路線バスが廃止 住民の足に危機
──宗像市の日の里地区で「のるーと」を運行することになった経緯を教えてください。
髙﨑 宗像市は、福岡市と北九州市の中間に位置するベッドタウンで人口は約97,000人。昭和40年代から日の里団地をはじめとする団地開発が進み、当時の日の里団地は西日本最大の規模ということで注目されました。それから50年近く経って高齢化が進み、ここ10年ほどは人口も減少傾向に。 最近になって、団地や都市を再生させる取り組みが進んで若い世代が少しずつ入ってきて、人口はほぼ横ばいという状況です。
内田 2020年の春頃、宗像市日の里地区を走っていた西鉄バスの2路線が、2021年3月末をもって廃止されることが決まりました。地域の足がなくなってしまうわけですから、市としては路線バスに代わる公共交通を考えなければなりません。以前から市内の別の地区で運行していたコミュニティーバスも検討しましたが、利便性の面で課題がありました。そんな時、新聞広告で「のるーと」を知り、三菱商事さんに問い合わせをしたのです。
──新たな公共交通を導入するとなれば、タクシー会社や運輸当局、そして地域住民と、多くのステークホルダーとの調整が必要ですよね。どのように進めていったのでしょうか。
藤岡 Vol.1でもお話しした通り、この「のるーと」事業は、三菱商事と西日本鉄道(以下、西鉄)の合弁会社、ネクスト・モビリティが展開しています。ステークホルダーの調整という点では、福岡県内の自治体や地元タクシー会社との折衝などについて、福岡でのプレゼンスの強い西鉄さんに多くのご支援をいただきながら、一緒に進めています。
松村 市内を運行するタクシー事業者に対しては、オンデマンドバスはタクシーと競合する“ライバル”ではなく、地域の人々の足を守るという同じ目的を持ち共存できる存在になりうる、という話をしました。また、タクシー事業者が運行を担うことで、新たな事業において収益を生む可能性もある、と。実際、いま「のるーと」を運転しているのはタクシー会社に所属するドライバーの方々です。
試乗を重ね 住民の気持ちに変化
──住民のみなさんの反応はいかがでしたか。コミュニケーションをとるうえで心掛けた点などは。
内田 西鉄バスから廃止の申し出があった直後から、代替交通について地域コミュニティーと話し合いを始めました。オンデマンドバスは住民にとって全く新しい乗り物ですから、「バス停で待っていても来ないのか」「わざわざ予約しないといけないのか」などの不安の声も。そこで私たちは、まずは体験してもらおうと、日の里地区コミュニティーの役員さんたちを、すでに「のるーと」が走っていた福岡市のアイランドシティ地区にお連れすることにしました。
藤岡 アイランドシティに来てもらった役員さんは20人ほど、70〜80代のご高齢の方々が中心でしたね。最初に会議室でお会いした時はみなさん、けげんそうな表情だったのをよく覚えています。ところが実際に乗っていただくと、「こんな簡単に使えるの」「便利だね」と気持ちがガラリと変わったんですよね。
内田 その役員さんたちが、住民のみなさんに使いやすさや感想を広めてくれたんです。我々のような自治体の人間が一方的に説明するより、住民同士で話し合い、納得してもらうという形がよかったんだと思います。結果、大多数の住民の方が「のるーと」への移行を好意的に受け入れ、了承してくれました。
──スマホに「のるーと」アプリをダウンロードし、会員登録をして実際に利用してもらうまでに、ハードルもあったのではないでしょうか。
松村 運行開始前には、宗像市長にも出席いただいて「出発式」を開催したり、住民向けの試乗会を開いたりと、サービスの周知の徹底に努めました。しかし、サービス開始後に住民の方々が心配なく利用してくれるかは別の問題として捉えていました。
そこで、宗像市主体で利用者向けの説明会を幾度となく開催しました。アプリの使い方を説明した後、会場からそのまま「のるーと」を予約し、自宅近くまで乗って帰ってもらうよう参加者に促しました。説明を聞いて終わるのでなく、その場で使ってもらおうという取り組みです。
