用制限、ブランド変更にマスク氏の「迷惑体質」

World Now 更新日: 公開日:
旧ツイッターの鳥のロゴと、Xのロゴ

マスク氏が買収する以前のTwitterは、高度な技術力を備え合理的な経営をするシリコンバレー流のテクノロジー企業だと思われてきた。だが、マスク氏が買収した後のTwitterの経営を合理的な施策の積み重ねとして理解することは困難だ。むしろ非合理的な、はた迷惑な出来事に目を背けず調べることで、はじめて理解できることが多い。

同社に起きた出来事を調べていくと、あるパターンが見えてきた。オーナーのマスク氏は、技術やビジネスの合理性、持続性よりも、刹那的な注目を重視する傾向がある。そして特に自分と親和性があるグループ——特に差別発言で物議をかもすことでSNSを盛り上げ閲覧数を稼いでくれる極右インフルエンサーとその支持者からの人気を重視する。イーロン・マスク氏自身も「迷惑系インフルエンサー」としての行動を取っているのである。

予告なしの利用制限にユーザーは悲鳴

ある日突然、予告なしに利用制限が始まった。2023年7月1日、すべてのTwitterユーザーに利用制限が課せられた。1日600件(未課金ユーザーの場合)までの投稿しか閲覧できなくなった(数時間後に閲覧数はやや拡大した)。投稿数も制限を受けた。「『API制限』というメッセージが出て閲覧できない」「自分の投稿も見られない」と悲鳴が上がった。投稿数の制限のため、大雨被害の最中に山口市や熊本県は防災情報をTwitterに投稿することができなかった。

利用制限の理由は「外部企業による度を越したデータ取得を制限するため」とされた。しかし、元Twitter従業員らはこの理由を疑問視している。一部の企業のデータ取得により、ユーザー全員に利用制限をかけなければならないほどの負荷が生じるとは考えにくい。そして、この理由はすべての利用者に迷惑をかける利用制限を正当化するものではない。

利用制限の本当の理由として二つの説がある。

1番目は、Twitterが利用中の他社クラウドサービスが利用料金未払いのため止められてしまい、Twitterのサービス提供能力が低下したためではないかとの説だ。この説は、閲覧だけでなく投稿にも利用制限をかける理由を説明できる。

2番目は、マスク氏が他のAI(人工知能)企業へデータを渡さないために取った措置と見る説だ。対話型AI「ChatGPT」の大ヒットに刺激され、マスク氏はAI企業「X.AI 」を立ち上げ、7月12日には会社設立を対外発表している。Oracle社のクラウドサービス上でAIの開発に欠かせない大量のGPU(画像処理半導体)リソースを確保したとの報道も出ている。そしてマスク氏は他のAI企業がTwitterのデータを「大量に取得している」「頭にくる」と発言している

AI企業にとって学習用のデータは生命線だ。「ライバル企業にTwitterのデータを渡したくない」というマスク氏の考えが、Twitterの全ユーザーの利用制限につながった疑惑がある。

いずれにせよ、お粗末だ。全ユーザーに迷惑をかける正当な理由とはいえない。その結果、日本では防災情報という重要な情報発信が妨げられたのである(その後、8月15日に「政府・公的機関からの重要な防災・災害情報にはAPI無償利用」と発表)。

イーロン・マスク氏=2022年2月10日、米テキサス州、朝日新聞社

ライバルThreadsを法的書簡で脅かす

イーロン・マスク氏はライバル企業への強烈な対抗意識を隠さない。

7月6日、TwitterのライバルとなるSNSの「Threads(スレッズ)」がサービスを開始した。FacebookやInstagramを運営するMeta社の新サービスである。Threadsはサービス開始後7時間で1000万人、5日間で1億人と「インターネット史上最速」と言われる勢いでユーザーを集め注目された。猛烈な勢いでユーザーを集めた理由は、Twitterの代替サービスを期待するユーザーが多かったためと考えられる。

