マスク越しに白い息が立ちのぼる。昨年末、ある日の午前1時。横浜スタジアムの外の通路脇の暗がりに、段ボールや寝袋、毛布が点々と並ぶ。もぞもぞ動く影があった。なきまさん(本名・舟瀬渚、23)は、台車から弁当と飲み物をつかむと、小走りで近づき、体を起こした男性に渡した。「すみません、遅くなって。おいしいんで食べて下さい」
その姿を見つめるのは、同行した記者だけではない。スマホのカメラが追い、ユーチューブで生配信する「人助けユーチューバー」の活動を、1000~2000人が見守っている。チャット欄には「寒いですよね。皆さんちゃんと寝られてるのかな」などの書き込みが流れる。
「少しだけど役立てて」というコメントとともに500円、1000円と表示される投稿もある。いわゆる「投げ銭」機能で、1回4~5時間の生配信で視聴者から10万円前後が集まる。それを弁当作りや路上生活者の通院費に充てる。
行政や教会、市民団体が担ってきたホームレス支援。それに、これまでになかったやり方で乗り出したきっかけは、軽い気持ちだった。
2020年2月、アメリカで高校生が困窮者にハンバーガーを配る動画を目にした。「年下なのに偉いな」と感心すると同時に「やってみよう」と思い立った。カラオケや大食いをユーチューブに投稿する大学生で「再生回数が増えればという思いもありました」。ありふれた動画は、数千回にしかならなかったからだ。
困窮者が多そうな場所をネットで探し、横浜・寿町に決めた。ハンバーガーを50個買い、街の人に手渡す様子を撮影。緊張したが、「ありがとう」「助かる」と反応が返ってくると、笑顔に。話しながら暗くなるまで歩いた。「最初、怖くなかったと言えばうそになる。でも、話すと皆さんいい人ばかりで」と振り返る。
「(路上生活者を)ゴミを見るような目で見てる人もいると思うんですけど、目線一つでも変えられたらいいと思います」。こう締めくくった13分の動画は40万回以上も再生され、称賛が相次いだ。
「ハンバーガーであんなに喜んでもらえるなら、もっとできる」。1回だけと思っていた支援を続けた。なきまさん率いるグループ「デンジャラス赤鬼」のチャンネル登録者は急増。大学卒業後、職業としてユーチューバーを選んだ。
今は週2回、横浜の関内駅周辺で約130食の弁当を配る。月曜日は、準備から配達までを生配信する。夕方、横浜市金沢区にある貸店舗の一室に集まり、業務用炊飯器で50合ほどのご飯を炊く。記者が訪れた日は「料理なんてしなかったのに、これだけはめっちゃうまくなりました」と言いながら、大きなフライパンを手際よく動かし、肉野菜炒めを作った。活動に共感した知人らが差し入れてくれたチャーシューやサラマダなども添えて完成だ。
現場へ向かう車中は、視聴者との大切な交流の時間。まったりした空気が流れるなか、チャットの書き込みを紹介し、誕生日の視聴者にバースデーソングを歌った。肩の力が抜け、爽やかな雰囲気のなきまさんには個人ファンも多く、「私の名前も読んで」といった書き込みも届く。
関内に着くと、駐車場には弁当待ちの行列ができていた。その後、地下通路、横浜スタジアムと移動し、ひざを折って近況を聞きながら未明まで配り続けた。
火曜は生配信はしないが、弁当を届け、撮影する。ほかの日は、人々が路上生活に至った経緯を伝えたり、病院に付き添ったりといった動画を編集。定期的に公開する。路上生活者の赤裸々な過去が紹介されるものもあり、どきりとする。
プライバシーの面から生配信には賛否もあるが、横浜市の飲食店従業員の女性(24)は生配信にこそ「リアル」を感じると話す。投げ銭も「今映っている人に自分のお金を使ってほしいから」。一人暮らしでテレビはなく、情報はユーチューブやインスタグラムから得る。「赤鬼さんの活動がなければ、助けが必要な人が身近にいると分からなかった」。チャンネル登録者は20万人を超え、食材や防寒グッズが全国から届く。視聴者は30~50代の女性が多いという。
当初は持ち出しもあったが、広告収入などで生計も立てられるようになったというなきまさん。「ぜいたくはしてないですよ。家賃2万円だし。他にもやりたい人助けがたくさんあるんで」。子ども食堂の運営も始めた。500万円を目標にクラウドファンディングで募ると、約620万円が集まった。
ネット上では「偽善」「ホームレスで金もうけ」といった批判も寄せられる。なきまさんは言う。「路上生活の人から言われたら、考えなきゃいけない。でも、第三者に偽善と言われても、何も」
ある路上生活者の男性は「ありがたいよ、一生懸命してくれて。私は映してもらって構わない。悪いことはしてない。困ってるだけだから」と笑う。別の男性は「私たちが弁当をもらい、動画が評判になればウィンウィンじゃないの」。
活動を通じて路上生活を抜け出す難しさも痛感する。病院に付き添ったり生活保護申請を手伝ったりした人が亡くなったこともあった。「僕らの活動で路上生活者がゼロになることはない」。
それでも、続ける理由は?
「市や国もやらなきゃいけない部分はあるとは思います。でも結局、困った人を見つけたら、誰かが動かなきゃいけないんじゃないですか」