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申し訳ないが、在宅勤務は過大評価されている

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Julian Glander/©2020 The New York Times

私はこの原稿を自宅のダイニングルームに設けたにわか作りの隔離用ボックスで書いている。スウェットパンツをはき、手指の消毒液をそばに置いて、非常食を間食し続けている。多くの仕事を終えつつあるが、刺激不足で気力がなえはじめている。家族以外と顔を突き合わせたやり取りをしなくなって、何時間(いや、何日?)かが経ち、閉所性発熱が起きはじめた。

コロナウイルスがもたらした多くの影響のなかで、私のような人間に注目が集まっている。オフィスワーカーがオフィスを離れ、在宅勤務というライフスタイルに順応しようとしているのだ。

感染症の集団発生は、すでに何百万人もの人たちに不都合(そして、もっと悪いこと)をもたらした。旅行制限や健康悪化への恐怖、株式市場の混乱などだが、リモートワークの支持者には心躍る時がきた。(感染症などの予防のために)隔離された労働者たちは、すばらしい、オフィスから解き放たれた未来を垣間見ている、と彼らは主張する。

「分散型仕事革命の定着を、このように思い描いたわけではない」とマット・マレンウェッグは言う。WordPressというブログのプラットフォームを所有するソフトウェア会社Automatticの最高経営責任者だ。

マレンウェッグの会社では従業員が全面的に分散しているが、彼はコロナウイルスへの対応に希望の光を見ている。3月初め、「多くの企業にとって、長い間懸案だった仕事の柔軟性を認める機会を提供することにもなろう」と自分のブログに書き込んだ。

彼が言いたいことは、私にはよく理解できる。私はつい最近まで2年間、リモートワーカーだった。この間はほとんどずっと私は在宅勤務の熱心な支持者で、近くにいる人には誰であれ、オフィスを避けることの利点を説いてきた。通勤しなくていい。気を散らす同僚はいない。自炊のランチを食べられる。好きにならないわけがない。

私は、人工知能(AI)と自動化の時代における人間のサバイバルについて近く出版する本のために、リモートワークの賛否を研究してきた。そして今、非常に異なる結論に達した。すなわち、多くの人はオフィスか、他人がいる場所の近くで働くべきであり、孤独な在宅勤務は可能な限り避けるべきだという結論だ。

誤解しないでほしい。在宅勤務は、新たに親になった人や障がいを抱える人、それに従来のオフィス環境では十分に対応できない人にとっては良い選択である。健康指針を無視して、パンデミック(感染症の世界的な大流行)の際にオフィスで働くことを強制するべきではないと思う。私は、何百万人もの教師やレストランの従業員、在宅勤務が実行可能な選択肢にない専門職の人たちに同情する。

だが、コロナウイルスであろうがなかろうが、幸運にも在宅勤務ができる人々にちょっと言っておくべきことがある。

リモートワークの支持者たちは、在宅勤務をする人がより生産性の高いことを示す研究をしばしば引用する。たとえば、米スタンフォード大学教授のニコラス・ブルームが主導した2014年の研究だ。この研究は、ある中国の旅行会社で働くリモートワーカーについて調べたもので、彼らはオフィスで仕事をする同僚と比べて13%効率的であることがわかった。

ところが、この研究では、リモートワーカーたちが生産性において得るモノがある一方で、創造性や革新的思考のような計測が難しいことを見逃しがちであることも示している。同じ部屋で一緒に仕事をしている人たちは、それぞれ離れて協働作業をする人よりも問題を素早く解決する傾向があり、リモートワークだとチームとしての結束力が損なわれることも判明している。

また、リモートワーカーはオフィスを拠点に働く人と比べて休憩時間が短く、病欠の日が少ない傾向があり、多くの人が仕事と家庭生活を分けるのが難しいと報告している。従業員からもっと成果を搾り取ろうというボスならば、それはいいことかもしれないけれど、ワーク・ライフ・バランスをうまく取ろうとしているなら、あまり理想的とは言えない。

