土佐兄弟は、兄の卓也さんと弟の有輝さんのコンビで、ワタナベエンターテインメント所属。YouTube(登録者約46万人)やTikTok(フォロワー約130万人)の「高校生あるある」動画などで、若者から人気を集めている。
問題となったのは、「ゆうきのクラスメイト~出席番号10 桐生モーガンリョウタ」というタイトルの動画。「間抜けなハーフ」と書かれたサムネイル画像で、8月11日から土佐兄弟のYouTubeチャンネルで公開されていた。
有輝さんが金髪のカツラをかぶり、目や鼻の周辺を黒いメイクで強調したうえで、「英語ができないハーフ」の高校生「桐生モーガンリョウタ」を演じている。約2分間にわたって、友人の質問に答える形式だ。
この動画の主なやり取りは次の通りだった。
友人「お前ってさ、実際英語しゃべれんの?」
桐生「俺全くしゃべれないよ」
友人「お前、どこ生まれなの?」
桐生「生まれはニュージャージー。育ちは、0歳の時に俺もう神奈川だから」
友人「なんでお前その感じでさ、英語(の点数が)22なんだよ」
桐生「神奈川生まれだから俺」
友人「(通っていた中学の同級生は)結構悪かった感じ?」
桐生「俺は全然。俺、めっちゃインドアだったから」
これに対し、ミックスルーツの当事者たちが声を上げた。その口火を切ったのが、日本とアメリカにルーツがあるあんな(Twitter上のアカウント名)さんだ。
別のミックスルーツの友人から相談されたのがきっかけだ。その友人は元々、土佐兄弟のファンだったが、問題の動画については違和感を持っていた。
あんなさんも動画を見て、「多様なルーツを持つ人々を侮辱したネタ」だと感じた。声を上げることに躊躇があった友人に代わり、自らが声を上げようと決意。8月19日、「久しぶりにここまで露骨なものを見た」などとTwitterに投稿した。
ツイートは拡散し、「お笑いにこそ良識や常識が必要。全然笑えないし不快感しかない」「ど偏見に満ちた差別的なコンテンツ」などと、批判的なコメントが相次いだ。
動画はこの数時間後、非公開にされたが、謝罪の言葉はなかった。
当事者たちの怒りは収まらず、9月に入り、土佐兄弟や所属事務所に謝罪や経緯の説明を求める署名活動を始めた。
署名活動を主導したのは神奈川県在住でプロテスタント教会の伝道師をしている山下ジョーセフカズさん。
山下さんは、米国人の父親を持ち、日本で生まれ育った。子どものころから、周りに「外人だ、逃げろ」「ジョーセフはダメ」と言われ、仲間外れにされた。
幼いころは英語が話せなかったが、小学校からは、神奈川県内のアメリカンスクールに通い、英語を特訓した。
ところが、今度は、苦労して磨き上げた英語の発音が「からかい」の対象になった。
高校では理解のある同級生も多かったが、一部からは「外タレ(外人タレント)」というあだ名で呼ばれた。屈辱的だったが、空気を悪くしたくないと思い、苦笑いしかできなかった。感覚は、少しずつ麻痺(まひ)していった。
「このままだと、『ミックスルーツをネタにしても大丈夫なんだ』と世間は勘違いしてしまう。声を上げたい」
そんな思いが、署名活動へと突き動かした。友人らの助けも借りながら始めると、「#差別は面白くない」というハッシュタグとともに、ソーシャルメディアでも署名活動でも知られるようになった。賛同者は11月10日現在で約2万5千人にのぼる。
10月末にはミックスルーツを理由に差別的な言動に遭った体験談を募り始めた。
そうした体験をTwitterやTikTokなどで発信し、より多くの人に理解を広げようと考えている。すでに約60人の当事者やその家族が回答してくれたという。
これまで当事者が声を上げたり、体験を話したりする機会は少なかったが、今回の動画をめぐる炎上をきっかけに、運動が広がりを見せている。
あんなさんは土佐兄弟の動画について、「全く面白くないし、使い古されたステレオタイプな表現。日本のお笑い界はいまだにこのレベルなんだと、あきれました。ミックスルーツへの差別も人種差別なんだと周知するべきだと感じました」と話す。
