私を含めたフォトグラファーの間では当初、大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」の発着にも使われる「サウスローン」と呼ばれるホワイトハウスの南側に面した大きな庭、又は中庭のローズガーデンで式典のようなものが行われると予想されていた。ところが当日になり、ホワイトハウスは「BTSが午後2時半に行われる定例会見に参加する」という発表をした。
「定例会見に?!」 私が驚いた一番の理由は、普段、記者会見が行われる「ジェイムズ・ブレイディ・プレスブリーフィングルーム」と名付けられている会見室の狭さだった。
映画館のような折り畳みの座席が49席(7席かける7列)しかないスペースは、トランプ前大統領の時代はまるで東京都内の満員電車のように毎日混み合っていた。バイデン政権になり、ある意味通常に戻っていた会見室が、「今日は大変なことになる!」。そんな思いがよぎった。
ホワイトハウス周辺には、BTSファンと見られるアジア系を中心とする若い女性たちの姿が見られた。BTSメンバーの名前がデザインされたTシャツを着た人もいる。群衆をすり抜け午後1時前に会見室に着くと、普段ホワイトハウスで見ない韓国メディアがすでに詰めかけていた。会見まであと1時間半もあるというのに、すでにテレビカメラの場所取りや撮影準備が着々と行われているではないか。「これはまずい」。慌てて私も「作戦」を練り出した。
会見室の最前列から演壇までは約2メートルという至近距離。普段はこの演壇のすぐ脇にポジションをとり、報道官や高官たちの様々な表情を狙う。BTSを至近距離で撮影したいという思いはあったが、7人もいるメンバーを顔が重ならずに撮ることはほぼ不可能に近いこと、全体を撮るために後から後方へ移動することも無理なのではないか?と思った。さらに私はBTSの登壇時間は極端に短いものだと予想していた。リスクを避け、後方にある「フォトグラファーの列」に場所を取ることにした。
時間が経つにつれ、報道陣の数はどんどん増えていった。席の両側にある通路にカメラマンやリポーターが約150人以上押し寄せ、普段は三脚が立たないエリアにテレビカメラの三脚が複数立っている。すると突然ホワイトハウス記者協会のメンバーが「テレビカメラは代表取材に切り替えます。撮りたいのなら携帯で撮って下さい!」と叫んだ。
会場が一気にざわつく。頑なにカメラを外すことなく粘る韓国メディア。思いもよらず「韓国メディア対ホワイトハウス記者協会」のバトルが始まった。「あなたはルール違反をしているのです!」「でも、ここで撮影させて下さい!」。勝つのはホワイトハウス記者協会と誰もがわかっていたものの、「事態が悪化すればフォトグラファーまでも巻き添えをくらう」。不安にかられた。やっとのことで降ろされだしたテレビカメラにホッとすると、すでにBTS登場までの時間が間近に迫っていた。
午後2時37分、会見室と奥にあるプレスオフィスをつなぐ青いドアがゆっくりと開いた。笑顔だが少し緊張したような面持ちのBTSメンバーが、SUGAさん、J―HOPEさん、JINさん、RMさん、JIMINさん、JUNG KOOKさん、Vさんの順に登場した。BTSはいつもカラフルな髪で有名だが、今日は全員黒髪、黒いスーツで揃えている。狭いスペースに押し寄せた報道陣に一瞬圧倒されたかのような表情を見せ、カメラや照明などを興味深そうに見ている。
ホワイトハウスのカリーン・ジャンピエール報道官は集まった報道陣の多さに「オー・マイ・グッドネス!ワォ!」と言い、「今日は私のことは忘れて下さい。注目の的は私ではありません」と切り出し、「スペシャルゲスト」BTSを紹介した。私は定位置からできるだけメンバーの多くの表情を収めようと、シャッターを切り続けた。すると、ジャンピエール報道官が言った。「ここからはメンバーにお任せします。一人一人が話してくれます」。少しだけ顔を出してそのまま降壇する可能性も頭に入れていた私が心の中でガッツポーズをした瞬間だった。
RMさんが持ってきた紙を見ながら、少し緊張した様子で、英語で話し始めた。「カリーン、親切な言葉をありがとう。私たちはBTSです。今日、アジア系への憎悪犯罪、互いを受け入れるということ、多様性を認め合うことという重要な問題について話し合うため、ホワイトハウスに招待されたことをとても誇りに思います」
続いてJINさんが韓国語で語った。「今日はAANHPIHM(米国でのアジア系や太平洋諸島系の米国人らの功績をたたえる月間)の最終日です。私たちはアジア系や太平洋諸島系の人たちを支持し、祝福するためにホワイトハウスを訪問しました」
JIMINさんは、紙を手にしつつもできるだけカメラに目線を向けて話した。「アジア系らを対象にしたヘイトクライムが、最近急増していることにぼうぜんとしています。これに歯止めをかけ、再び声を上げる機会にしたいです」。
あまり笑顔を見せないまま、緊張した様子のJ―HOPEさんは「私たちが今日ここにいるのは、異なる国籍や文化を持ち、違う言葉を使う世界中の私たちのアーミー(ファン)のおかげです。本当にいつも感謝しています」と話し、最後に笑顔を見せた。
堅い表情を見せていたJUNG KOOKさんは自分の番が来ると、原稿を一切見ることなく、カメラや報道陣に向かって語った。「韓国のアーティストがつくった音楽が言葉や文化の壁を越え、世界中で多くの人たちに受け入れられていることに今も驚いています。私たちは、音楽というものは常にすべてを一緒にしてくれる、すばらしいものだと信じています」
続いてSUGAさんが真剣な面持ちで「異なることは悪いことではないのです。平等は、私たちが心を開き、違いを受け入れたときに始まります」と話した。
最後にVさんが、「すべての人がそれぞれの歴史を持っています。今日が、互いを、そしてすべての大切な人々を尊重し、理解するための一歩になることを私たちは願います」と言い、胸に手をあてながらマイクから遠ざかった。
RMさん以外は韓国語で話したため、すぐに他のメンバーの言葉を韓国語から英語にする通訳が行われた。「ホワイトハウスに来ることは、あなたにとってどんな意味を持ちますか?」通訳が終わった瞬間、すかさず記者団から質問が飛んだ。RMさんが口を開き、思わず質問に答えそうになったが、ジャンピエール報道官が「彼らは質問を受け付けません」と介入した。すると、別の記者が「私たちの中であなたのお気に入りは誰ですか?」と冗談で質問を投げかけ、会場は笑いに包まれた。
やっと責任を果たした安心からか、はたまた最後の冗談に癒されたか、メンバー全員の表情は和らいでいた。両手を合わせ「ありがとう」というジェスチャーをし、軽く会釈をしながら会見室を去るBTSの姿が印象的だった。登壇時間は合計で6分10秒。思ったよりは長かった。
会見終了後、ホワイトハウス周辺にはさらなる「アーミー」の群衆が集まっていた。ホワイトハウスの柵につかまりながら「アジア人に対する憎悪を止めよう!」や「BTS!BTS!」と叫んでいる。その中の数人が私に駆け寄って来た。「BTSはここに来てくれますか?」と汗を拭きながら必死に尋ねるファンの女の子たちに複雑な思いを抱きながらホワイトハウスを後にした。バックグラウンドにはBTSの「バター」という曲が大音量で流れていた。