地域と伴走 自治体と築くWin-Winの関係
── 「のるーと」事業は、課題をよく知る自治体や住民の側と、解決のためのノウハウやリソースを持つビジネス側が、うまくタッグを組めたことが成功につながっていると思います。それぞれの立場から、メリットや可能性をどう感じていますか。
髙﨑 宗像市が導入してきたふれあいバス、コミュニティーバスなどの交通手段は、市側が考案し展開してきたものですが、今回の「のるーと」事業は、ネクスト・モビリティ(*)さんから提案してもらったもの。AIによる配車システムやソフト面の活用は、自治体だけで取り組むのは難しいので、自治体が事業者と協力することで初めて実現できたのだと思っています。
(*)三菱商事と西日本鉄道が共同出資して設立した合弁会社
秋元 私たちネクスト・モビリティは、宗像市さんのご協力のもと地域に深く入り込み、一緒にサービスを作り上げてきました。自治体さんの抱える課題や住民の悩みも、リアルな声としてそのまま聞かせていただいています。現場感を分かっていることは、今後サービスを一層向上させていく上でも非常に重要ですから、本当にいい関係を築かせていただいていると思っています。
藤岡 また、ネクスト・モビリティには、事業計画、配車システムの導入、車両や乗務員の調達、乗降場所の設置、地元の合意形成、マーケティング活動、オペレーション改善など、オンデマンドバス運行に関するすべてのノウハウが蓄積されています。
このことは、今後、全国の自治体にサービスを提供していく際の我々の競争力になっていきます。お客様の課題を解決することこそが、我々のビジネスの成功につながりますから、今後も強固なパートナーシップを大切に、事業を続けていきたいと思います。
松村 単にシステムをご提供して終わり、というのではなく、運行後も地域に寄り添い、定着するまで“伴走”すること。その後も新たな課題に向き合い続け、よりよいサービスにしていくこと。そうした姿勢は、ネクスト・モビリティらしい、我々の強みであると思っています。
また、私は西日本鉄道(以下、西鉄)からネクスト・モビリティに出向しているので、西鉄目線でもお話しすると、これまでの西鉄は「地域のために路線をどのように維持していくか」という課題に対して、自社の路線バスに限って解決策を模索してきました。
しかし、本事業を通して、宗像市さんのような自治体と一緒に「新たな公共交通体系」を検討していくやり方に大きな可能性を感じました。オンデマンドバスなどの新たなモビリティーサービスに西鉄の経験・ノウハウを掛け合わせれば、より利便性の高い街づくりに貢献することができるのだ、と。西鉄の新たな価値を発見できました。ここ福岡の事例を成功モデルとして、全国の自治体や交通事業者へとすそ野を広げていければと思っています。
病院や店と連携も 移動で広がる可能性
── 宗像市は「のるーと」の成功事例として、いまや全国の自治体の注目を集めているそうですね。
藤岡 宗像市での事例から「いまのAI活用型オンデマンドバスってこんなに人を運べるんだ」「バスの代わりになりうるんだ」ということが知れわたり、「のるーと」の注目度はどんどん上がっています。
ただ、我々が自治体さんに常にお伝えしているのは、AI活用型オンデマンドバスは解決策の一つに過ぎないということ。その地域が抱える課題は、本当にモビリティーの見直しで解決するものなのか。オンデマンドバスこそが最善なのか。そうした点をよく検討していただくことをお勧めしています。
内田 たしかに、全国各地の自治体から問い合わせがあり、視察にも大勢来られています。特に関心を持たれるのは、「住民」「タクシー事業者」の合意形成をどのように図ったのかという点ですね。
ただこの点は、地域の特性や日頃の関係性によるところも大きいので、宗像市のやり方が唯一の正解というわけではありません。それぞれの地域・住民に合う方法を探り、カスタマイズしていく必要があると感じています。
── 「のるーと」事業は今後、どう進化していくのでしょう。
秋元 移動そのものを、ひとつながりのサービスと捉える「MaaS」(Mobility as a Service)の概念が広がりつつありますが、最適な交通手段を提供するために、このオンデマンドバスが他の交通系統とどう連携すべきかといった点は検討していくつもりです。
さらに、オンデマンドバスの予約情報が、例えば病院の診療時間の情報と連動したり、近隣の商店のキャンペーンと連携したりするなど、交通以外の分野も巻き込みながらサービスを進化させていきたいと考えています。
移動という枠を超えて多様なサービスのプラットフォームになる、そんなサービスに発展させていければと思います。
誰もが快適に移動できる、幸せな社会を
── これから先、どのようなモビリティーの未来を思い描いていますか。あるいは、モビリティーの変革を通して、どういう社会を作っていきたいと考えていますか。
藤岡 不採算路線の増加、乗務員の不足、自治体の財政逼迫(ひっぱく)、生活の足の確保、高齢化にともなう住民の運動不足など、私たちの身の回りには様々な課題があります。そういった目の前の課題を解決できてこそ、価値のあるモビリティーサービスであり、その積み重ねの先によりよい社会ができていくものだと思っています。
髙﨑 人口減少社会は「住む自治体を、住民が選ぶ」時代になります。選ばれる自治体であるために、宗像市が目指している都市像は「コンパクト プラス ネットワーク」。生活の拠点を公共交通で結ぶことで、利便性が高く、かつ、環境負荷をなるべく抑えた街づくりをしていきたいと思っています。そのために、路線バスやふれあいバス、コミュニティーバス、そして「のるーと」といった公共交通を組み合わせて、住民にとって最適な交通のあり方を模索し続けていきます。
内田 いまの時代、インターネットさえつながっていれば、家にいながらにして色々な用事が済ませられますよね。でもやっぱり我々人間というのは、外に出て人と会ったり、太陽の下で活動したりすることが大事だと思うんです。
高齢化が加速しさらに交通弱者が増えていくなか、モビリティーの重要性はさらに増していきます。誰もが快適に出歩ける・移動できる街づくりに、今後も尽力していきたいと思います。
松村 同感です。西鉄グループの企業理念にも「“あんしん”と“かいてき”と“ときめき”を提供」という言葉があります。オンデマンドバスや自動運転など新たなモビリティーサービスにチャレンジしていますが、お客様に「あんしん」してご利用いただけるサービスを追求していくことが何よりも第一に果たすべき使命だと考えています。
そのうえで、地域と協力しながら、よりサービスの快適さと魅力を高めていき、理想の交通体系やコミュニティーの構築を目指していきたいと思います。
秋元 私たちが目指しているのは、究極的には「移動を通して人を幸せにする」ことだと思っています。
内田さんのおっしゃるように、外に出て人と会ったり、新しい物事に接したり、思いがけない経験をしたり。そういった機会を、交通手段がないという理由であきらめてしまう人がいるのはとても残念なことです。
利便性の高い移動手段を提供することで、一人ひとりの人生を豊かにしていく──。そんな社会づくりに、今後も貢献していきたいと考えています。
*この取材は、感染症対策に十分留意し実施しました。マスクは撮影時のみ外しています。