インド北西部のグジャラート州にあるギル国立公園。ここにいるライオン(訳注=「アジアライオン」もしくは「インドライオン」と呼ばれ、アフリカライオンより小柄)とヒョウが、仲よく暮らすことはまずない。
縄張りや獲物をめぐって「互いに競合しているから」と米ミネソタ大学の動物行動学の専門家ストトゥラ・チャクラバルティは説明する。「天敵といってもよい」
しかし、この公園にいる一匹の若い母親ライオンが、そんな確執を捨て、ヒョウの赤ちゃんをわが子同然に迎え入れた。1年ほど前のことだった。
柔らかな毛で覆われた耳と青い目が特徴的な、生後2カ月ほどのかわいいオスのヒョウ。母親ライオンは、乳を飲ませ、エサを与え、よく面倒を見た。自分には、同じ年ごろのオスの赤ちゃんが2匹いたが、3匹とも同じように育てた。
強い競合関係にある動物の間で、「種を超えた養子縁組」ができることは、自然界では珍しい。それをきちんと記録した事例は初めて、と語るチャクラバルティは2020年2月、その詳細を執筆者の一人として生態学の専門誌Ecosphereで発表した。
自然保護官らも加わる今回の執筆陣が、この不思議な組み合わせの親子を初めて目撃したのは、18年12月だった。仕留めたばかりの大型アンテロープの近くにいた。
最初はたまたま一緒なだけで、すぐに別れると思われた。アフリカのタンザニアにあるンゴロンゴロ自然保護区でも、母親ライオンがヒョウの赤ちゃんに授乳するのが目撃されたことがあった(訳注=2017年に報じられた)。しかし、一日だけのことで、翌日にはもう離ればなれになっていた。
ところが、この親子はずっと一緒だった。1カ月半もの間、ギル国立公園内をあちこち移動。母親ライオンは、2匹のわが子と区別することなくヒョウの赤ちゃんの世話をし、乳を与え、獲物の肉を分けてあげた。
義兄弟となった2匹も、体に斑点がある新しい仲間を歓迎した。一緒に遊び、ときには後をついて木に登ることもあった。義兄弟の1匹の頭に、ヒョウの方が飛びつく瞬間も写真に収められた。相手の体格は倍近くもあり、いい運動になるようだった。
「2匹の大きなお兄さんに、一緒に生まれたチビスケがまとわりついているように見えた」。そうほほ笑むチャクラバルティは、この国立公園のライオンを観察して7年近くになる。その中で、この親子連れとの出会いほど驚かされたことはなく、「思わず『ワオ!』と叫んでしまった」。
インドのアジアライオンの保護事業に携わり、数十年もその生態を見続けている観察仲間も、「こんなのは見たことがない」と絶句するほどだった。
アフリカライオンと違ってアジアライオンは、メスとオスが分かれ、小さな群れごとに暮らしている。
子供を産んだ母親は、数カ月ほど群れを離れて子育てをする。もし、群れの他の大人のライオンともっと多くの接触があれば、すぐにこのヒョウの赤ちゃんはよそ者扱いにされたことだろう。しかし、そんな試練に遭うことは、一度もなかった。
それでも、悲しい別れの時は来た。
発見から45日ほどして、観察チームはヒョウの赤ちゃんの死骸を水飲み場の近くで見つけた。解剖の結果、生まれつきの大腿(だいたい)ヘルニアが認められ、これが死因につながったと推定された。
「そのまま成長して、どうなったかを見ることができたら、すごくよかったのに」とチャクラバルティは残念がる。
このヒョウの赤ちゃんの記録は、野生動物の「異種間の養子縁組」の二つの事例報告に続くものだ。いずれも、子供の絵本にピッタリの愛らしい話だが、科学者にとっては疑問の方が先にたつ。
一つは、2004年にオマキザルの一群が、一匹の幼いマーモセット(訳注=いずれも南米のサルで、前者は中型、後者は小型)を受け入れた事例。もう一つは、2014年にバンドウイルカの家族がカズハゴンドウの赤ちゃんを育てた事例で、赤ちゃんはバンドウイルカ流の波乗りやジャンプを覚えるようになった。
この三つの事例では、いずれも乳を出すようになった母親が異種の赤ちゃんを連れてきている、とブラジル・サンパウロ大学の准教授パトリシア・イザール(チャクラバルティらの執筆陣には加わっていない)は指摘する。オマキザルとマーモセットの縁組を研究した一人でもあり、母親となったことによるホルモンの分泌の変化が「異質な赤ちゃんでも受け入れる作用を促した可能性がある」と推測する。
確かに謎の多いライオンとヒョウの養子縁組だが、異種のネコ科の赤ちゃんが持つ類似性もよく分かった、とチャクラバルティは語る。種ごとの習性の違いが出てくる青年期になるまでは、ライオンもヒョウも同じように遊び、鳴き声をあげ、乳をせがむことが確認されたというのだ。
母親ライオンにとってはこの共通性が、においや体格の違い、体の斑点といったヒョウとしての固有性をしのいだのかもしれない。
「何しろこの赤ちゃんは、苦もなく溶け込んでいたからね」(抄訳)
(Cara Giaimo)©2020 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから