建築を学びながら建物が嫌いになった学生時代
サラ・オレインさん(以下、サラさん):オーストラリアといえば、多くの人は大自然を思い浮かべると思いますが、私はどの国に行っても、建築を見るのがとても楽しみなんです。建築はその国の顔であり、パーソナリティを表すものだと思います。本日、髙田さんにお話を伺えるのがとても楽しみです。
髙田浩一さん(以下、髙田さん):よろしくお願いします。
サラさん:私は物語性があったり、イマジネーションをかき立てられたり、未来を感じさせてくれたり、まるで自分に語りかけてくるような建築が好きです。髙田さんの作品を見た時、「ルーツ」という言葉が最初に浮かびました。未来を感じる一方で過去も現在も感じられて、見ていてとても安心感があります。自然からインスピレーションを受けているからでしょうか、前回の対談で先住民たちのアボリジナル・アートを取り上げたのですが、作品に流れる時間が彼らのドリームタイム(*1)と重なるところがある気がしました。
(*1)ドリームタイム=土地や精神性、伝承、文化などを結びつける複雑な信仰体系を受け継ぐアボリジナルピープルの、信仰の中心にあるものとされる。詳しくはこちらから
髙田さん:サラさんにそう言っていただけると、とてもうれしいです。
サラさん:髙田さんはなぜオーストラリアに渡ったのでしょうか。
髙田さん:父親の仕事の関係で、香港で生まれ、シンガポールで数年過ごした後、東京に戻りました。日本の高校を卒業後、ニューヨークの摩天楼に興味を持ってマンハッタンで建築デザインを学び、ロンドンにも留学しました。英語圏の大都市をあちこち回って建築家になったんです。ただ、実は建築が嫌いになった時期もあるんですよ。
サラさん:建築家の髙田さんが建築を嫌いになったことがあるのは意外です!
髙田さん:そうですよね(笑)。ニューヨークにいたときに、建物は高層で威圧感があって、コンクリートジャングルに住んでいるような感覚があり嫌になってしまったんです。そのとき再発見したのが自然なんです。原点はニューヨークのセントラルパークです。自然の中で深呼吸してリチャージ(充電)できる、自分を取り戻せる、そんな場所です。そんなふうに自然に親近感を持てる場を建築でつくりたいと思いました。それが19歳の時でした。次に行ったロンドンは、建築のスケールにもう少し人間味を感じられる街でしたが、いろいろな街で建築を考え、学んだ先に理想的だったのがオーストラリアだったんです。
シドニーに到着して飛行機の外に一歩踏み出した瞬間、空気の新鮮さと太陽の暖かさに、なんだか住みやすそうな場所だなあと感動しました。実際に住んでみると、大自然が近くにあって、セントラルパークで自分を取り戻したときのあの感覚に似ていたんですよね。だから、私は職業としては建築家ですが「ナチュラリスト」といった方が近いかもしれません。建築と自然を近づけようと頑張っている、そんな感覚です。
インスピレーションをかき立てる空間をデザインする
サラさん:そのような経験があったのですね。世界で建築を手掛けられていますが、作品にもオーストラリアの大自然が影響しているのでしょうか。
髙田さん:たとえばシドニーは、サラさんもよくご存じのように、都市の中でも自然を感じられて、街では常に木陰を歩けたりします。シドニー湾もとてもきれいですよね。一日の終わりに夕日が水辺に落ちて、光が描き出す自然のスペクタクルによく巡り合えます。世界にあまり類を見ない都市と水の美しい競演だと思います。そういう場ではインスピレーションも湧きますよね。
私はそうした感性に対して良い環境を作りたいと思っています。オーストラリアにはその土台があります。インスピレーションが湧く大自然の環境を、建築を通じて提供すると、とても喜ばれます。私に依頼をしてくれるクライアントはオーストラリアがとても好きで、建築というより環境のデザインを求められている気がします。
サラさん:常に自然が見えたり、緑に囲まれたりすることはメンタルヘルスに良いと思いますし、オーストラリアにはその魅力が詰まっていますよね。都市と自然がうまく共存しているオーストラリアの人たちは、大らかさもある気もします。
髙田さん:そうなんです。オーストラリア人は外国人や旅行者に対しても温かいし、寛大です。付き合いやすいし、受け入れてもらいやすいと感じます。ブリスベンに行くと街中のカフェでコーヒーを待っている時などに、シドニー以上に話しかけられますよね(笑)。
サラさん:本当にそう(笑)。髙田さんは建築に対してまず環境を第一に考えた「機能」を求められるという話も聞きましたが、それもオーストラリアで培われたものなんですね。
髙田さん:もちろん機能は外せないですし、ホテルやレストランならば技術的に押さえなければいけない部分もたくさんあります。ただ、私はルールの中だけではインスピレーションも浮かばないと思うんです。
たとえば私の場合、屋外の植物公園で子どもと遊んでいる時や、水辺を見ている時にひらめきます。そういう意味でルールも大事ですが、ルールから外れて設計することも大事だと思います。言葉にすると難しいのですが、自然も含めた「余白の空間」が一番心に訴えやすいと考えています。サラさんでいえば、音と音の間をどういうふうにとるかで音楽がまったく変わるのと同じかもしれません。英語で「ブリージング・スペース」と呼びますが、そういう呼吸できるような空間は建築でも大切です。私自身、四六時中、仕事ばかりではなくてワーク・ライフ・バランスを心がけていますし、そのことが建築にも生きているんですよ。