人と離れて仕事をするのは孤独になる可能性があり、それはWeWorkやThe Wingといったコワーキングスペースに人気があることの説明になる。リモートワークができる手段が設けられているシリコンバレーでさえ、多くの企業は従業員がオフィスに来るよう厳しく要求している。

スティーブ・ジョブズは、リモートワークに反対することで有名だった。Appleの従業員の最高の仕事は、他の人との偶然の出会いから生まれるのであり、自宅でメール受信ボックスの前に座っていたのではできないと彼は信じていた。

「創造性は自発的な会合や思い付きのディスカッションから生まれる」とジョブズは言っていた。「誰かに出会い、何をしているのかを聞き、『ワーオ』と反応する。そうすればすぐに、あらゆる類のアイデアをひねり出すようになる」

オフィスワークには、健康な時でさえ欠点がある。通勤はあまりハッピーにさせてくれないし、間仕切りのないオフィス――机が並んでプライバシーがほとんどなく、広々とした空間が強調されるよう設計された、まさに呪われた仕事場――では、気を散らさないようにするのがほとんど不可能である。

しかし、他の人の近くにいることで、共感したり同調したりするといった最も人間的な特性を表現することもできる。それらは自動化できないスキルだ。それらは自宅に缶詰め状態になっている時には逃してしまうような意義深い対人関係も生み出す。

「社会的な交流には、とても重要な要素がある」とラスズロ・ボックは言う。シリコンバレーの人事管理スタートアップ、Humuの最高経営責任者である。

以前はGoogleの最高人事担当役員だったボックは、大半の人にとって、オフィスでの仕事とリモートワークのバランスをとるのが理想だと言っている。彼の会社Humuの調査によると、在宅勤務の理想的な時間配分は週につき1日半だ。オフィス文化に加わるのに十分であり、深く集中的に仕事をするための時間を確保できる。

「ハイテク企業がマイクロキッチン(休憩室)と自由に食べられる軽食を用意しているのは、人が午前中に空腹になってしまうからではない」とボック。「そこにセレンディピティー(serendipity=素敵な偶然の出会いや発見)があるからなのだ」と言う。

近年、かなり大人数のリモートワーカーを抱える企業の一部は、遠く離れた場所でオフィス文化を醸成する方法を実験してきた。全面的なリモート企業であるマレンウェッグのAutomatticは年に1度、「グランド・ミートアップ(grand meetup=大交流会)」と称した1週間にわたるスタッフ・リトリートを催している。従業員が同じ場所に集まって交流し、グループプロジェクトに取り組むのだ。オープンソースのコラボレーション・プラットフォームであるGitLabは、あまりよく知らない同僚との「仮想コーヒーブレーク」(百%ソーシャルビデオ上での会議)を日程に入れるよう推奨されている。

コロナウイルスでオフィスに行けない日が続くなら、もっと多くの企業が、従業員の満足と結びつきを維持するために、こうした戦術を試す必要があるかもしれない。

だが、仮想のウォータークーラー(water coolers=情報交換の場、井戸端会議)では決して満足しない人がいるだろう。

「誰かにとっては効果的だが、誰かにとってはそうでもない。それは、きわめて個人的な選択である」とジュリア・オースティンは指摘する。元ハイテク企業の重役で、ハーバードビジネススクールの教授だ。「一部の人は、自宅で仕事をすることで、より生産性が高く、幸せで、社会的な接点を得る方法を見つけ出す。一方、単独で働くのはハッピーではないという人もいる」

私は、ホワイトカラーのミレニアル世代として、リモートワーク革命を応援する立場にあることになっている。だが、スウェットパンツ姿で、冷蔵庫の方へ行ったり来たりする間、ビデオ会議に注意を払っているふりをしていては、最善を尽くせないと私は気づいたのだ。

私のボスと保健当局が助言する限り、私は自宅に留まる。でも正直なところ、オフィスに戻る日が待ちきれない。(抄訳)

(Kevin Roose)©2020 The New York Times

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