新型コロナウイルスのパンデミック(感染症の大流行)前、アンドリュー・スローターの一日は朝、通勤中に出くわす交通渋滞――通常は15分から40分――と闘うことから始まった。オフィスは米ノースカロライナ州ダーラムのリサーチ・トライアングルパークにある「ラボコープ」で、彼はプロポーザルマネジャー(訳注=人と組織を連携し、提案をまとめ上げる管理者)として、臨床試験に関するラボのサービスコストに頭を悩ませていた。
コロナ大流行中、スローターは在宅勤務をしていたが、オフィスに戻ることを熱望していた。それにはそれなりの理由があった。妻は自宅でちょっとしたプリスクール(訳注=就学前の保育園や幼稚園)を運営しており、1日平均10人の子が砂場ではしゃぎ、おやつの時間にはおしゃべりをし、そしてみんなで歌うのだ。
「少し気が散るかもしれない」ので、スローターは小さな机がある自分の寝室にこもった。「自宅であっても、家の中のどこへでも行けるというわけではない」
ラボコープが従業員たちにオフィスに戻ることになると伝えた時、スローターは自分には戻るべきオフィスがないことに気づいた。彼の仕事は「全面リモート」になっていたのだ。同社は、多くの企業と同様、オフィススペースを削減した。在宅勤務でも、従業員たちは以前と同じように効率的に働き、多くはより満足していることがわかったからである。
昼間の自宅の混乱から逃避したいと願っていたスローターは、コワーキングスペースにその解決策を見いだした。
コンセプト自体は新しいものではない。こうしたスペースは、軽食や事務機器、業務用規模のインターネット接続などの費用を割り勘にすることで、オフィスを安価に借りる手段として、すでに広く知られていた。だが、コロナの大流行で在宅ワーカーが増えるにつれ、コワーキングスペースはスローターのような「仕事場放浪者」の間で小規模ながらも成長市場になった。
彼らは、冷蔵庫やソファ、テレビ、そして「The Wheels on the Bus」(訳注=子どもの歌で、みんなを乗せてにぎやかに街中を走り回るバスの様子を描写)を歌う未就学児といった気を散じさせるものから逃れ、活気あるオフィスを求めているのだ。
スローターは、「アメリカン・アンダーグラウンド」と呼ばれる物件を選んだ。ダーラムの中心部に位置するメイン通りの元銀行の中にある。このアメリカン・アンダーグラウンドはオフィス設備だけでなく、ビンゴナイトやハッピーアワー、軽食とコーヒーバーなど社交の場も提供している(スローターは、このスペースに月150ドル支払っている)。彼にとって重要な点は通勤の変化だった。
「リサーチ・トライアングルパークまで車を運転していくかわりに、自転車で行ける」とスローターは言う。
コワーキングスペースに関する調査はそれなりにあるが、その大半は主な利用者だった起業家に焦点を当てたものだ。しかし、カリフォルニア大学アーバイン校で戦略および起業家精神学を研究する助教トラビス・ハウエルが、そうした起業家について調査するためアメリカン・アンダーグラウンドでインタビューを実施したところ、代わりに仕事場放浪者たちに出くわし続けている。
「当初は、いらだった」とハウエルは言う。「彼らは私が求めていた人たちではなかったから、調査対象から除外した。だがその後、それが現実になりつつあることに気づいた」
そうした仕事場放浪者がアメリカン・アンダーグラウンドの利用者の16%を占めるまでに増えたので、ハウエルは彼らに焦点を移して研究してきた(「リージャス」や「イクスパンシブ」といった他のコワーキングスペースの利用者比率も似たような数字になっている)。
ハウエルの研究は継続中だが、起業家や仕事場放浪者がコワーキングスペースを好む理由はそれぞれ異なりつつ、重なりあうようだ。
起業家やスタートアップ企業は、コワーキングスペースが短期間の賃貸を提供していること、その環境が正統性の装いを与えてくれること、そこでほかの企業の人からアドバイスを得られることなどに価値があると考えている。しかし、会社員は自身の所属する会社を通じて、また同僚からアドバイスを得られる場合は同僚を通じて、こうした便宜を受けている。
そして仕事場放浪者に欠けているのはコミュニティーである。「彼らは自宅で仕事することはできるかもしれない」とハウエル。「だけど、彼らがコワーキングスペースにあえて自ら出かけていくのは、そこに人がいるからなのだ」と言っている。
何がコミュニティーを形成するのかを説明するのは難しい。会社では、従業員はそれぞれの部署やプロジェクト、あるいは上司によって結びついている(時には敵意を共有することでも結びつく)。コワーキングスペースの場合は規則性のないことが「自己選択」を可能にし、それがその場所に特有の文化を形作ることも少なくない。
たとえば、ブルックリンのプロスペクトハイツにある「インダストリアス」のコワーキングスペースは、子どもを持つ若い親たちに人気がある(同社は米国内外の65超の都市で計160カ所以上のコワーキングスペースを経営している)。同社の共同創業者ジェイミー・ホダリーによると、利用者たちは子どもに関連する問題や、飼い犬やボウリングなど、彼が「仕事以外の共通関心事」と呼ぶもので絆を深めているという。
コワーキングスペースのなかには、特定の集団に特化したものもある。女性起業家向けに7カ所のコワーキングスペースを経営している「ヘラハブ」や、カリフォルニア州カルバーシティーにある有色人種の女性向けの「ブラックバードハウス」などだ。ブラックバードハウスは、カルバーシティーの他に6都市への進出を検討している。
ブラックバードハウスは「ブラックバードコレクティブ」という組織が2019年に開設したコワーキングスペースで、収益性の高いニッチな事業としてカマラ・ハリス(訳注=米副大統領)、ステイシー・エイブラムス(訳注=政治家、弁護士)、アルフレ・ウッダード(訳注=俳優)といった著名人の講演会を主催している。
同社の創業者ブリジッド・カルター・チードルは、「自分と似た人が他に誰もいない部屋に居続ける経験(訳注=白人主体の集団にたった1人の有色人種として交ざること)を理解してくれる仲間の集合体に入るのは、決してささいなことではない」と言っている。
彼女によると、ブラックバードハウスはパンデミックで打撃を受けたが、再開後は営業利益を上げてきた。「私たちは、今後いかに規模を拡大するかに目を向けている」と言う。
コワーキングのコミュニティーで最も気に入っていることは、それを無視できることだという人もいる。
サンフランシスコに本社を置く「ゼンデスク・ラボ」の主任プロダクトデザイナーのジョナソン・ニュービーは、企業と顧客をつなぐソフトウェアを開発する仕事を、自宅で問題なくこなすことができる。日中は、表通りのちょっとした騒音や愛犬に気を散らされる程度のことはあるものの、自宅を(仕事場として)独り占めしている。
「私は、自宅にいるのが好きなタイプだ」とニュービー。「でも、何事も、過ぎたるは及ばざるがごとしだ」とも思っている。そこで、彼はインディアナポリスにあるインダストリアスのコワーキングスペースに足しげく通っている。だが、他の人たちとあまり関わることはない。誰の名前も知らないし、ピザパーティーにはもちろん参加しないと言う。それでも、周囲で忙しく働いている人たちに創造性が刺激される。「たとえ誰なのかを知らなくても、彼らの近くにいることがいい」とニュービー。「つまり、雰囲気がいいんだ」と言っていた。(抄訳)
(Roy Furchgott)©2023 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから