企業がどこからでも人材を雇えるとしたら、誰が勝ち組で、誰が負け組になるのか?
リモートで働くことができる従業員やフリーランサーの一部は、機会が大幅に拡大し、賃金も著しく増える可能性があるが、一般的にリモートワーカー(在宅勤務者)はより多くの競争に直面し、運任せの度合いが高くなる。
避け難いと思われることの一つは、研究者によると、不平等の増大だ。シャーウィン・ローゼンは、1981年の論文「The Economics of Superstars(スーパースターたちの経済学)」で、記録や放送がアスリートやエンターテイナーの収入におよぼす影響について論述している。テクノロジーによって、専門的なスキルを持つ個々人が巨大マーケットにアクセスできるようになった――1カ所での1時間の労働で、突然、全国にいる多くの人にアクセスすることも可能になった――ことで、わずかな数の花形的な人材がより多くの報酬を獲得するようになった、と。
ローゼンは、そのうち他の多くの専門職が同じようなパターンをたどるとみていた。たとえば教師の収入だが、それは従来、教室に収容できる生徒数に制約されていた。ところが今日では、オンライン学習のプラットフォーム「Udemy」でクリス・ハルーンのような教師は、特に新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)でプラットフォームの登録が425%増加してから、自分たちが創設した学習講座で何百万ドルも稼ぎ出してきた。ただし、Udemyの教師の大方はハルーンの収入には近づけておらず、スーパースター教師とその他の教師との所得に極端な不平等が生じる結果を招いた。
所得分配の有意の変化は、遠隔教育が従来型の教育に似ているプラットフォームでもみられる。子ども向け仮想教室のオンライン市場「Outschool」では、何百人もの教師が年収10万ドル以上を稼ぎ、そのうちの何十人かは23万ドル以上の収入を得ている。ところが、Outschoolの教師のほとんどは収入がはるかに少ない。オンライン教育を道楽や副業扱いしたり、生徒を引き付ける方法がわかっていなかったりするからだ。
リモートワークの採用は、もっと伝統的な諸機関にも影響を与えている。米ニューヨーク大学スターン経営大学院の教授スコット・ギャロウェイは4月、次のように話していた。
「私の講義は現在、すべてリモートで行っているが、大学当局は私に『160人――スターンの最大教室の収容人数――を280人に増やせるか』と聞いてきた。これは、競合する他のマーケティング学の教授の学生数が120人少なくなるということだ」
同様の力学は、もともと「対面」で想定されていた専門職にもみられる。ロックダウン中、ほとんどのフィットネスジムのインストラクターは仕事ができなかった。しかし、一部のインストラクターはうまくやっていた。特にフィットネスジム「Peloton」で働くインストラクターがそうだった。Pelotonには2020年末時点で、約400万人の会員がいた。この数は、ニューヨーク州内にあるジムの常連客数に相当する。Pelotonはニューヨークのフィットネス業界とは違って、一つの州で8万6千人を雇用していたわけではない。
その代わりに、同社の何百万人もの会員たちは住みたい場所に住める数十人のインストラクターからサービスを受けていた。大半のインストラクターがまったく仕事ができなかった時期に、Pelotonのインストラクターたちは50万ドル以上の稼ぎがあった。同業者のサラリー中央値の12倍以上に当たる。
マーケットが拡大する時、すべての市場参入者にその恩恵が平等にもたらされるわけではない傾向は教育や指導といった分野以外にも当てはまる。エコノミストのロバート・フランクとフィリップ・クックは、早くも1995年の時点で、エンターテインメント業界で以前から一般的だった利益の分配構造が、他のさまざまな分野の職業にも広まっていたことに気づいた。一部の弁護士や医師、コンサルタント、銀行家、マネジャーが以前よりも多くの収入を得ている一方で、中所得層の同業者が少なかった。
フランクとクックは、こうした変化を「情報処理と伝達における革命」に起因すると考えた。「トップの地位を占める人の才覚を活用する機会が増え、その分だけ他の人たちの機会が少なくなる」というわけだ。
