――韓流の勢いはすごいですね。
日本の大衆文化が世界に道を開いてくれなかったら、今のような韓流の拡大もなかったはずですよ。
――それはどういう意味ですか?
私はフランスの大学で長く教えていましたが、フランス人が韓国ドラマに初めて接する契機の多くが、日本の漫画でした。漫画原作の日本のドラマを探していたら、偶然、韓国ドラマに出あったという例がほとんど。漫画はハリウッド映画と並ぶほどグローバル化している。確かにBTSは世界に広がりましたが、韓国ドラマはネットフリックスを通して世界の入り口に立ったぐらい。まだまだグローバル化とはいえません。
――とはいえ韓国のソフトパワーに注目が集まっていますよね。
ソフトパワーという言葉を簡単に使いますが、本来はアメリカや中国だけにふさわしいのだと思います。大前提としてハードパワーを持ち、それだけでは支配できないものがあるため、出てきたのがソフトパワーという考え方。影響力を拡大するというイメージから連想し、多くの国の政府が好む言葉でもあります。ただ、いま韓国コンテンツが隆盛だからといって、国を中心に考える、つまり国家主義的な解釈をしてはいけないと思っています。
――韓流の発展には韓国政府の役割が大きいとの指摘もありますが。
政府の支援といっても、その多くはコンテストの開催などです。脚本に賞を出すとか。フランスが文化支援にかけている予算と体系的なシステムとは比べものになりません。そもそも文化というものは、お金をかけたからといって結果が出るものでしょうか? BTSが世界でヒットするために韓国政府が何かをしてくれたのでしょうか?
――では韓国コンテンツを押し上げた力は何でしょう?
韓国の人々、消費者たちの力です。K-POPを育てたのは「ファンダム(fandom)」文化。ファンダムとは、熱心なファンたちが形づくる世界のことですね。ファンたちは情熱的ですが、同時にとても厳しい。チョン・ジヒョンという大人気の俳優がいますが、彼女が出るドラマや映画でも面白くなければ消費者はすぐそっぽを向きます。韓国は小さい国ですが、急に経済成長を遂げたので余暇に楽しむ文化が少ない。だからコンテンツ消費が多いのです。アメリカや欧州、日本のコンテンツもたくさんみて韓国のものと比べる。だから、どんどん目が肥えていくしかない。
そんな厳しい競争環境で生き残るためには、面白くしなければいけない。例えば、韓国は昔からメロドラマやラブコメを多くつくっていますが、ある意味ではどれも同じです。男女がくっついたり離れたり、困難を乗り越えて愛を成就させる。どれもおおざっぱなストーリーは変わらない。なのに何度つくっても新鮮で面白い。それは作り手が、新しいシチュエーションやセリフを常に生み出し続けているからです。
――日本の漫画のように、韓国のドラマやK-POPの人気に持続可能性はあるのでしょうか。
持続可能性は高いとみています。今の時代の若者たちは、世界的に横の連帯を果たすイシューがあまりない。気候変動問題が一つの候補といえますが、多くの若者を引きつけるまでには至っていません。それに今の若者の世代は常にゆううつなのです。私の子供は「私がお母さんの年齢になったら、地球は存在していないかもね」などと話しています。すべての国がそうというわけではありませんが、多くの国で望めば消費でき、飢えることもない。足りないものはないのに、満たされない。ゆううつな世代なのです。
そんな世代が、どのように連帯できるのか。結局は文化です。BTSは、この時代のゆううつな若者たちに向けて、メッセージを発信しています。BTSは飾らない。地方でなまりを使うとか、英語が得意でないとか、個人的なことを隠さずに発信する。ローカル性ともいえますね。そこにファンたちは共感する。ローカル性がグローバルな規模で受け入れられる興味深い現象といえるのではないでしょうか。