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大海でうなり声「ボーカルフライ」を使っているのは誰? 深い海でも響く秘密は

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ネズミイルカの鼻にある二つの発声源。黄色い部分は、水中に音声を伝える脂肪組織のかたまり。写真はオーフス大学のクリスチャン・B・クリステンセン提供=Christian B. Christensen, Aarhus University via The New York Times/©The New York Times

イルカ、ゴンドウクジラ、マッコウクジラはエコーロケーション(反響定位)のクリック音を使って獲物を追い、餌を捕る。だが、ハクジラ(歯鯨類)として知られるそうした動物たちはお互いのコミュニケーションのために他の音声も発する。うなり声や甲高い口笛のような音だ。

科学者たちはこれまで何十年もの間、鼻腔(びくう)内の何かがこうした音声に関係があると推測してきたが、その仕組みはよくわかっていなかった。

研究者たちはこのほど、フォニックリップと呼ばれる鼻の構造によって、ハクジラは海面下深くで空気を節約しながら、人間の発声と似たさまざまな音域の音声を出せることを明らかにした。そして、ハクジラたちはエコーロケーションにボーカルフライ(訳注=超低音で声帯を振動させて出すつぶやくような音声)を使っていることが示された。そう、「ボーカルフライ~~」である。この研究は3月2日発行の学術誌「Science(サイエンス)」に掲載された。

クジラが音声を発するメカニズムの研究は簡単なことではなかった。南デンマーク大学(SDU)の生物学者Coen P.H. Elemansは、数十年間にわたって「X線を使って対象を撮影したり、各種の水中聴音器で音声を三角測量したりした多くの状況証拠があった」と言う。

Elemansらは新しい研究方法を使い、訓練された大西洋バンドウイルカとネズミイルカの鼻腔に内視鏡を挿入して音声生成中の高速映像を得た。研究者たちは、音声は鼻で生成されていることを突きとめた。しかし、フォニックリップがかかわっているかどうかを確認し、その動きが筋肉によるものか気流によって起きているのかを調べるため、研究者たちは(浜に打ち上げられるか、混獲されて)死んだネズミイルカを使って実験装置をつくり、空気が鼻部複合体を通って押し出された時のフォニックリップを撮影した。

彼らは、フォニックリップが一時的に離れてから再び衝突することで組織の振動を引き起こし、周囲の水中に音声を放つことを確認した。

しかし、獲物が暗くて深い場所にいる場合は、空気駆動の音声生成に頼るのは最善ではないようだ。
「海中1千メートル下では、空気は水面上の1%しかない」とピーター・マドセンは言う。何十年にもわたってハクジラに(研究用の個体識別のため)タグを付けてきたデンマークのオーフス大学の動物生理学者で、今回の研究論文の共同執筆者だ。「私は、マッコウクジラやアカボウクジラ、あるいはゴンドウクジラが海中深く潜り、幸せそうにクリック音を出しているのを見ると、頭の片隅で『これは空気を使うんだ』と思い、いつもすごく興奮させられてきた」

研究者はタグを付けたハクジラが3千フィート(約914メートル)以上潜る音声データと、生きている個体と死んだ個体から集めた高速映像を組み合わせて、エコーロケーションの大きなクリック音を伴う小さな音声を偶然とらえた。

この音は、フォニックリップがぴったりくっつく直前にミリ秒単位で短く開く時のものであることがわかり、クジラが水中でエコーロケーションのクリック音を発するのにほとんど空気を必要としないことを示している。マドセンは「次のクリック音を出すために使う空気は、約50マイクロリットル(訳注=1マイクロリットルは100万分の1リットル)だけだ」と言っている。

その順応には大きな利点がある。「必要な空気が少なくてすめば、もっともっと深く潜れる」とElemansは言い、巨大なイカのようなまったく新しいえさへの世界を開くことになる。「マッコウクジラは、このメカニズムを使っているので、巨大なイカを得ることができるのだ」と指摘する。

「ハクジラには発声の柔軟性があり、その柔軟性はハクジラがどのような音声を出すかを学ぶカギになることは分かっていた」とオレゴン州立大学の生物学者マウリシオ・カンターは言っている。彼は今回の研究には関与していないが、この研究はどの構造が発声にかかわっているかの説明に役立つとも言っている。「この種の詳細な研究が必要だ。そうすれば、(ハクジラが)そうした音声を学び、反復する可能性を確認することができる」

研究者はまた、人間の場合と同じように、ボーカルフライ音域、胸部音域(人が話す通常の声に似ている)、最高音域の裏声(口笛に使う)の三つの明確な音域に音声を分類できた。

そして、研究者たちはエコーロケーションのクリック音がボーカルフライの音域内にあることを突きとめた。

人間の場合のボーカルフライ、つまり「きしむ声」は、キム・カーダシアンや、「Schitt’s Creek(シッツ・クリーク)」(訳注=2015年から20年、カナダと米国のテレビで放送されたコメディードラマ)の登場人物のアレクシス・ローズが発するような音声パターンのことで、人はそれに対してさまざまな感情を抱く。その音声を不快に感じる人もおり、ある研究によると、若い女性がその音声を使うと就職の妨げになる可能性がある。しかし、それを社会的な地位と成功の証しとみる人もいる。

Elemansは、ボーカルフライに関しては「どう感じようとも、クジラたちは非常に成功している」と指摘する。(抄訳)

(Sam Jones)Ⓒ2023 The New York Times

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