この潮流は21世紀に入っても続いてきた。エコノミストのデビッド・オーター、クラウディア・ゴルディン、ローレンス・カッツによる2020年の研究によると、過去20年間における所得格差の拡大は、そのほとんどが「学歴グループ間でなく、むしろ同学歴グループ内」で生じた。一部の大卒従業員――とりわけ高い学位を持つ従業員――は、同僚の大半が立ち止まったり、後退したりしている間に、かつてないほどの収入を得ていた。この収入増は、テクノロジーがもたらした。テクノロジーによって、企業はより少ない数のより専門性の高い従業員で、多くの生産と顧客を得られるようになったのだ。
かつては重要なことだったが、多くの専門職に対するテクノロジーの影響力には地理的な足かせがあった。ほとんどの企業がオフィスへの通勤圏に住む者だけを雇用していたため、労働市場の規模には上限があった。そのため、最も専門性が高く需要が高いスキルをもつ従業員の雇用の選択肢や収益力が頭打ちになっていた。また、ビジネス街やオフィス街への通勤圏に住んでいることで、相応のサラリーと雇用保障を享受する他の専門職者には下限も設けられた。
シリコンバレーなどの産業界が徐々に、その後突然、リモートワークを採用するようになり、今や地理的な制約は緩和されている。経済誌The Economistは最近、プログラマーに人気があるサイト「Hacker News」の求人情報を分析した。それによると、「リモート」に言及している仕事の割合は、2021年には75%に上昇したことが判明した。新型コロナ以前は35%だったし、10年前は13%だった。
これは平均的な技術労働者にどのような影響を及ぼすか?
初期的な兆候がいくつか出ている。Googleは6月、一般従業員に対して、遠隔で仕事をするかオフィスからもっと離れるかを選択した人の給与を減らすと通告した。通勤を避けることで、従業員は――たとえば通勤費など――節約できる。だが、エコノミストのオースタン・グールズビーが最近ニューヨーク・タイムズに書いているように、過去40年間、企業は従業員の潜在的な利益を取り戻す方法をかならず見つけてきた。
大半の技術労働者にとって、リモートワークは同等の資格を持つ求職者の非常に大きな集団内で競い合うことを意味する。その多くは、低所得の都市や国に拠点を置く人たちだ。
それは、最も需要が高いエンジニアや製品管理者たちを悩ますことになるのか? たぶん、そうではない。彼らにとって、リモートで働くということは、より多くの企業が提示する最も高給の仕事を求める競争を意味するからだ。
ただし、優秀で専門性を備えた多くの従業員でも、心配すべきことがある。
エンリコ・モレッティが著書「The New Geography of Jobs 邦題『年収は(住むところ)で決まる』」で指摘しているように、雇用は「デートととても似ている」。より大勢の中からより可能性がある求職者にアクセスすることで、理想的な対象を見つけるチャンスが増える。専門的な才能を持つ人材とそれに見合った仕事のマッチング(合致)は、大都市においてイノベーションや生産性、サラリーがより高くなる主要な理由である。
しかしながら、最も大きなマーケットは最も高額の報酬を提供するだけではない。報酬は不均等に、そしてしばしば予測できない形で、分配される傾向もある。所得の不平等は都市の規模とともに拡大する。
より多くの求職者にアクセスできるようになると、理想的なマッチングの確率が高まる一方で、選考過程により多くの「ノイズ(雑音)」も持ち込まれ、どの求職者が各自の職歴を通じてより多くの収入を得るかを決定するうえで、偶然の出来事が果たす役割が大きくなる。従業員が世界中のどの都市よりも桁違いの規模を有する遠隔労働マーケットに参入すれば、同じ力学が強まることになる。
ロックダウンが引き起こした昨年の深刻かつ突然の不況の間に、リモートで仕事ができた人たちはその仕事を続けるか、すぐに新しい仕事を見つけることができた。どこからでもできる仕事は、快適さや安心の源泉だった。
しかし長期的にみると、リモートワークの展望には相反する両面がある。リモートワークは柔軟性が高く、さもなければオフィスワークをあきらめていた人たちも受け入れてくれる。多くの人が、場所に関係なく、より良い経済的な機会を得られる。だが一部の人には、より厳しい競争をもたらす。究極的には、リモートワークは一部のフリーランサーや従業員をグローバルな舞台へと送り込むことになる。そこでは、より高い天井が約束されているかに見えるが、底辺もまたより低くなるのだ。(抄訳)
(Dror Poleg)©2021 The New York Times
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