都市を「人間のスケール」に戻したい
サラさん:それが聞けて、とてもうれしいです。私も、音楽では「間」を一番といえるくらいに大事にしています。でも現代のライフスタイルではどんどん「間」がなくなってきていますよね。髙田さんの理想の街づくりは、やはり「間」を意識したものなんでしょうか。
髙田さん:そうですね。理想の街づくりは過去にもいろいろと行われてきましたが、そのときどきの時代に合っていても、時間がたっても受け入れられるものかは難しい課題です。たとえば、都市の発展は交通機関の発達ともつながっていて、馬車が自動車に変わって道幅が広がるなど、産業革命以降、大きく変わりました。今は気候変動が問題になっていますし、コロナ禍で世界中の都市機能が止まったことも、過去にほとんどなかったことだと思います。
建築はその時だけのものではなく、何十年、何百年たっても機能していかなくてはいけません。これからの理想の都市は、サステナブルでなければいけないと思うんです。タイムレスでサステナブルなものを設計して建てていくことは次世代への私たちの大きな責任です。
私は、都市にもっと自然を呼び込んで「人間のスケール」を取り戻していくべきだと考えています。私はそれを「ヒューマナイズ」と呼んでいて、それこそが「未来の都市」のキーワードであり、「間」であると思います。できるだけ歩行者優先にすることや緑化もそうです。建築資材に、コンクリートや鉄といった工業製品だけではなく、もっと生きている素材を使うんです。そうすることで「生きている人間」に重点をおいた建築、都市づくりが理想になってくると思います。
サラさん:「ヒューマナイジング」や「サステナビリティ」への意識は、現代を生きるうえで、本当に大切なことですよね。
髙田さん:結局のところ、サステナビリティは自然ではなく人間の問題だと思っています。サステナビリティは私たちが次世代の人間のために取り組まなくてはいけないことあり、都市を人間に近づけていく上で、自然とどう付き合うかは重要なテーマになります。建築がどう対応するかは、その延長線上にある問題なのです。
サラさん:建築は人々のライフスタイルも、サステナビリティへの意識も変えうるパワーを持っているんですね。すばらしいですし、責任もありますね。私は髙田さんの「インフィニティ」(シドニー)や「アーバンフォレスト」(ブリスベン)などの建築も好きなのですが、オーストラリアの都市によって建築はどう変えているのでしょうか?
競いたいのは「高さ」よりも「グリーン」
髙田さん:気候も考えて最適な建築も変わってくるんです。ブリスベンはシドニーと比べて常に2~3度暖かく感じます。メルボルンはオーストラリア人がよく「一日のうちに四季が味わえる」なんて冗談を言うくらい、雨が降ったり晴れたりの変化があります。シドニーはブリスベンとメルボルンの中間でしょうか。
建築もそういった気候に順応させます。私は「呼吸する建築」を設計するので、気候に対しても敏感です。ガラスの厚みやレイヤー構造も変えます。ブリスベンは亜熱帯性気候で緑がよく育つので、「アーバンフォレスト」を設計しました。「オーストラリアで一番グリーンな建物」を目指しています。
現代建築では、「高さ」が人間の欲望を体現して競われてきましたが、私は高さよりも「グリーン」を競う世界に変わってほしいという思いがあります。
「アーバンフォレスト」も高層マンションと呼ばれる部類ですが、ブリスベンの環境に適した251種類の植栽を選び、鳥やチョウやハチも含めて立体的な生物多様性を持たせて、オーストラリアならではのアウトドア・ライフスタイルを感じられる住宅にしたいと思っています。ブリスベンは2032年の夏季の国際スポーツ大会の開催地で、史上もっともグリーンな大会を掲げています。その勢いも借りてプロジェクトを成功させ、都市を大自然に近づけるような建物を通じて、人々にインスピレーションを与えていきたいと思っています。
サラさん:本当に住んでみたくなりますね。日本からの旅行者も、建築を見て自然と環境意識が高まりそうです。
髙田さん:日本の方は、国民性として自然の美しさも怖さも重要性も、よく分かっていると思うんです。私の原体験はニューヨークのセントラルパークとお話ししましたが、大都市の中心にいながら深呼吸ができて、自分を再発見できたような感覚、夢中で遊んで時間を忘れる感覚をオーストラリアで味わってもらいたいです。オーストラリアは多民族文化でいろいろな文化が混ざり合っていて、ライフスタイルもスローペースで住み心地がとてもいいです。「余白の空間」がたくさんあります。ぜひ理想的なサステナブルな都市のあり方を体験して頂いて、その体験をもとにまた自分自身を再発見していただきたいです。
サラさん:いまだコロナ禍ですが、徐々に海外への旅など移動制限も緩和されていますから、ぜひ日本の方にもオーストラリアの都市を体感してほしいですね。髙田さんのおすすめの街歩きのポイントはどんなところでしょうか?