そのほか、新規登録者にクーポンを配るプロモーションも行うなど、利用のハードルを下げることに注力しました。
印象深いのは、アプリの使い方の説明会に何度も足を運んでくれる住民の方がいたことです。最初の説明会で分からなかった部分を質問したり、「こういう時はどうしたらいい?」と聞きにきたり。新しいサービスをうまく使いこなしたい、という前向きな方が多かったように思います。
新たなモビリティーが根づくカギ
── 地域交通をはじめとする課題は、全国の多くの自治体が抱えていますが、その解決に向けて実際の行動に移すのは容易なことではないはずです。今回、宗像市が実行できた要因は何だと思いますか。
内田 大規模な団地開発から約50年が経ち、「高齢化」「人口減少」が今後の課題となっていくことは明らかでした。「このままではいけない」という危機感を、市と住民の双方が抱いていたのです。2013年に宗像市役所職員による団地再生プロジェクトチームを結成し、これを皮切りに住民と市が一緒になって「次の50年」に向けた街づくりの取り組みを進めています。
今回の「のるーと」導入でも、街に対する思いや“日の里愛”がもともと強い地域であったことがプラスに働いたと思います。
藤岡 宗像市さんは、大きなリスクをとって意思決定をされました。AI活用型オンデマンドバスの成功例が国内でそれほど多くない時点で採用することを決めたわけですから。こうした決断ができるのは、しっかりとしたビジョンと先見性、そして将来に対する問題意識を強くお持ちの自治体さんだからこそだと思います。
それから、新たなサービスが根付くには、自治体だけでなく住民の思いが重要です。この地区の方々は、若い世代はもちろんご高齢の方々にも「新しいものを受け入れよう」という土壌、寛容さがあった。それは非常に大きかったと思います。
呼べば数分 好評の半面、課題も
──「のるーと」の実証運行を始めて1年あまり。手応えや今後の課題を教えてください。
秋元 2021年3月の立ち上がりの際は、乗客は1日あたり約50人でした。本格始動した同年4月からは一気に増え、その後も継続的に利用者数を伸ばしていった結果、いまでは車両2台で平日120〜180人ほどを運んでいる状況です。不安と期待の入りまじった中での立ち上げでしたが、無事に軌道に乗ったと思っています。
髙﨑 利用者からは「すごく便利」と喜びの声が届いています。私自身も生活する中で、「のるーと」を見かけない日はありません。呼べば数分で来て目的地まで運んでくれるというシステムは、やはり使い勝手がいいのでしょう。実は導入前は、高齢者がアプリの扱いに慣れるか心配していたのですが、ネクスト・モビリティやNPO、市のスタッフらが親身になって対応してくれたおかげで、大きな問題もなく使ってもらえています。
内田 まだ実証運行の途中段階ですが、この1年でかなり住民に定着しているのは事実です。さらに利用者を増やすために、今後はミーティングポイント(乗降地点)の数を増やしたり、イベントや観光と結びつけたりすることも検討したいと思っています。ランニングコストをいかに下げていくかも課題ですね。
松村 私たちが目指したのは、従来の路線バス利用者の転換であり、さらに新たな需要を取り込むことでした。定量的な評価としては目標を達成できていますが、実際には、予約制であることやAI活用型システムの配車指示によって運行経路や到着時間が都度変わるという新たなサービス形態に対して抵抗感を抱く方々もいらっしゃいます。こうした方々のご不安ごとを解消するためにも、新型コロナウイルスの感染状況を注視しつつも今まで以上に積極的にアプローチをし、一人でも多くの方にサービスをご理解いただけるように努めていきたいと考えています。
数十年後、いまの子ども世代が大人になっても、今後さらに進化を遂げる「のるーと」が、この地区の“生活の足”として当たり前に利用されている──。そんな未来を、宗像市さんと一緒に実現できたらと思います。
*[Vol.3]では、座談会の後半をご紹介します。
*この取材は、感染症対策に十分留意し実施しました。マスクは撮影時のみ外しています。