同じ日、マスク氏はライバルMeta社のSNSであるInstagramで自分のアカウントを削除した。「痛みを隠すInstagramの偽りの幸福に浸るより、Twitterで見知らぬ人たちから攻撃される方がずっといい」と述べた。Threadsのサービス開始を意識したものと思われる。また、この投稿はTwitterが「荒れる」こと、つまり人々が攻撃しあうことを肯定している。詳しくは後編で取り上げるが、これはヘイトスピーチ対策の不備で多くの人々を危険に晒すことに無関心な恐ろしい態度といえる。

7月7日、Twitterの弁護士アレックス・スピロ氏が、Metaのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)に書簡を送った。Twitterの機密情報にアクセスできる元従業員をメタが雇用したと非難した。一方、ThreadsではMetaの社員が「ThreadsのエンジニアリングチームにTwitterの元社員はいない」と投稿した。

Twitterの利用制限とThreadsのサービス開始の後、日本のIT企業ナイルが7月6日から10日にかけて日本のユーザー534人を対象に行ったインターネット調査では、25.7%がTwitterのサービスに不満を持っていた。他のSNSヘの移行を検討した人は39.5%にのぼる。利用制限は、多くのTwitterユーザーに不安を与え、他のSNSへの引っ越しを考える人も増えつつある。

新ロゴ「X」に漂う不穏な雰囲気

2023年7月23日、イーロン・マスク氏は「ブランドをXに変更する」と投稿しユーザーからロゴを募集。翌7月24日には唐突にTwitterのロゴ、ブランドを応募されたものと称する「X」のロゴに変更した。

ビジネスの合理性を考えると、ブランド変更の狙いは広告主への訴求力の向上と話題作りだろう。実際、ロゴ変更の後には、Twitter上で目立つ話題がライバルのThreadsから新ブランド「X」に切り替わった感がある。話題作りの狙いはある程度は当たった。しかし、広告主が説明抜きの唐突なブランド変更を好意的に受け止めてくれるかどうかは疑問がある。

このブランド変更の非合理性を指摘する声は多い。

ノーベル賞を受賞した経済学者ポール・クルーグマンは、New York Timesに寄稿したコラムで「新しいロゴは権威主義的な政治的シンボルのような雰囲気がある」と書いた。「(Twitterの)完璧に優れたブランド・アイデンティティを破棄し、ほとんど誰もが不快に思う名前とロゴに置き換えるビジネス上の合理性を見出すのは本当に難しい」とクルーグマンは言う。

米経済メディアBloombergもTwitterのブランド変更により「40億ドルから200億ドルの価値が消し飛んだ」「ビジネスとブランドの観点から見て完全に非合理的」と評した

ウクライナの公式アカウントは、Twitterの新ロゴについて「少なくともXはZより良い」と投稿した。「X」のロゴは、ウクライナに侵攻したロシア軍が使った「Z」マークと同じではない。だが印象は似ている。

筆者も、「X」のロゴからはクルーグマンが指摘する「権威主義的な政治的シンボル」の感触を受ける。ウクライナの公式アカウントが示唆するようにロシア軍の「Z」マークと類似した雰囲気も感じる。

ブランド変更の当日、歌人の俵万智はTwitterの「青い鳥」のマークを失う悲しみを2首の和歌に詠んだ。筆者も「青い鳥」のデザインは柔らかく平和で自由な印象があって好きだったので、この和歌は心にしみた。

新しい黒地に「X」のロゴは、攻撃的でトゲトゲしく、粗雑に作られた印象があり、筆者は率直にいうと「暴走族の旗印のようだ」と受け取った。迷惑系インフルエンサーのように奇抜な行動で注目を集めることがイーロン・マスク氏の好みだが、その点で暴走族と共通点があるようにも思える。

Xのロゴは近所迷惑の火種にもなった。米サンフランシスコ市のTwitter本社ビルの屋上に、点滅して光る「X」印の看板が設置され、周囲の住民は安眠できず大いに迷惑した。苦情を受けてサンフランシスコ市当局が立ち入り検査を求めたが、同社は2度に渡り拒否。3日後、看板は撤去された。Twitterはサンフランシスコ市に罰金を支払う義務があると米メディアPlatformerは伝えている