髙田さん:オーストラリアでは先住民の文化をリスペクトする意識が高まっているので、アボリジナル・アートやその歴史をテーマに街を探索するのも面白いですよね。オーストラリアをすでにいろいろご存じの方でも、アボリジナル文化を通して現代のオーストラリアを見ると、クリエイティブなインスピレーションがもらえると思います。
サラさん:アボリジナル文化を感じられるツアーなどもあるので、旅でぜひ体験してほしいですよね。シドニーのオーストラリア博物館には、先住民のアートや道具の国内屈指のコレクションを見学しながら先住民のライフスタイルや世界観を学べるガイド付きツアーもあるそうです。シドニー湾に面した人気のロックス地区をのんびり散策しながら先住民の文化を学ぶウォーキングツアーも参加しやすいと思います。
ちなみに私がシドニーに訪れる方へのいち推しは、シドニー大学のキャンパスとレーン・コーブ国立公園です。シドニー大学は現代的な建築もあればハリー・ポッターの世界のような重厚な建築もあり、私が通っていたころは紫色の花を咲かせるジャカランダの木もあって、とてもほっとできる大好きな場所でした。レーン・コーブ国立公園は手つかずの大自然がいっぱいで、散歩をしているとクカバラ(ワライカワセミ)もそばに近づいてきたりして、子どもからお年寄りまで誰もが楽しめる場所です。
髙田さん:シドニーで言うと、オペラハウスも有名ですが、私のおすすめは、ボンダイ・ビーチからタマラマ・ビーチを通ってクージー・ビーチまで湾岸に沿って断崖の上を歩けるコースタル・トレイルです。悩みがあるときや、インスピレーションが浮かばない時に行くと、エネルギーがもらえます。おすすめの時間帯は、朝日が昇る早朝ですね。景色が真っ赤に染まってすごくきれいです。本当にエネルギーがもらえます。シドニーは都市と自然が近いし、ビーチもすぐそばなので、ランチタイムにだって行こうと思えば行けるのが魅力です。
トレイルの起点に近いボンダイ・アイスバーグにはオーシャン・プールもあるので、汗だくになった後に海と一体化した海水プールで一泳ぎするのもおすすめです。その後に、たとえばコーヒーを一杯飲んでオーストラリアのカフェ文化を味わってからシドニー中心部に戻ると、一日が楽しく過ごせる気がします。
自分を再発見する旅に出よう
サラさん:最後に、「あたらしい旅」の形について伺いたいのですが、自由な移動が制限されたコロナ禍を経て、髙田さんの中で「旅すること」の価値や意味に、何か変化はあったでしょうか。
髙田さん:「旅は人間をつくる」といいますが、私にとっては「ブリージング・スペース」、つまり、自分を再発見するという要素が強いと思います。日本のみなさんにも、シドニーがある東海岸だけではなく、西オーストラリア州のブルームや南部のタスマニア島の大自然を味わったり、エコツーリズムを体験したりしていただき、そうした「新しい旅」がインスピレーションの源になってもらえれば、オーストラリアに住んでいる一個人としてもうれしいです。
サラさん:今日は本当にありがとうございました。今まで旅といえば「気づき」や「発見」だというふうにとらえていましたが、髙田さんがおっしゃった「再発見」が大事だなと感じました。“awakening(目覚め)” よりも“re-awakening(今一度の目覚め)” ですね。