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震災を経験、「おいしい料理」の研究に目覚めた教授 食の問題は技術で解決できる?

LifeStyle 更新日: 公開日:
米国のフードテック企業、ブルーナル社が研究を進めている培養魚肉を使った食品
米国のフードテック企業、ブルーナル社が研究を進めている培養魚肉を使った食品=同社提供

食をめぐる様々な課題を、テクノロジーを駆使して解決策を探る動きが世界で活発化しています。食に関する本を多く手がけてきた宮城大食産業学群の石川伸一教授(48)は、東日本大震災で被災した経験から、ある「食の根幹」に気づきました。食の未来はどうなるのか、聞きました。

――専門は分子調理学だそうですね。どんな研究でしょうか。

分子調理学は、調理の時にどういう現象が起きているのか、分子レベルで解明する学問ですが、新しい料理や新しい調理法を開発するテクノロジーは分子調理法として捉えています。私たちがふだん食べている、例えばおすしや天ぷらも、その構造というものは意外とわかっていない部分があります。既存の料理の解明を、分子調理学的な視点でできないかと考えています。サイエンスとテクノロジーの掛け合わせというのは、今後フードテック業界を盛り上げる上で不可欠ではないかと思います。

――近年フードテックに注目が集まっています。

私たちがふだん使っていたり、食べたりしているものにも、様々なテクノロジーが既に使われています。例えば電子レンジやレトルト食品がそうです。これまでもテクノロジーを応用してきた流れがある中で、近年はフードテックへの関心がより集まっていると考えています。

その原動力になっているのが、人口増加への懸念です。2050年ごろには世界で100億人弱になると言われています。それに向けて食料を増産しないといけません。特にたんぱく源が足りなくなるという予測があるので、足りなくなる分をいかに新しい技術で補うことができるのか、という点でフードテックが注目されています。

また、例えば家畜を育てるには大量の水が必要ですし、ゲップなどの温室効果ガスも環境に影響があります。環境負荷を低減するためのフードテックという点でも注目されています。

宮城大の石川伸一教授
宮城大の石川伸一教授(本人提供)

――食品メーカーだけでなく、IT系など様々な企業がフードテックに関わるようになってきました。これはブームと呼んでいいのでしょうか。

そう思います。海外では少し前から注目されていましたが、日本では2020年ごろから関連の書籍が出版されるなどして、火が付いてきたと感じています。

フードテックが勃興したのは米国・カリフォルニア州のシリコンバレーと言われています。IT業界出身者たちが食関連のスタートアップを立ち上げていきました。これまで経験則や職人の技に頼りがちだった食材の生産・調理の過程をデータで分析するなど、よりスマートな生産・調理を探る動きが食の分野にどんどん入ってきました。日本でも培養肉の研究に取り組む企業が出てきていますし、世界の流れの中に日本もあると考えています。

――フードテックは今後どうなると見ていますか。

人類史をひもとけば、飢餓との闘いの歴史でした。飽食と言われているこの時代で、食が足りなくなるということを想像するのは難しくなっていますが、日本は食料自給率が低く、今後環境問題や紛争などで食べ物が入ってこなくなるというおそれはあります。どういう食べ物を生産するのか、という点には注目しています。

生産についての技術はある程度出そろってきたと思います。養殖技術も向上してきていますし、培養肉だけでなく海藻や微生物からたんぱく質を作る研究もあります。フードテックという技術が高度化すれば、私たちの食卓に上がるものの種類が広がる可能性があります。

その中には広まる物もあれば、広まらない物もあるかもしれません。新しい食は、いったい何がきっかけで受け入れられるようになるのか、というところに注目しています。

東日本大震災発生5日目の食事
東日本大震災発生5日目の食事=2011年3月15日、石川さん提供

――東日本大震災の被災体験が、研究者として転機になったようですね。

当時から仙台に住んでいます。食べ物の流通が全て止まり、私自身が被災者となって感じたのは、おいしいものの重要性でした。それは、ごちそうが食べたいというのではなくて、温かい食べ物は温かいまま食べたい、というものです。その時は切実にそう感じました。

震災前までも、主に健康機能に注目して食の研究を進めていました。被災体験がきっかけとなって、「おいしさ」に関わる研究がより食の根幹だと感じるようになって、よりおいしい、より新しい料理の開発に関わりたいと思うようになりました。

電気が回復して、最初にとった食事
電気が回復して、最初にとった食事=2011年3月16日、石川さん提供

――「おいしさ」をはかるのは難しそうです。どのように研究しているのですか。

本当においしさというのは不思議です。どんなおいしい成分が入っているのかという食品学的なアプローチもあれば、官能評価でおいしいかどうか計る手法もあります。最近は脳科学や神経科学などの分野と融合しながらおいしさを計るということもあります。一人ひとり感じ方も違いますし、食べる環境によっても感じ方は変わります。それらを組み合わせながら、幸せな食というものを考えていきたいと思っています。

一方で、どんなにおいしい成分があっても、食経験のない、食べ慣れていない物をヒトは受け付けなかったりもします。

――これまで身近ではなかった昆虫食や3Dフードプリンターで作った食事、さらには細胞から肉を作る培養肉などの新技術の研究が進んでいます。

ヒトは食に対して保守的な面が強いので、食べ慣れていない食材には拒否反応を示すことがあります。未知の物を口に入れることを警戒する心理が人間にはあると言われています。昆虫食や培養肉などの新しい技術を使った食べ物については、提供する側が食べたいと思わせるような工夫が重要になってきます。

どういうプロセスで作っているのかがはっきり分からないと、その技術自体への不安が芽生えてしまいます。培養肉のような新しい技術が普及するかどうか、カギになるのは、技術をきちんと説明できるか、そして受け取る側も理解できるか、です。

いしかわ・しんいち 1973年、福島県生まれ。「必ず来る!大震災を生き抜くための食事学」(主婦の友社)、「『食べること』の進化史 培養肉・昆虫食・3Dフードプリンタ」(光文社)など、食に関する著書多数。