ブランド変更をめぐる無秩序で乱暴なやり方は、イーロン・マスク氏支配下のTwitterをめぐる非合理性と「はた迷惑」を象徴する出来事といえる。マスク氏はブランド変更で刹那的な注目を集めるため、40億〜200億ドル相当のブランド価値——つまり広告主がTwitterに広告を出す対価として認める価値——を破壊した疑いがあるのだ。

マスク氏はリベラルを嫌い、極右との親和性を隠さない

米メディアPlatformerが2023年2月10日に掲載した記事によれば、マスク氏は「エンジニアが意図的にマスク氏や他の右派アカウントの投稿が届く範囲を減らす工作をしていた」と疑い、調べさせた。だが証拠は見つからなかった。

ちなみに、マスク氏が買収する以前のTwitterは「左派に比べ、右派の言説の方がアルゴリズムで増幅されやすい(届く範囲が広がりやすい)傾向がある」とマスク氏の疑惑とは反対の調査結果を発表している

米メディアPlatformerはまた、マスク氏のTwitter買収について「このプロジェクトは、金儲けの努力としてではなく、文化的破壊行為の延長として理解するのが一番だ」と書く。「マスク氏がTwitterにもたらした災難は反動だ。彼が「Woke」(注:リベラルを揶揄する表現)と見なした従業員のイデオロギー的な粛清。 コンテンツモデレーションに関する業界標準への嬉々とした反抗。 無料で利用できる機能を制限しプロダクトを空洞化。会社の注目と富を極右ユーザーへ再分配」と評した(注:「極右ユーザーへの再分配」については後編で述べる)。

6月20日、イーロン・マスク氏は「シスジェンダーは差別語とみなす」と投稿した。シスジェンダーは単にトランスジェンダーの反対語であり、差別的な意味はない。この発言は大きな批判を招いた。だが、トランスジェンダー差別を公言する極右インフルエンサーらにとっては、マスク氏の発言は好ましく聞こえたはずだ。

マスク氏は、「言論の自由絶対主義者」を自称する。だが、中立的な立場にはあまりこだわっていないようだ。英語圏メディアでは、イーロン・マスク氏は極右と親和性があるという見方が主流となっている。

迫るEUのヘイトスピーチ規制の試練

米国のハイテク起業家にとって、デジタル分野の規制を強化しつつあるEU(欧州連合)は厄介な相手だ。ティエリ・ブルトン欧州委員らはこの6月下旬にサンフランシスコのTwitterを訪れ、イーロン・マスク氏や、6月に着任したリンダ・ヤッカリーノ新CEOらと会談した。EUでまもなく発効するDSA(デジタルサービス法)が定めるヘイトスピーチ規制に備え、事前に「ストレステスト」を実施するためだ。

(ティエリ・ブルトン欧州委員はTwitter社を訪問。ヘイトスピーチ対策では「十分なリソース確保が重要だ」と念を押した)

つまりTwitterはEU当局から「ヘイトスピーチ対策をちゃんとやっているか?」と目を付けられているのである。ブルトン委員は投稿で「Twitterは真剣に取り組んでいる」としたうえで、「コンテンツ監視のリソース確保が鍵だ」と念を押している。

Twitterもヘイトスピーチ対策が重要であることは認めている。同社のBlog記事では「99.99%以上は健全なコンテンツ」「有害なコンテンツはリーチやインプレッションが81%少ない」「すべての訴えの90%が30分以内に返答を受け取る」と数字を挙げ、ヘイトスピーチ対策がうまくいっているかのように説明している。また、外部企業Sprinklr社が実施した調査では、「2023年1月1日から5月31日までの1日平均の英語によるヘイトスピーチ件数は0.003%」「買収前と比較して平均30%減少と推定される」としている。

だがヘイトスピーチ監視団体CCDH(Center for Countering Digital Hate、デジタル・ヘイト対策センター)を始め、複数の第3者機関はTwitterの公式発表の妥当性に疑問を投げかける。疑わしいのはどちらだろうか。

後編では、ヘイトスピーチをめぐるTwitterの問題が根深く深刻であることを見ていく。