その上で、署名活動にまで発展した背景をこう指摘する。
「これまでは多様なミックスルーツを包み込むようなコミュニティはなく、『一人一派』として生活し、様々な差別問題は『しょうがないこと』と受け止めざるを得ませんでした。けれどSNSを通じて問題が共有されるようになり、『我慢しなくてもいい』と気づく人が増えてきたように思います」
山下さんは「マイノリティーをあざ笑っても、『なかったこと』にすれば許される世の中はおかしい」と話す一方、こうも語った。
「目的は、土佐兄弟を攻撃することではなく、お互いを分かり合うこと」と強調する。声明文でも「土佐兄弟のお二人が、この過ちを見つめ、マイノリティーに寄り添う仲間として共に学び、立ち上がってくださるように願っています」
朝日新聞GLOBE+は同事務所に取材を申し込んだが、返答はなかった。
宴席での「お笑いネタ」 心すり減らした彼女
「フランス語しゃべれるの?」「はい、『ボンジュール』くらいですが!」
筆者の私(31)が新人記者だった2014年春のこと。ある宴席で、フランス人の親を持つ一人の日本人女性がそう答えると、どっと笑いが起きた。鼻が高くて二重まぶたの彼女は、輪の中でいつも笑顔だった。
こうしたやり取りは何度もあった。彼女がフランス語を話せないと知っている人たちも、あえて「振り」で質問し、彼女に対し「その見た目で話せないのかよ」といったツッコミをするのが定番の流れとなっていたからだ。私も、その場で便乗してしまったことがあった。
だが、彼女は「笑いのネタ」として応えようとしていた。当時、私も彼女も20代。年上に囲まれる中で、場の空気を保つためには、それ以外に選択肢はなかったのだと思う。人一倍気遣いをする性格だった彼女は、「ネタ」をやらされる度に、どれだけ心をすり減らしただろう。
私自身も中国人の母を持つミックスルーツのひとりでありながら、言葉のトゲに無自覚だった。
英語が得意で、金髪で鼻が高いのがハーフ――。
当時の私の中にも、土佐兄弟の動画にも、そんなステレオタイプな「ハーフ像」があった。
それは、物心ついた時から「ハーフって、中国の方なんだ。なんか損しているね」と言われてきたことも影響している。自分のルーツと欧米系を比べ、「うらやましい」と思うことがあった。そうした意識もあり、広島で出会った彼女の言語をからかうことについて、踏みとどまることができなかったのだと思う。
欧米の「ハーフ像」を勝手に決めつけ、うらやむ意識は、私だけではなく、多くの人が持っているものだろう。私が記者になって10年が経とうとしているが、ミックスルーツへの理解はあまり変わっていないように感じる。
実際、今回の土佐兄弟の動画についても、ネット上で「普段、得をしているから、少しくらいバカにしてもいいじゃないか」といった意見もあった。周囲がこうした「ネタにしてもいい空気」をつくり続ける限り、ミックスルーツの人々への「異質」扱いは変わらない。
日本の芸能界やマスメディアが、こうした空気づくりに加担してきたのも事実だ。これまで、お笑い界では、マイノリティーの人々を揶揄したネタで批判を浴びるケースが何度も起きている。
コンビ「Aマッソ」は2019年、お笑いライブで、テニスの大坂なおみ選手の肌の色を揶揄したことで批判が相次ぎ、謝罪に追い込まれた。
また、2021年に放送された日本テレビ系のバラエティー番組「しゃべくり007」では、日本生まれの女子バスケットボール選手・馬瓜エブリンさんの日本語能力をからかったとみられる発言が飛び出し、批判が広がった。
マスメディア業界内で人種差別禁止などのコンプライアンスが強まるなかでも、ミックスルーツの差別問題を意識している業界人は多いとは言えない。
生まれついた外見をネタにするのはやめよう。そんな当たり前のことだが、マスメディアに身を置く一人として改めて胸に刻みたい。フランス人の親を持つ彼女は現在、結婚しており、2人の子どもがいる。次の世代には、同じ思いをしてほしくないと、私も願っている。