1. HOME
  2. World Now
  3. ウクライナとロシア、もう一つの攻防 武力衝突の影でうごめくスパイたち

ウクライナとロシア、もう一つの攻防 武力衝突の影でうごめくスパイたち

World Now 更新日: 公開日:
プーチン大統領とゼレンスキー大統領

ロシア軍はすぐウクライナ政権を陥落できる――。そんな楽観をロシアのプーチン大統領は抱き、侵攻に踏み切ったとされる。

念頭には、ウクライナに作ったスパイ網もあったのではないか。そううかがわせる調査報道をロイター通信が発表した(7月28日)。

ロイター通信によると、クレムリン(ロシア大統領府)は侵攻がスムーズにいくよう、そのはるか前からスパイ網を築いていた。ダニーロフ・ウクライナ国家安全保障会議書記は記事の中で、次のように述べた。

「外敵のほかに、残念ながら内なる敵がいる。侵攻開始の時点で、ロシアはウクライナの軍や治安組織、司法界にスパイたちを持っていた」

ウクライナ北部のチェルノブイリ原発の場合、侵攻初日の2月24日午後、ロシア軍が2時間で制圧した。169人のウクライナ国家警備隊は戦うことなく武器を置いた。

すでに昨年、クレムリンはチェルノブイリ原発にスパイを送り込んでおり、その一人がこの日、国家警備隊部隊長に出動を止めるよう求めたという。

また、ウクライナ国家捜査局はインテリジェンス部門の職員を「チェルノブイリの保安上の秘密をもらした」容疑で捜査しているという。

結局、北部におけるロシアの作戦は失敗した。チェルノブイリ原発は3月末、ロシア軍がキーウ周辺から撤退するとともに解放された。

ウクライナの地図

一方、国家レベルでは、プーチン大統領と親しいウクライナの政治家メドベチュク氏が通話を暗号化できる携帯電話を持ち、クレムリンに情報提供した、とロイター通信が報じた。

しかし、メドベチュク氏も4月、反逆罪でウクライナ当局に逮捕された。

メドベチュク氏=Wikimedia Commons/ロシア大統領府

スパイを使ったロシアの激しい攻防は、現在注目が集まっているウクライナ南部でも起きていたようだ。

ウクライナ南部は2、3月、クリミアを拠点とするロシア軍によってすぐさま占領された。ウクライナ軍の抵抗が少なく、ロシアの戦車、装甲車の進軍があまりにも早かった。ウクライナメディアの多くが疑問を投げかけた。

これについて最近、ウクライナ諜報組織の幹部がロシアに寝返り、ロシア侵攻の情報を味方に伝えなかった、との疑いが浮上している。

容疑者はウクライナ保安庁(SBU)のクリミア支局のトップ、クリニチ氏で、ウクライナ国家捜査局が7月16日に逮捕した。SBUは公式サイトで「国家機密をロシアに流した」と発表した。

ウクライナメディア「リア・メリトポリ」によると、クリニチ氏はクリミアの北隣のヘルソン州にいて、SBUの諜報員を束ねていた。

部下が2月24日午前1時すぎ、「クリミアのロシア軍が侵攻してきた」との情報をあげたが、クリニチ氏は文書化された情報に署名せず、それを差し止め、キーウのSBU本部に伝えなかった。ロシア軍の南部占領を容易にする意図だった。

クリニチ氏は2019年7月、ロシアの諜報組織、ロシア連邦保安庁(FSB)に協力し始めた。FSBでは旧ソ連構成国との関係を扱う「第5局」がウクライナ工作を担当している。クリニチ氏が共謀を疑われているのも第5局だという。

FSB第5局についてウクライナメディア「ZN,UA」が7月、次のように伝えた。

「調査報道団体ベリングキャットによると、ウクライナ侵攻の準備にかかわったのは第5局の120人。それぞれがエージェントを発掘し、その数は1000人以上に達した。彼らの情報に基づき、プーチンに『ウクライナは政治的に不安定で、反権力の気運があり、モスクワが新権力者を(キーウで)任命した場合、多数のウクライナ人が受け入れるだろう』との分析を伝えた」

ウクライナとロシアは1991年までともにソ連を構成していたことから、両国の情報組織は元をたどればソ連国家保安委員会(KGB)という巨大組織に行き着く。

両国が独立国家となった後、それぞれにSBUとFSBがKGBの後継機関としてできた。

そんな歴史的経緯から互いに相手国に情報網を張り巡らしており、スパイ合戦が一層激化する傾向があるとみられる。

イギリスのタイムズ紙(7月25日)によると、ウクライナのSBUがロシアのパイロットに工作した。ロシアの戦闘機を入手するのが目的で、次のような録音音声をロシアメディアが一斉に報じた。

「我々のターゲットは航空機だ。百万ドルを用意した。合意してくれるなら、もう百万ドル上乗せする」

SBUは、ロシア人パイロットとその家族の欧州亡命も提示した。その狙いは、パイロットがウクライナ軍機にインターセプトされたと偽装し、自らの機体をウクライナの空港に着陸させることだった。

ロシアのFSBは、未然に防止したと主張。さらにロシアメディアは、ベリングキャットのジャーナリスト、グロゼフ氏がSBU側を助けたと伝えた。グロゼフ氏は、FSBの暗殺工作の調査報道で知られる。「ウクライナの工作は本当だ」としつつ、自らは報道する目的で関与しただけだ、と述べた。

「二重スパイ、三重スパイがからんだ」として、次のように説明した。

「ロシア人パイロットがSBUに『家族に代わり、“愛人”を欧州に亡命させたい』と提示した。これはFSBの工作で、“愛人”はFSBの送り込もうとしたスパイだった。彼女を通じウクライナ側の情報を入手しようとした。しかし、それには失敗した。結果的にFSBが手の内をさらし、“敗北”した」

グロゼフ氏はデジタル技術を駆使し、このスパイ合戦を記録することに成功した。近くドキュメント映像を発表するという。

グロゼフ氏のツイート。FSBが送り込もうとした女性スパイの写真を投稿している

ウクライナのゼレンスキー大統領は7月19日、「特に南部ヘルソン州と北東部ハリコフ州でロシアに寝返る裏切り者が多すぎる」として、SBU長官を罷免。次のように述べた。

「60人以上の検察、SBU職員がロシアの占領地域に残り、わが国に敵対する仕事をしている」(ノーボエ・ブレーミャ

それでも裏切りは続く。SBUは8月9日、ロシアのために働く身内の諜報員の「モグラ」をハルキウ州で摘発したと公式サイトで次のように発表した。

「珍しい獲物だ。我々のハルキウ州のセンターにいたロシアのモグラ(協力者)を逮捕した。彼はウクライナのロシア軍に対する諜報活動や、ウクライナの軍や司法機関、SBUの計画についての情報を敵に渡していた。ロシア軍はそれを利用して、ウクライナ軍の砲撃を予測し自らの部隊を動かして安全を図った」

一般人の対ロシア協力者をSBUが取り押さえた例も少なくない。ロシア軍がキーウを目指して進軍していた2月25日。FSBに雇われたウクライナのエージェントが、キーウへの安全な進路を128両の車列に対し伝えていた。SBUはSNSで、その逮捕の瞬間を動画つきで伝えた(8月18日)。

SBUがロシア国内でスパイ網を築く動きもある。ロシアのリア・ノーボスチ通信(8月19日)は、FSBがSBUのエージェントを現行犯逮捕した、と伝えた。ロシア国籍の男で、SBUに金と引き換えに情報を渡していた、という。

FSBは「ロシアの安全保障を侵害する可能性のある情報だった」と発表。詳細は明かしていないが、逮捕場所はクリミア半島東隣のクラスノダル市で、クリミア情勢に関わる情報だった可能性がある。軍の戦いをも左右する水面下の闘争はやみそうもない。